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 五色の死を受けて実技訓練は中止された。
 神能を宿す血族は死と隣り合わせに生きている。
 過酷な戦場を生き抜いたオレは誰よりもそれを理解しているつもりだ。
 だが、今回の訓練は死人が出るような難易度ではなかった。
 それだけに胸が締め付けられる。

 オレが受け持つことになった7人の英雄候補生。
 全ての訓練過程を終了し、戦場で戦果を上げ、国民から英雄と讃えられる。
 本物の英雄となった7人が新しい時代を築いていく。
 そんな未来を思い描いていたがそれは叶わなくなった。

『奈津、息子を頼んだ』

 大和さんの言葉が脳裏に浮かぶ。
 大和さんには合わせる顔がない。
 オレのことを信頼して任せてくれたのに守ることができなかった。
 指導者として、教官として、生徒を守らなければならない立場だったのに。

 那由他さんの裏切り。
 振り返れば予兆はあった。

 オレを唐突に英雄候補生の教官に任命したこと。
 オレを本部に呼び出した日に安全区域への襲撃が起こったこと。
 オレを魔族七将・氷狼のヴォニア討伐作戦に加えたこと。
 急遽実技訓練に同行したこと。
 訓練開始直前に急用が入ったから席を外すと言ったこと。

 二階堂と八神に事情聴取をしたところ2体の黒焔狼(こくえんろう)に襲われたことが分かった。
 十中八九那由他さんがオレから没収した黒焔狼(こくえんろう)だろう。
 恐らく戦闘で窮地に追い込まれた五色が結晶を使うところまでを読んだ上での行動に違いない。

 那由他さんは盤面の数手先まで読むことができる。
 理想とする結果から逆算して他者の行動をある程度操ることができてもおかしくない。
 那由他さんの眼には何が映っているのか。
 直接本人に訊かない限り知りようがないが、蒼竜ミルガルドを倒した那由他さんはその場を立ち去り、行方をくらませた。
 2日経った今でも消息がつかめていない。

「兄さん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「ならいいんですけど」

「亜紀もあまり無理はするなよ」

「ありがとうございます。同じ教室で勉学を共にした間柄でしたからね。友人が亡くなるのは心にくるものがあります」

 オレ達は喪服に身を包み英雄候補生特殊訓練施設の前にやってきていた。
 五色の葬式は関係者や親族のみで行われることになった。
 葬式と言っても五色の遺体は塵となって消えてしまったので、当時使っていた勉強道具や衣類、神能のイメージ力を鍛える為に使っていた漫画などが大量の花と一緒に供えられていた。
 中央に飾られた笑顔が眩しい写真は数年前に撮られたものらしい。
 英雄候補生特殊訓練施設に来てからは自分の実力不足を痛感して毎日訓練に打ち込んでいた。
 笑顔を見せる余裕も無かったはずだ。

「大和さんは来られないらしい」

「そうですか。いくら防衛任務でお忙しいとはいえ、実の息子の葬式に来られないとは。お辛いでしょうね」

 近頃、前線の魔族の動きが活発になっているらしく大和さんはその対応に追われている。
 電話で事件の詳細は話したが、今度直接謝罪しないといけないな。

「五色くん、私達を助けてくれてありがとう」

 二階堂が花を供えて手を合わせた。
 その隣で一条と四宮も手を合わせている。
 腹を裂かれた二階堂兄と腕を失った八神は治療の為入院している。
 式の日時は伝えたから病院から想いを寄せているはずだ。

「葬式は慣れないですね。慣れたくありませんけど」

「一条。そうだな」

 五色と最後の別れを告げた一条がこちらに近寄ってきた。
 その表情はまるで感情が抜け落ちたかのようだった。

「一条さん、五色くんは仲間の為に最後まで戦いました。私達もそうありたいですね」

「うん」

 辛いのは亜紀も同じはずだが、前を向く為に凛とした声でそう言った。
 オレ達にできることはこの悲しみを背負って前に進むことだけだ。

—2—

 ——那由他蒼月視点。
 仙台駅西口に口を開く漆黒の門。
 門から溢れ出る濃度の高い黒い霧には魔族が行動する上で必要となる魔素が多く含まれている。

魔族の大黒門(イビルゲート)。何度見ても神々しい」

 門の上部に埋め込まれた7つの結晶。
 それぞれが魔族七将と対応していて生死を知らせる役割を持っている。
 創造のユノ、戦鎚のギガス、悪夢のオボロン。
 第一次魔族大戦で討ち取られた3将と対応する結晶は輝きを失っている。
 他にも門の頂点には魔王サタンの彫刻が鎮座し、門の周囲には魔族の中でも救世主と崇められる上位種族が刻まれている。
 その中の1体に名を連ねる『聖竜』は竜族が進化した姿と言われている。
 残念ながら上位種族が滅んだ現在、直接目にすることは叶わないが。

 魔族の大黒門(イビルゲート)を鑑賞していると神聖なこの場に相応しくない機械音が鳴った。
 宛先を見ると秘書の百園京華(ももぞのけいか)からだった。

『やっと繋がった! 那由他さん今どこにいるんですか?』

「すまない。電波の入りにくい所にいるんだ」

『不在にするから後は任せたって出て行ったっきりもう丸3日ですよ。早く戻って来て下さいよ』

「京華隊員、私はもう戻らない」

『え? 戻らないってどういうことですか?』

「君の耳にも入っていると思うが私は罪を犯した。とある実験の為に未来ある若者の命を奪った」

『五色響隊員のことですね。どうしてそんなことを? と聞いても那由他さんが答えてくれないことは分かっています。だから私からは聞きません』

「君も成長したな」

 誰よりも私の側で仕事をしていただけのことはある。

『本当に戻って来ないんですか?』

「ああ、これからは京華隊員が私の代わりを務めるといい」

『何を言ってるんですか。私に那由他さんの代わりが務まる訳ないじゃないですか』

「大丈夫。君の神能があれば人類を最善な未来に導けるはずだ。後は任せたぞ」

『ちょ、ちょっと那由他さん!?』

 スマホを握り潰して駅前のロータリーに投げ捨てた。
 連絡を取る相手がいなければもう必要ない。

「待たせたなヴォニア」

「別れの挨拶は済んだのか?」

 魔族七将・氷狼のヴォニア。
 北欧神話に登場するフェンリルのような巨大な狼。
 雪のような白い体毛に覆われ、普段は人間と同じように二足歩行で行動している。
 氷属性の異能を操り、獣人族の王として君臨している。

「これで不要な関係も全て断ち切ることができた」

「そうか。ならいい。が、その言葉が嘘だったら分かってるな」

「安心してくれ。私が裏切り者だとしたら蒼竜ミルガルドを蘇らせたりしない。違うか?」

「それもそうだな」

 ヴォニアが氷で作り出した玉座に座り足を組む。

「それじゃあ人類を滅ぼす為の作戦会議を始めようか」


【第3章 嫉妬と憧れと絶望と別れ】END
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