—1—
「勘違い?」
明智さんが私の背後にいる磯峯さんに視線を送り、『真実の鏡』を発動させるよう促した。
嘘を無効化すると言っていたから嘘発見器のような効果があるのかもしれない。
しかし、嘘発見器にも弱点はある。
仮に事実と異なっていたとしても私が真実だと思っている場合は嘘発見器に引っ掛からない。
磯峯さんの異能力がどれほどの精度があるのかにもよるけれど。
「はい、明智さんが見た私というのは私で間違いないでしょう。ですが、正確には私ではありません」
「ちょっと意味がわからないんだけど」
明智さんが理解できないのも無理はない。
まずは順を追って説明する必要がある。
「私には両親に捨てられ、児童養護施設で育ったという過去があります」
「磯峯氏の鏡に反応は無し。つまり真実。無敗の女王と呼ばれている暗空氏にそのような過去があったとは。学院の生徒の情報をまとめた丸岡ノートを更新させねば!」
「丸岡、黙って」
磯峯さんがやや苛立った声色で丸岡くんを注意する。
「暗空さんの過去とは何も繋がらないと思うんだけど」
「そうでもありません。私が13歳のとき、その児童養護施設は1人の男によって跡形も無く踏み潰されました」
記憶が蘇ってくる。
銀髪の少年。漆黒の剣を持ち、次々と仲間の命を奪った悪魔。
天魔咲夜。
「私の大切な家族をまるで蟻を踏み潰すかのように殺し、施設を破壊し、寮母の命さえも奪った。その男の異能力は他人に姿を変え、その人間の異能力をコピーするというものでした」
「暗空さんはその人が私の両親を殺したって言いたいの?」
「わかりません。ですが、少なくても私は殺していません。でも明智さんは実際に私を見ている。なので、私の姿に変身できる人間を思い浮かべてみたんです」
マザーパラダイスで過ごしていた私と接点のある人間なんて限られている。
十中八九、天魔咲夜で間違いないだろう。
「暗空さんが殺していないっていう証拠は?」
「それは私にではなく、磯峯さんに聞いて頂ければいいかと」
私と明智さんが磯峯さんとこちらに向けて展開している『真実の鏡』を見た。
「明智さん、暗空さんは白だと思う」
「そうみたいだね」
『真実の鏡』の反応は無し。
久し振りに静寂が訪れる。
隣を見ると、神楽坂くんが明智さんの友人の校章4つを砕き終えていた。
「そっか。暗空さんじゃなかったのか。だとしたら私はこれからどうすれば……」
明智さんから向けられていた怒りの感情が消えていく。
それと同時に今まで抱いていた感情のやり場に困っている様子が見て取れた。
「児童養護施設を壊滅させた男の名は天魔咲夜です。学院の情報網と言われているあなたなら心当たりがあるのでは?」
「もしかして、馬場生徒会長の前に生徒会長をしていた人?」
「流石ですね」
「先輩から聞いたことがあったから。確か序列1位だったんだよね?」
そこまで口にして、明智さんが顔をしかめた。
「誰がやったのかはわかってるのにヒーローギルドも警察も捕まえてないの?」
「捕まえていないのではなく、単純に捕まえられないのかもしれませんね」
他人に姿を変える異能力は逃走する際にもかなり役に立つ。
それに天魔は異能力を凌駕すると言われている魔剣を2振りも持っている。
もしかしたらヒーローランキング上位者が束になっても敵わないかもしれない。
それこそ同じ魔剣使いか、あるいは反異能力者ギルドのハバネロが持っていた妖刀でないと太刀打ちできないだろう。
彼の背後に学院がついているのも厄介だ。
「やっぱり学院には何かあるんだね」
「やっぱり?」
「ううん、こっちの話。暗空さん、色々と迷惑掛けてごめんなさい。集団序列戦が終わったら学院のみんなには私がしたことをきちんと説明して謝るね」
「そうしてもらえると助かるけど、明智さんはそれでいいんですか?」
「うん、自分でしたことだから最低限責任は取らなくちゃ」
掲示板の件を謝罪するとなると、今まで築き上げた明智さんの信頼が一気に失われる可能性がある。
誤解だったとはいえ、行き過ぎた行為に批判を受けることも考えられる。
「横から口を挟んで悪いがそれは危険だと思うぞ」
黙って話を聞いていた神楽坂くんが口を開いた。
「危険って?」
「第一どうやって説明するんだ? 私の両親が殺された現場に暗空さんがいて、それを目撃したから暗空さんが殺人犯だと思ったんです。とでも説明するのか?」
「そんなにはっきりとは言えない、かな」
明智さんが目を伏せた。
「だとしたらどの道謝罪をするにしても中途半端になる」
「でもそれじゃあ、学院での暗空さんの立場が悪いままだよ。やっぱり責任は取らないと」
明智さんと目が合う。
彼女のこの言葉に嘘はないだろう。
それでも神楽坂くんは首を横に振った。
「謝罪を止める気は無い。だが何も急ぐ必要はないと思う。急いだところで事態は好転しない」
「じゃあ、どうしたら」
「前に暗空は言ってたよな? 学院に入学した目的は天魔咲夜の情報を掴むためだと」
