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 東エリアに赤と黒の袴を身に纏った男の姿があった。
 草木の緑に対して明らかに浮いている服装がどこか異質さを放っている。

 千炎寺正嗣(せんえんじまさつぐ)

 世界最強の剣士を決める大会・『覇王剣技大会(オーバーロード)』で優勝し、誰もが認める人類最強の剣士となった。
 腰に下げている黒い鞘に納まっているのは、原初の刀と言われている火之迦具土(ヒノカグヅチ)だ。

 その名の通り、火の神が宿っているとされている。

 日本が抱えている7振りの魔剣、3振りの妖刀と同列かそれ以上の能力を秘めており、世界を見渡しても原初の刀に匹敵する武器は存在しないだろう。

 使用者に代償を強いる魔剣。
 呪いを付与する妖刀。

 これらと比較しても原初の刀には使い手に対するデメリットが少ない。
 神の力を扱う以上、火之迦具土(ヒノカグヅチ)に精神を取り込まれないようにしなくてはならないという点はあるが、世界一の称号を手にした正嗣の精神力は常人のそれを遥に上回っている。

 いくつもの死線を潜り抜けた男の精神を乗っ取ろうと思ってもちょっとやそっとじゃ揺らがない。
 左目の下から頬に渡って縦に刻まれている刀傷と鋭い眼光がそれを物語っている。

 強者には必ずその人にしか無い特有の強みがある。
 正嗣の場合は居合いだった。

 足を開き、体を前に倒し、敵が自身の領域に踏み込んだ瞬間に一気に刀を振り抜く。
 正嗣の居合い斬りを防ぐことはほぼ不可能と言っていい。

 それには正嗣の異能力も関係しているのだが。

「魔剣・紅翼剣(フェニックス)!」

 上空から降ってきた火野いのりの魔剣が正嗣を襲う。
 正嗣は鞘から火之迦具土(ヒノカグヅチ)を抜き、迎え撃つ。

 待ち伏せをしていたのか攻撃を仕掛けてくるタイミングが絶妙だった。
 正嗣は火野を押し返し、押し返された火野はその反動で地面に着地した。

 火野の後方に目をやると、木の影から浅香(あさか)が異能力を発動しているのが確認できる。
 恐らく火野の魔剣使用に対する代償の緩和が目的だろう。

 火の魔剣は代償として使用者の体に火傷を負わせる。
 それを浅香が回復させているといった具合か。

 異能力実技の授業の際に正嗣が1番注目していた生徒が火野だった。
 もちろん、特待生の暗空と氷堂にも目を向けていたが、一剣士としてという意味合いでは火野の戦闘スタイルに目を引かれた。

 過去のデータにアクセスし、ソロ序列戦の映像もチェックした。
 刀や剣などの武器は生き物であり、日頃から心を通わせることができているかで力の差が生まれることもある。

 特に伝説の生物を宿している魔剣、鬼を宿している妖刀、神を宿している原初の刀は使用者との絆の深さが顕著に現れる。

 ソロ序列戦以降、火野は魔剣を使用していなかったみたいだがこの力強い一撃を見るに魔剣との間に何か変化があったのだろう。

「全力でかかって来い。全て受け止めてやる」

 教え子の成長に思わず高揚する正嗣。
 火之迦具土(ヒノカグヅチ)の刀身に刻まれた炎の紋様が赤く浮かび上がり、炎が噴き出す。

「負けない」

 火野が手にする紅翼剣(フェニックス)に刻まれている2本の縦のラインも火野の言葉に応えるように激しく輝いた。

 飛び出したのは火野。
 火之迦具土(ヒノカグヅチ)を構える正嗣目指して地面を駆けた。

火焔流爪(フレイム・クロウ)

 爪で獲物を引っ掻くように鋭い剣戟が正嗣を襲う。
 正嗣はそれに合わせて火之迦具土(ヒノカグヅチ)を振るう。

 魔剣と原初の刀が衝突する度に火花が散る。
 どちらも火属性ということもあって周囲の気温がみるみる上昇していく。

 まるでサウナに入っているかのように蒸された状態での戦闘。
 通常の呼吸もままならない強烈な熱気が2人の体力を急速に奪っていく。

「まだ荒削りだが悪くはない」

「んッ!」

 自身の最高速度で剣を振るい続けても正嗣の隙のない防御の前には通らない。
 火野は一度距離を取り、集中力を高めることにした。

 暗空からフェニックスを取り返してからというもの、浅香に見守られながら鍛錬を積んできた。

 フェニックスに認めてもらうために。
 不甲斐ない自分と決別するために。

 イメージを固めることで紅翼剣(フェニックス)の刀身に炎が渦を巻いていく。

「その(くちばし)は火炎を纏い敵を貫く。火渦嘴突(フレイミング・ジャベリン)!」

 剣先から噴き出した炎の渦とそれに続くように火野の猛烈な突きが正嗣に向かう。
 「全て受け止める」と宣言した正嗣は必殺の居合いの形には入らずに刀を斜めに振り上げる。

 刀身が燃えるような赤に染まり、竜巻のような炎の渦が天まで舞い上がる。

炎帝紅蓮(エンペラー・クリムゾン)

 正嗣が振り下ろした火之迦具土(ヒノカグヅチ)は最短距離で弧を描き、迫り来る紅翼剣(フェニックス)を叩き落とした。

 刀と剣が衝突したことによる激しい熱風と爆発が両者を襲うが、火野は火傷することを覚悟した上で落とした紅翼剣を拾うべく前進した。
 制服が焼け焦げ、肌にも刺すような痛みが走る。

「いのりん!!」

 心配そうな浅香の声を背に受け、紅翼剣を拾い上げた火野はバックステップで正嗣から距離を取ろうと地面を蹴る。

 次の瞬間、火野の背筋に悪寒が走った。

 正嗣が居合いの型に入っていたのだ。
 距離は十分に稼いでいる。
 刀は火野まで届くことはない。

 だが、火之迦具土(ヒノカグヅチ)の先が喉に突きつけられているような恐怖を火野は感じていた。

「炎帝一閃」

 鞘から刀が抜かれ、火野の目の前を火之迦具土(ヒノカグヅチ)が駆け抜ける。

 一瞬の出来事で視認することすら難しかったが、火野も立派な剣士だ。
 自身の置かれている状況を理解することくらいはできる。

「ありえない」

 驚愕の顔に染まった火野が両膝を地面につける。
 膝の前には砕けた校章が落ちていた。

「生徒の成長を肌で感じることがこの序列戦の意味するところ。安心するといい。2人は確実に成長している」

 正嗣が刀を振るうと火野の隣に浅香が現れた。
 火野からすれば浅香が瞬間移動をしたように見えただろう。

「あれっ? おかしいな」

 浅香が首を傾げて正面に立つ正嗣を見上げる。

 正嗣の異能力。
 それは空間を操るというもの。

 正嗣と火野の間にあった空間を切り取り、無理矢理居合いの届く距離に引きずり出したのだ。
 浅香に対しても同様である。

 いくら正嗣から距離を取ろうと関係無い。
 正嗣はそれを切り取ってしまうのだから。

 正嗣は火之迦具土(ヒノカグヅチ)を鞘に収めると、地面に座り込んだ2人の間を抜けて東エリアのさらに奥へと向かうのだった。