—1—
四足歩行に切り替えたヴォニアが結界を裂くような咆哮を上げる。
冷気を纏い、みるみる体躯が大きくなり、牙と爪が鋭く伸びる。
これが恐らく本来の姿なのだろう。
魔族の力の源となる魔素。
魔族の大黒門から溢れ出る濃度の濃い魔素が前線の広範囲を覆うこの環境は空気中の魔素を消費して技を発動する魔族にとってはかなり有利に働く。
それに対して人間は体内の神能エネルギーを消費して技を発動している。
消費したエネルギーは時間が経たなければ回復しない為、底を尽きないようにペース配分を考えながら戦わなければならない。
しかし、オレの『氷結隔離結界』は全神能エネルギーと引き換えに無敵の空間を作り出すという諸刃の剣だ。
結界維持時間は消費した神能エネルギーの総量によって変化する。
今回で言えば1分にも満たない。
結界が解除されれば神能を使い果たしたオレは倒れてしまう。
魔族大戦で戦鎚のギガスを倒した時のように。
そうなれば結界外で待ち構える獣人族に報復を受けるだろう。
「ッ!」
一瞬で背後に現れたヴォニア。
鋭い爪でオレの首を刈り取ろうとするが氷の盾によって防がれる。
「ほう、自動防御か」
オレの意思とは関係なく、異能、打撃、状態異常などあらゆる攻撃を自動で防ぐ氷の盾。
これによって死角からの攻撃もカバーすることができる。
盾の強度も固く、並大抵の技では突破することができない。
「次はこっちの番だ」
一足飛びでヴォニアの間合いに踏み込むと氷を纏った拳を顔面に振り上げる。
「ぬっ」
頬を掠めながらもサイドステップでかわしたヴォニア。
拳を振り抜いたことで生まれた風圧が結界にぶつかり轟音が響く。
規格外の威力にヴォニアも目を見開く。
魔族に魔素の恩恵があるように結界はオレに加護を与える。
今のオレは身体能力の加護を受けている。
「氷狼の隻腕!」
結界を突き破ろうかという冷気を帯びた巨大な隻腕が顕現。
魔素の消費量とこの質量から察するに恐らくヴォニアの大技の1つ。
肉弾戦を避けて大技をぶつけてオレの底を計ろうという魂胆が透けて見える。
いいだろう。
どちらにせよあまり時間は掛けていられない。
現状、結界の中でのみ発動可能となる最強の防御技。
「氷雪霧散」
白い冷気が噴き出す右腕で『氷狼の隻腕』を受け止める。
すると、触れた箇所から細かい氷の結晶となって崩れていく。
崩れた氷の礫が暴風に乗ってヴォニアの視界を奪う。
「隻腕がこんな簡単に、嘘だろ……」
ヴォニアの顔が絶望に包まれていく。
が、まだ足りない。
もっと絶望してもらわなくては。
『氷雪霧散』は触れた技を無効化する技だ。
自動防御を突破するような攻撃を放とうと『氷雪霧散』で完全に無効化することができる。
強力すぎる技が故、神能の消費が大きく通常では使用することができないが、『氷結隔離結界』発動中であれば心置きなく使うことができる。
Q:なぜか。
A:『氷結隔離結界』は対象と1対1の空間を作り上げるだけではない。オレの思考を思うがままに再現する空間なのだ。つまり技を発動する際に神能を消費しない。
よくよく考えれば当たり前のことだ。
『氷結隔離結界』を発動する際に全神能を使い果たしているのだ。
となると、結界内で敵とどう戦うのか。
予め生成しておいた氷剣を武器に戦う手もあるが、魔族七将クラスを圧倒するには心許ない。
他者の介入の拒絶というオレの核が生み出した固有神能。
オレにとって理想となるこの空間に悲劇はいらない。
オレが思い描く理想が具現化されればそれでいい。
その想いが形となったのが『氷結隔離結界』だ。
「無駄だヴォニア。敗北を認めろ」