「ええ」
彼が発言したときから薄々勘づいていたが、この場面でそれを引っ張り出すか。
「明智に天魔の名前を出したということは暗空も心の中で変化があったんだろ?」
「まあ、そうね」
「ちょっと、2人だけで話を進めないでよ。私にもわかるように話してほしいな」
明智さんが腰に手を当てて前のめりになる。
「暗空は児童養護施設を壊滅させた天魔を追っている。明智も両親を殺した疑いのある天魔を探している。そして天魔は学院の卒業生だ。今も学院と繋がっている可能性がある」
「私は生徒会として学院の内側から、明智さんは交友関係の広さを利用して外側から天魔に近づく。1度その線も考えたけれど、このまま行くと私は殺人犯の疑いが解けずに生徒会から追放。明智さんは謝罪をしたとしても周囲の好感度が下がり、情報収集が困難になってしまう。どっちに転んでも状況は悪化する」
「だが、1つだけ状況を引っ繰り返せる策がある」
明智さん以外にもここにいる全員が神楽坂くんの話に耳を傾けていた。
「全てを白日の下に晒して学院に天魔との繋がりがないか揺さぶりを掛ける。明智も暗空もまだ何か隠しているみたいだしな。内容によってはそれらを組み込むことも視野に入れた方がいいだろう」
「神楽坂くんの異能力ってエスパーか何かなの? 私怖くなってきたんだけど」
磯峯さんが両腕を抱き抱えて身震いをした。
磯峯さんが怖がる理由もわかる。
神楽坂くんと対峙していると時々全てを見透かされているような気分になる。
「磯峯、お前にも協力してもらうぞ。他にも話を聞いた以上、ここにいる人には協力してもらうことになる。まあ強制はしないが、明智のためだ」
明智さんを慕って集まったメンバーに最後の一言は刺さる。
「謝罪を止める気は無いが急ぐ必要もないって言ってたのは対策を立てるためだったんだね」
「そういうことだ」
明智さんの言葉に神楽坂くんが頷いた。
「話もまとまったことですし、続きは集団序列戦が終わってから話すとして、バラけますか?」
「そうだね。次に会ったときはまた全力で戦うってことにしよっか。神楽坂くんもそれでいいかな?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ、私たちはこれで」
明智さんは磯峯さんと丸岡くんと一緒に脱落した4人のもとに向かった。
昨日の敵は今日の友という訳ではないけれど、彼女が味方になったのは心強い。
「勘違い?」
明智さんが私の背後にいる磯峯さんに視線を送り、『真実の鏡』を発動させるよう促した。
嘘を無効化すると言っていたから嘘発見器のような効果があるのかもしれない。
しかし、嘘発見器にも弱点はある。
仮に事実と異なっていたとしても私が真実だと思っている場合は嘘発見器に引っ掛からない。
磯峯さんの異能力がどれほどの精度があるのかにもよるけれど。
「はい、明智さんが見た私というのは私で間違いないでしょう。ですが、正確には私ではありません」
「ちょっと意味がわからないんだけど」
明智さんが理解できないのも無理はない。
まずは順を追って説明する必要がある。
「私には両親に捨てられ、児童養護施設で育ったという過去があります」
「磯峯氏の鏡に反応は無し。つまり真実。無敗の女王と呼ばれている暗空氏にそのような過去があったとは。学院の生徒の情報をまとめた丸岡ノートを更新させねば!」
「丸岡、黙って」
磯峯さんがやや苛立った声色で丸岡くんを注意する。
「暗空さんの過去とは何も繋がらないと思うんだけど」
「そうでもありません。私が13歳のとき、その児童養護施設は1人の男によって跡形も無く踏み潰されました」
記憶が蘇ってくる。
銀髪の少年。漆黒の剣を持ち、次々と仲間の命を奪った悪魔。
天魔咲夜。
「私の大切な家族をまるで蟻を踏み潰すかのように殺し、施設を破壊し、寮母の命さえも奪った。その男の異能力は他人に姿を変え、その人間の異能力をコピーするというものでした」
「暗空さんはその人が私の両親を殺したって言いたいの?」
「わかりません。ですが、少なくても私は殺していません。でも明智さんは実際に私を見ている。なので、私の姿に変身できる人間を思い浮かべてみたんです」
マザーパラダイスで過ごしていた私と接点のある人間なんて限られている。
十中八九、天魔咲夜で間違いないだろう。
「暗空さんが殺していないっていう証拠は?」
「それは私にではなく、磯峯さんに聞いて頂ければいいかと」
私と明智さんが磯峯さんとこちらに向けて展開している『真実の鏡』を見た。
「明智さん、暗空さんは白だと思う」
「そうみたいだね」
『真実の鏡』の反応は無し。
久し振りに静寂が訪れる。
隣を見ると、神楽坂くんが明智さんの友人の校章4つを砕き終えていた。
「そっか。暗空さんじゃなかったのか。だとしたら私はこれからどうすれば……」
明智さんから向けられていた怒りの感情が消えていく。
