—1—
戦闘が劣勢になると聞こえてくる父の溜息。
それは実の娘である私に酷く失望しているが故のものだった。
なんとか挽回しなくては。
不甲斐ない戦いばかりしているとまた父から叱られてしまう。
そう思えば思うほど、プレッシャーで体が思うように動かなくなる。
父親の呪縛。
三代財閥である氷堂家という血の呪縛。
そこから解放されたくて私は学院にやってきた。
私は私らしく。
この世に私の代わりはいないのだから。
—2—
「逃がすかよ」
門倉くんが振り下ろした氷拳から逃れるために大きく横に跳んだ私は自分の意思とは関係なく、氷拳の前に引きずり戻されてしまった。
浮谷くんの浮遊の異能力との合わせ技。
異能力を奪われた私にはこの攻撃を防ぐ術はない。
せめて校章だけでも守らなくては。腕をクロスさせて氷拳の衝撃に備える。
「ッ!!」
骨が軋む感覚。
あまりの痛さに思わず目を見開いてしまう。
門倉くんは「自分に取り柄が無い」と言っていたけれど、恵まれた体格から繰り出される打撃の破壊力は凄まじい。
今の一撃だけで左腕は使い物にならなくなってしまった。
異能力も使えない。
左腕も使えない。
逃げることもできない。
絶体絶命な状況。
私が降参でもしない限り、門倉くんと浮谷くんは攻撃の手を緩めないだろう。
そんなことは当たり前か。
理由は違えど、誰もが序列上位7人を目指してこの学院に入学している。
きっと2人にも譲れない何かがあるはずだ。
もちろん私にも。
「氷柱吹雪」
門倉くんが周囲に複数の氷柱を展開する。
数は15〜20といったところか。
それらを一斉に放ってきた。
私は前傾姿勢で飛んでくる氷柱に向かって駆け出した。
目を凝らせ。
攻撃を見極めろ。
氷柱が風を切り、顔の横を通り抜ける。
次から次へと襲い掛かる氷柱。
かわし切れないのであれば最小限のダメージで済むように受け流せ。
「懐かしい」
こんなときに、いいえ、こんなときだからこそ思い出したのは鍛錬を積む日々の記憶。
父が連れてきた指導者から攻撃を受けて、倒れてもそれが終わることはない。
それこそ初めの頃はサンドバッグのようになっていた。
身体に走るこの痛みさえ懐かしく感じる。
「マジか!?」
門倉くんの懐に潜り込み、右の拳を握り締める。
驚きの声を上げたものの、門倉くんも次のモーションに入っている。
「はああああああああああああ!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」」
振り抜く拳がお互いの頬を捉える。
口の中を切り、血の味が広がる。
相手から目を離すな。
歯を食いしばり、もう1度拳を振るう。
だがこれは氷盾によって防がれてしまう。
「2度は食らわねぇぞ」
肩を掴もうと門倉くんがこちらに手を伸ばす。
仰け反りながらそれを回避しつつ、掴もうとしてきた腕に蹴りを入れた。
異能力を奪われた今、門倉くんに氷の異能力を使われたら勝ち目はない。
それならば至近距離の肉弾戦に持ち込んだ方がまだ分がある。
それに相手の異能力を奪うという異能力には何か欠点があるはずだ。
そうでなければこれだけ強力な異能力が1学年の生徒の間で話題にならなかったのはおかしい。
これまで温存していた可能性も考えられるが、学生生活はまだ2年半も残っている。公にするには早過ぎる。
強力な異能力に見られがちな欠点、弱点。
例えば制限時間。
「クソッ! なんで当たらないんだ!」
攻撃を仕掛けるのではなく、避けることだけに専念をすれば異能力が使えなくてもかわすこと自体はそれほど難しいことではない。
普段使い慣れていない異能力に加えて、手を伸ばせば触れられる距離での戦闘は技の選択肢を狭めることができる。
さらに隙を見せればいつでもこちらが攻め込むという無言の圧を掛け続けることで精神的にも追い詰めていく。
「どうしたの? 攻撃が単調になってるわよ」
門倉くんの拳を右手で受け止め、一気に手前に引く。
次の瞬間、私の膝が門倉くんの腹部にめり込んだ。
「うぐっ」
体の空気が外に押し出され、地面に両膝をついて咳き込む門倉くん。
苦痛に顔を歪めながらも振り返って浮谷くんに助けを求めた。
「氷堂、お前が俺たちの想像を超えてくることくらい想定の範囲内だ」
浮谷くんが前に手を突き出すと、私の体が宙に浮かび背後に吹き飛ばされた。
瞬時に後方を確認し、進行方向に生えていた木を足場にしてなんとか直撃を逃れる。
「戻った?」
指先から氷の結晶が弾けた。
それをきっかけに体全身に冷気を纏っていく。
奪われた氷の異能力が戻ってきた。
「序列上位者とやり合うにはどうしても実践経験の差が出る。だが、門倉の異能力があればその差を埋められることがわかった。こっちとしては同時に経験値も積めるしな」
浮谷くんと門倉くんがみるみる浮かび上がり、木よりも高い位置から私を見下ろす。
「近いうちに序列が入れ替わる。いつまでも安定した地位にいられると思うなよ」
浮谷くんが捨て台詞を吐き、門倉くんと共にどこかに飛んでいった。
1分間。
門倉くんに氷の異能力が奪われていた時間だ。
私に異能力が戻ってから連続して奪わなかったということは、インターバルが必要なのか、他に発動条件があるのか。
どちらにせよ次顔を合わせたときは警戒しなくてはならない。