強烈な突きに蹴りを混ぜ、巨体でのしかかるように飛びかかってくるも自動防御の氷の盾に防がれてしまう。
言っても聞かない諦めの悪い戌には躾が必要だな。
「ぐあっ!」
氷剣を横に薙ぎ、斬撃を両足に命中させた。
膝から崩れ落ち、土下座をするような態勢になった。
「敗北を認めろ」
「うるさい。俺がここで諦めたら死んでいった奴らに合わせる顔がない。獣人族の王として、最後まで責任は果たす」
辺りに漂っていた魔素が消滅し、黒い霧が晴れた。
「永遠の眠りに誘う大氷河!」
一瞬で地面が凍りつき、隆起した大地がこちらに向かって動き出す。
それと同時に猛吹雪が吹き荒れる。
周囲の魔素を注ぎ込んだ渾身の一撃。
認めたくはないが大和さんや九重さんが倒されたのも頷ける。
魔族七将・氷狼のヴォニアは強い。
だが、結界の中に限りオレの方が強い。
「氷雪霧散」
凍った大地に触れてヴォニアの技を打ち消した。
氷の結晶が視界を奪うこの機を逃さない。
魔力反応を頼りに距離を一気に詰めると腕を伸ばして氷剣をヴォニアの心臓に突き刺した。
「クックッ、負ける時ってのはこうも呆気ないんだな」
うつ伏せに倒れ、ヴォニアの体が灰に変わり始める。
鼓膜が締め付けられるような痛みに襲われ、周囲を見渡すと結界が透き通り始めていた。
もう時間だ。
「……氷騎士、お前は侵略と言っていたが先に仕掛けてきたのは人族の方だ。他の魔族七将のことは知らないがこの世界に来て俺達はまず話し合いを求めたんだ。それなのに人族は俺達を化け物だと言って攻撃してきた。俺達に敵意は無いと説明しても無駄だった」
当時を思い出すように力の無い声で語り出すヴォニア。
不思議と嘘を言っているようには思えなかった。
「この世界ではピラミッドの頂点が人族で、俺達に似た獣や動物は人族の食料として扱われてる。下に見られて当然だ。それでも最後まで俺の意思を汲んで仲間達は話し合いを試みた。だが化け物退治だと言って一方的に殺された。その光景を見て流石に俺も限界が来た。絶望した。魔界も人間界も本質は変わらないんだってな。力の強い奴が世界を牛耳る。だとすれば獣人族の王である俺が世界を統べて争いを無くすしかない。そう思ったんだ」
「お前の言っていることは理解できる。だが殺し合いからは何も生まれない」
「それは綺麗事だ。世界のリセットというイレギュラーが発生した以上、これまでの常識は通用しない。何もしなければ双方の世界が滅びるんだからな」
『氷結隔離結界』が解け、途端に体の力が抜ける。
地面に手をつき、顔を上げてヴォニアの最後を見届ける。
「人族に未来はない。俺達を敵として見ている間はな……そういう意味ではあの男は——」
言葉の途中で完全に朽ち果て、砂煙がヴォニアだった灰を空へと舞い上げた。
「覚悟しろ氷騎士!!」
そして、オレの頭上に断罪の戦鎚が振り下ろされた。
—2—
「兄さんは死なせませんッ!」
頭上で鈍い音が戦鎚を弾き返した。
「亜紀、か?」
「すみません、遅くなりました」
「いや、ナイスタイミングだ」
亜紀に支えられながらゆっくりと立ち上がる。
そこには英雄候補生が勢揃いしていた。
「皆さんの協力でなんとかあの場を突破することができました」
「そうか。それはよかった」
「お、おい! 後ろ見ろって!」
八神がオレと亜紀の背後を指差して焦った表情を見せるが、亜紀はノールックでミノタウロスの拳を受け止めた。
そして、詠唱する。
「広範囲攻撃・氷像の銀世界」
ヴォニアとギガスを討ち取られた復讐に一斉突撃を仕掛けてきた獣人族の軍勢が氷像と化した。
将軍級や軍師級亡き今、亜紀の広範囲攻撃から逃れる術はない。
【魔族七将・氷狼のヴォニア、死亡。魔族七将、残り3将】