それと同時に今まで抱いていた感情のやり場に困っている様子が見て取れた。
「児童養護施設を壊滅させた男の名は天魔咲夜です。学院の情報網と言われているあなたなら心当たりがあるのでは?」
「もしかして、馬場生徒会長の前に生徒会長をしていた人?」
「流石ですね」
「先輩から聞いたことがあったから。確か序列1位だったんだよね?」
そこまで口にして、明智さんが顔をしかめた。
「誰がやったのかはわかってるのにヒーローギルドも警察も捕まえてないの?」
「捕まえていないのではなく、単純に捕まえられないのかもしれませんね」
他人に姿を変える異能力は逃走する際にもかなり役に立つ。
それに天魔は異能力を凌駕すると言われている魔剣を2振りも持っている。
もしかしたらヒーローランキング上位者が束になっても敵わないかもしれない。
それこそ同じ魔剣使いか、あるいは反異能力者ギルドのハバネロが持っていた妖刀でないと太刀打ちできないだろう。
彼の背後に学院がついているのも厄介だ。
「やっぱり学院には何かあるんだね」
「やっぱり?」
「ううん、こっちの話。暗空さん、色々と迷惑掛けてごめんなさい。集団序列戦が終わったら学院のみんなには私がしたことをきちんと説明して謝るね」
「そうしてもらえると助かるけど、明智さんはそれでいいんですか?」
「うん、自分でしたことだから最低限責任は取らなくちゃ」
掲示板の件を謝罪するとなると、今まで築き上げた明智さんの信頼が一気に失われる可能性がある。
誤解だったとはいえ、行き過ぎた行為に批判を受けることも考えられる。
「横から口を挟んで悪いがそれは危険だと思うぞ」
黙って話を聞いていた神楽坂くんが口を開いた。
「危険って?」
「第一どうやって説明するんだ? 私の両親が殺された現場に暗空さんがいて、それを目撃したから暗空さんが殺人犯だと思ったんです。とでも説明するのか?」
「そんなにはっきりとは言えない、かな」
明智さんが目を伏せた。
「だとしたらどの道謝罪をするにしても中途半端になる」
「でもそれじゃあ、学院での暗空さんの立場が悪いままだよ。やっぱり責任は取らないと」
明智さんと目が合う。
彼女のこの言葉に嘘はないだろう。
それでも神楽坂くんは首を横に振った。
「謝罪を止める気は無い。だが何も急ぐ必要はないと思う。急いだところで事態は好転しない」
「じゃあ、どうしたら」
「前に暗空は言ってたよな? 学院に入学した目的は天魔咲夜の情報を掴むためだと」
「ええ」
彼が発言したときから薄々勘づいていたが、この場面でそれを引っ張り出すか。
「明智に天魔の名前を出したということは暗空も心の中で変化があったんだろ?」
「まあ、そうね」
「ちょっと、2人だけで話を進めないでよ。私にもわかるように話してほしいな」
明智さんが腰に手を当てて前のめりになる。
「暗空は児童養護施設を壊滅させた天魔を追っている。明智も両親を殺した疑いのある天魔を探している。そして天魔は学院の卒業生だ。今も学院と繋がっている可能性がある」
「私は生徒会として学院の内側から、明智さんは交友関係の広さを利用して外側から天魔に近づく。1度その線も考えたけれど、このまま行くと私は殺人犯の疑いが解けずに生徒会から追放。明智さんは謝罪をしたとしても周囲の好感度が下がり、情報収集が困難になってしまう。どっちに転んでも状況は悪化する」
「だが、1つだけ状況を引っ繰り返せる策がある」
明智さん以外にもここにいる全員が神楽坂くんの話に耳を傾けていた。
「全てを白日の下に晒して学院に天魔との繋がりがないか揺さぶりを掛ける。明智も暗空もまだ何か隠しているみたいだしな。内容によってはそれらを組み込むことも視野に入れた方がいいだろう」
「神楽坂くんの異能力ってエスパーか何かなの? 私怖くなってきたんだけど」
磯峯さんが両腕を抱き抱えて身震いをした。
磯峯さんが怖がる理由もわかる。
神楽坂くんと対峙していると時々全てを見透かされているような気分になる。
「磯峯、お前にも協力してもらうぞ。他にも話を聞いた以上、ここにいる人には協力してもらうことになる。まあ強制はしないが、明智のためだ」
明智さんを慕って集まったメンバーに最後の一言は刺さる。
「謝罪を止める気は無いが急ぐ必要もないって言ってたのは対策を立てるためだったんだね」
「そういうことだ」
明智さんの言葉に神楽坂くんが頷いた。
「話もまとまったことですし、続きは集団序列戦が終わってから話すとして、バラけますか?」
「そうだね。次に会ったときはまた全力で戦うってことにしよっか。神楽坂くんもそれでいいかな?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ、私たちはこれで」
明智さんは磯峯さんと丸岡くんと一緒に脱落した4人のもとに向かった。
昨日の敵は今日の友という訳ではないけれど、彼女が味方になったのは心強い。