戦闘が劣勢になると聞こえてくる父の溜息。
それは実の娘である私に酷く失望しているが故のものだった。
なんとか挽回しなくては。
不甲斐ない戦いばかりしているとまた父から叱られてしまう。
そう思えば思うほど、プレッシャーで体が思うように動かなくなる。
父親の呪縛。
三代財閥である氷堂家という血の呪縛。
そこから解放されたくて私は学院にやってきた。
私は私らしく。
この世に私の代わりはいないのだから。
—2—
「逃がすかよ」
門倉くんが振り下ろした氷拳から逃れるために大きく横に跳んだ私は自分の意思とは関係なく、氷拳の前に引きずり戻されてしまった。
浮谷くんの浮遊の異能力との合わせ技。
異能力を奪われた私にはこの攻撃を防ぐ術はない。
せめて校章だけでも守らなくては。腕をクロスさせて氷拳の衝撃に備える。
「ッ!!」
骨が軋む感覚。
あまりの痛さに思わず目を見開いてしまう。
門倉くんは「自分に取り柄が無い」と言っていたけれど、恵まれた体格から繰り出される打撃の破壊力は凄まじい。
今の一撃だけで左腕は使い物にならなくなってしまった。
異能力も使えない。
左腕も使えない。
逃げることもできない。
絶体絶命な状況。
私が降参でもしない限り、門倉くんと浮谷くんは攻撃の手を緩めないだろう。
そんなことは当たり前か。
理由は違えど、誰もが序列上位7人を目指してこの学院に入学している。
きっと2人にも譲れない何かがあるはずだ。
もちろん私にも。
「氷柱吹雪」
門倉くんが周囲に複数の氷柱を展開する。
数は15〜20といったところか。
それらを一斉に放ってきた。
私は前傾姿勢で飛んでくる氷柱に向かって駆け出した。
目を凝らせ。
攻撃を見極めろ。
氷柱が風を切り、顔の横を通り抜ける。
次から次へと襲い掛かる氷柱。
かわし切れないのであれば最小限のダメージで済むように受け流せ。
「懐かしい」
こんなときに、いいえ、こんなときだからこそ思い出したのは鍛錬を積む日々の記憶。
父が連れてきた指導者から攻撃を受けて、倒れてもそれが終わることはない。
それこそ初めの頃はサンドバッグのようになっていた。
身体に走るこの痛みさえ懐かしく感じる。
「マジか!?」
門倉くんの懐に潜り込み、右の拳を握り締める。
驚きの声を上げたものの、門倉くんも次のモーションに入っている。
「はああああああああああああ!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」」
振り抜く拳がお互いの頬を捉える。
口の中を切り、血の味が広がる。
相手から目を離すな。
歯を食いしばり、もう1度拳を振るう。
だがこれは氷盾によって防がれてしまう。
「2度は食らわねぇぞ」
肩を掴もうと門倉くんがこちらに手を伸ばす。
仰け反りながらそれを回避しつつ、掴もうとしてきた腕に蹴りを入れた。
異能力を奪われた今、門倉くんに氷の異能力を使われたら勝ち目はない。
それならば至近距離の肉弾戦に持ち込んだ方がまだ分がある。
それに相手の異能力を奪うという異能力には何か欠点があるはずだ。
そうでなければこれだけ強力な異能力が1学年の生徒の間で話題にならなかったのはおかしい。
これまで温存していた可能性も考えられるが、学生生活はまだ2年半も残っている。公にするには早過ぎる。
強力な異能力に見られがちな欠点、弱点。
例えば制限時間。
「クソッ! なんで当たらないんだ!」
攻撃を仕掛けるのではなく、避けることだけに専念をすれば異能力が使えなくてもかわすこと自体はそれほど難しいことではない。
普段使い慣れていない異能力に加えて、手を伸ばせば触れられる距離での戦闘は技の選択肢を狭めることができる。
さらに隙を見せればいつでもこちらが攻め込むという無言の圧を掛け続けることで精神的にも追い詰めていく。
「どうしたの? 攻撃が単調になってるわよ」
門倉くんの拳を右手で受け止め、一気に手前に引く。
次の瞬間、私の膝が門倉くんの腹部にめり込んだ。
「うぐっ」
体の空気が外に押し出され、地面に両膝をついて咳き込む門倉くん。
苦痛に顔を歪めながらも振り返って浮谷くんに助けを求めた。
「氷堂、お前が俺たちの想像を超えてくることくらい想定の範囲内だ」
浮谷くんが前に手を突き出すと、私の体が宙に浮かび背後に吹き飛ばされた。
瞬時に後方を確認し、進行方向に生えていた木を足場にしてなんとか直撃を逃れる。
「戻った?」
指先から氷の結晶が弾けた。
それをきっかけに体全身に冷気を纏っていく。
奪われた氷の異能力が戻ってきた。
「序列上位者とやり合うにはどうしても実践経験の差が出る。だが、門倉の異能力があればその差を埋められることがわかった。こっちとしては同時に経験値も積めるしな」
浮谷くんと門倉くんがみるみる浮かび上がり、木よりも高い位置から私を見下ろす。
「近いうちに序列が入れ替わる。いつまでも安定した地位にいられると思うなよ」
浮谷くんが捨て台詞を吐き、門倉くんと共にどこかに飛んでいった。
1分間。
門倉くんに氷の異能力が奪われていた時間だ。
私に異能力が戻ってから連続して奪わなかったということは、インターバルが必要なのか、他に発動条件があるのか。
どちらにせよ次顔を合わせたときは警戒しなくてはならない。