四足歩行に切り替えたヴォニアが結界を裂くような咆哮を上げる。
冷気を纏い、みるみる体躯が大きくなり、牙と爪が鋭く伸びる。
これが恐らく本来の姿なのだろう。
魔族の力の源となる魔素。
魔族の大黒門から溢れ出る濃度の濃い魔素が前線の広範囲を覆うこの環境は空気中の魔素を消費して技を発動する魔族にとってはかなり有利に働く。
それに対して人間は体内の神能エネルギーを消費して技を発動している。
消費したエネルギーは時間が経たなければ回復しない為、底を尽きないようにペース配分を考えながら戦わなければならない。
しかし、オレの『氷結隔離結界』は全神能エネルギーと引き換えに無敵の空間を作り出すという諸刃の剣だ。
結界維持時間は消費した神能エネルギーの総量によって変化する。
今回で言えば1分にも満たない。
結界が解除されれば神能を使い果たしたオレは倒れてしまう。
魔族大戦で戦鎚のギガスを倒した時のように。
そうなれば結界外で待ち構える獣人族に報復を受けるだろう。
「ッ!」
一瞬で背後に現れたヴォニア。
鋭い爪でオレの首を刈り取ろうとするが氷の盾によって防がれる。
「ほう、自動防御か」
オレの意思とは関係なく、異能、打撃、状態異常などあらゆる攻撃を自動で防ぐ氷の盾。
これによって死角からの攻撃もカバーすることができる。
盾の強度も固く、並大抵の技では突破することができない。
「次はこっちの番だ」
一足飛びでヴォニアの間合いに踏み込むと氷を纏った拳を顔面に振り上げる。
「ぬっ」
頬を掠めながらもサイドステップでかわしたヴォニア。
拳を振り抜いたことで生まれた風圧が結界にぶつかり轟音が響く。
規格外の威力にヴォニアも目を見開く。
魔族に魔素の恩恵があるように結界はオレに加護を与える。
今のオレは身体能力の加護を受けている。
「氷狼の隻腕!」
結界を突き破ろうかという冷気を帯びた巨大な隻腕が顕現。
魔素の消費量とこの質量から察するに恐らくヴォニアの大技の1つ。
肉弾戦を避けて大技をぶつけてオレの底を計ろうという魂胆が透けて見える。
いいだろう。
どちらにせよあまり時間は掛けていられない。
現状、結界の中でのみ発動可能となる最強の防御技。
「氷雪霧散」
白い冷気が噴き出す右腕で『氷狼の隻腕』を受け止める。
すると、触れた箇所から細かい氷の結晶となって崩れていく。
崩れた氷の礫が暴風に乗ってヴォニアの視界を奪う。
「隻腕がこんな簡単に、嘘だろ……」
ヴォニアの顔が絶望に包まれていく。
が、まだ足りない。
もっと絶望してもらわなくては。
『氷雪霧散』は触れた技を無効化する技だ。
自動防御を突破するような攻撃を放とうと『氷雪霧散』で完全に無効化することができる。
強力すぎる技が故、神能の消費が大きく通常では使用することができないが、『氷結隔離結界』発動中であれば心置きなく使うことができる。
Q:なぜか。
A:『氷結隔離結界』は対象と1対1の空間を作り上げるだけではない。オレの思考を思うがままに再現する空間なのだ。つまり技を発動する際に神能を消費しない。
よくよく考えれば当たり前のことだ。
『氷結隔離結界』を発動する際に全神能を使い果たしているのだ。
となると、結界内で敵とどう戦うのか。
予め生成しておいた氷剣を武器に戦う手もあるが、魔族七将クラスを圧倒するには心許ない。
他者の介入の拒絶というオレの核が生み出した固有神能。
オレにとって理想となるこの空間に悲劇はいらない。
オレが思い描く理想が具現化されればそれでいい。
その想いが形となったのが『氷結隔離結界』だ。
「無駄だヴォニア。敗北を認めろ」
強烈な突きに蹴りを混ぜ、巨体でのしかかるように飛びかかってくるも自動防御の氷の盾に防がれてしまう。
言っても聞かない諦めの悪い戌には躾が必要だな。
「ぐあっ!」
氷剣を横に薙ぎ、斬撃を両足に命中させた。
膝から崩れ落ち、土下座をするような態勢になった。
「敗北を認めろ」
「うるさい。俺がここで諦めたら死んでいった奴らに合わせる顔がない。獣人族の王として、最後まで責任は果たす」
辺りに漂っていた魔素が消滅し、黒い霧が晴れた。
「永遠の眠りに誘う大氷河!」
一瞬で地面が凍りつき、隆起した大地がこちらに向かって動き出す。
それと同時に猛吹雪が吹き荒れる。
周囲の魔素を注ぎ込んだ渾身の一撃。
認めたくはないが大和さんや九重さんが倒されたのも頷ける。
魔族七将・氷狼のヴォニアは強い。
だが、結界の中に限りオレの方が強い。
「氷雪霧散」
凍った大地に触れてヴォニアの技を打ち消した。
氷の結晶が視界を奪うこの機を逃さない。
魔力反応を頼りに距離を一気に詰めると腕を伸ばして氷剣をヴォニアの心臓に突き刺した。
「クックッ、負ける時ってのはこうも呆気ないんだな」
うつ伏せに倒れ、ヴォニアの体が灰に変わり始める。
鼓膜が締め付けられるような痛みに襲われ、周囲を見渡すと結界が透き通り始めていた。
もう時間だ。
「……氷騎士、お前は侵略と言っていたが先に仕掛けてきたのは人族の方だ。他の魔族七将のことは知らないがこの世界に来て俺達はまず話し合いを求めたんだ。それなのに人族は俺達を化け物だと言って攻撃してきた。俺達に敵意は無いと説明しても無駄だった」
当時を思い出すように力の無い声で語り出すヴォニア。
不思議と嘘を言っているようには思えなかった。
「この世界ではピラミッドの頂点が人族で、俺達に似た獣や動物は人族の食料として扱われてる。下に見られて当然だ。それでも最後まで俺の意思を汲んで仲間達は話し合いを試みた。だが化け物退治だと言って一方的に殺された。その光景を見て流石に俺も限界が来た。絶望した。魔界も人間界も本質は変わらないんだってな。力の強い奴が世界を牛耳る。だとすれば獣人族の王である俺が世界を統べて争いを無くすしかない。そう思ったんだ」
「お前の言っていることは理解できる。だが殺し合いからは何も生まれない」
「それは綺麗事だ。世界のリセットというイレギュラーが発生した以上、これまでの常識は通用しない。何もしなければ双方の世界が滅びるんだからな」
『氷結隔離結界』が解け、途端に体の力が抜ける。
地面に手をつき、顔を上げてヴォニアの最後を見届ける。
「人族に未来はない。俺達を敵として見ている間はな……そういう意味ではあの男は——」
言葉の途中で完全に朽ち果て、砂煙がヴォニアだった灰を空へと舞い上げた。
「覚悟しろ氷騎士!!」
そして、オレの頭上に断罪の戦鎚が振り下ろされた。
—2—
「兄さんは死なせませんッ!」
頭上で鈍い音が戦鎚を弾き返した。
「亜紀、か?」
「すみません、遅くなりました」
「いや、ナイスタイミングだ」
亜紀に支えられながらゆっくりと立ち上がる。
そこには英雄候補生が勢揃いしていた。
「皆さんの協力でなんとかあの場を突破することができました」
「そうか。それはよかった」
「お、おい! 後ろ見ろって!」
八神がオレと亜紀の背後を指差して焦った表情を見せるが、亜紀はノールックでミノタウロスの拳を受け止めた。
そして、詠唱する。
「広範囲攻撃・氷像の銀世界」
ヴォニアとギガスを討ち取られた復讐に一斉突撃を仕掛けてきた獣人族の軍勢が氷像と化した。
将軍級や軍師級亡き今、亜紀の広範囲攻撃から逃れる術はない。
【魔族七将・氷狼のヴォニア、死亡。魔族七将、残り3将】



