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 ——三刀屋奈津視点。
 あり得ないことが起きた。
 ここから数キロ離れた地点で大規模な魔力反応が発生した。
 想定される魔族のレベルは軍師級以上。
 オレの勘違いで無ければ魔族七将に匹敵する。
 魔族七将は各都市の魔族の大黒門(イビルゲート)を守護しているからその可能性は限りなく低い。
 が、このオーラは異質だ。
 オレが過去に戦った魔族七将・戦鎚のギガスを思い出させる圧とプレッシャー。
 先日の安全区域襲撃の件もあるし、敵側の新戦力という線も捨て切れない。
 どちらにせよこの方角は二階堂達が危ない。

「兄さん?」

「驚かせてすまない。安全面を考慮して後をつけさせてもらっていたが緊急事態だ。オレはここで離脱するが3人はゴールを目指してくれ」

 突然姿を現したことで3人が足を止めた。
 その上空をカラスや魔鳥の群れが飛び去っていく。
 まるで何かから逃げるように。

「亜紀もお供します」

「ダメだ。亜紀は一条と四宮を守りながら仙台空港に向かってくれ。仙台空港には大和さんの隊がいるから安全だ」

「先程エネルギー弾が空を裂いたように見えました。仙台空港を起点に考えると大体私達と同じくらいの距離に何者かがいると推測できます。二階堂さん達が襲われているんじゃありませんか?」

「亜紀の言う通りだ。だからそれを確かめに行く」

「交戦になった場合、兄さんが存分に力を振るえるように亜紀が二階堂さん達を守ります」

「私も行きます。ここで戦力を分散させるメリットがない。足手纏いにはなりません」

「みんなが行くなら私も行く」

 一条と四宮も覚悟を決めた強い瞳をしている。

「分かった。だが事態は一刻を争う。ついてこれないと判断したら置いて行くからな」

「ありがとうございます」

 地面を蹴り、魔力反応のある地点へと向かう。
 亜紀は当然だが、一条と四宮もやや遅れているものの必死についてきている。
 道中、野生生物や魔族とすれ違ったがこちらを見向きもしないで一目散に駆けて行った。
 自然を生き抜く彼らは正直だ。
 この奥にはそれだけ強大な何かがいる。

 千年希望の丘。
 そう書かれた看板を通り過ぎると開けた場所に出た。
 蒼竜と対峙する那由他さん。怪我を負う二階堂と八神。地面に倒れる二階堂兄。そこに五色の姿がない。

「那由他さん、これは一体どういう状況ですか?」

「奈津隊員、君の言う通り英雄候補生は確かに成長しているようだ。特に紅葉隊員、自身に制約を掛けることで神能の武装化を強化するとは。実に興味深い」

 口角を上げて不気味に微笑む那由他さん。
 普段の那由他さんとは雰囲気が違う。
 そんなオレ達の会話を待ってくれるはずもなく、蒼竜が口を開き、炎を吐き出した。

蒼竜の息吹(ドラゴンブレス)!」

 尋常じゃない出量の蒼炎が頭上から降り注ぐ。

「我が暴食刀(ベルゼブブ)の糧となれ」

 那由他さんが腰に差していた刀を引き抜き、天に向かって弧を描く。
 放たれた斬撃が蒼炎を打ち消し、蒼竜の口に直撃した。

「蒼竜ミルガルド。魔族の中でも伝説と言われるだけあってこの程度の斬撃は効かないか」

「伝説の魔族がどうしてここにいるんですか?」

「私が蘇らせたんだ。五色響隊員の命と引き換えにね」

「何を言って……」

 五色がここにいない理由。
 それは蒼竜ミルガルドを蘇らせる為の生贄となったから。
 那由他さんは淡々とそう語った。

「力に溺れた憐れな生徒を私の手で葬ったまでさ。時間を掛けて育て上げればゆくゆくは大和隊員のような神能十傑にも届いたかもしれない。だが、私達にはその時間がない。だから彼には犠牲になってもらうことにしたんだ。人類の未来を考えた時、この選択が最善だと私は思う」

「那由他さん、オレにはあなたが何を言っているのか理解できません。人の命を奪うことが最善? そんなことあってはならないはずです」

「奈津隊員、今分からなくてもいつかきっと分かる時がくるはずだ」

「おいおっさん、五色を元に戻す方法はないのかよ!」

 亜紀の氷の神能で治療を受けていた八神が疑問をぶつける。

「精神の主導権を奪われ、完全に肉体が変化した今、それは不可能だ」

「そんな、そんなことがあっていいわけねーだろーが。誰よりも努力してたあいつがなんでこんな目に遭わねーといけないんだよ」

「努力と強さは比例しない。八神省吾隊員、私は紅葉隊員と同じように君にも可能性を感じた。人類を救う希望となってくれることを期待しているよ」

 那由他さんが八神から視線を切り、蒼竜ミルガルドに刀の先端を向ける。
 ミルガルドは大気中の魔素を取り込み、今にも放出しようとしていた。
 空気が渦を巻き、ミルガルドから突風が吹き荒れる。

「五色」

 そう呟いた八神の目には風の神能を宿す五色の姿が映ったのかもしれない。

蒼竜大竜巻(ドラゴントルネード)!」

 大木を根元からもぎ取る威力。
 あらゆる障害物を巻き上げながら風の渦は威力を増していく。

「奥義・深淵を司る暴食魔(アビスグラトニー)

 那由他さんが刀を振るうと異形の化物が召喚された。
 蝿のような見た目をしているが人間の成人男性くらいの体躯。
 欲望に飢えた恐ろしい表情。獲物を喰らう鋭い牙。
 化物は竜巻に飛び込み、一瞬で貫通。
 ミルガルドの腹まで辿り着くと強固な鱗に噛み付いた。
 牙の力だけで鱗を噛み砕き、体内に侵入。
 ミルガルドが悲痛な声を上げる。

「GUAAAAAAAAAAAAA」

 膝をつき、地面に倒れ込むミルガルド。
 体の至る所から血飛沫が上がる。
 そして、次の瞬間、体が塵となって崩れ落ちた。
 サラサラと砂のように崩れていく中で核と思われる心臓付近に五色の姿が現れた。
 が、しかし、ミルガルドと同様に五色の体も塵となって砕けていく。

「み、みんなが無事で、よかった」

 それが五色の最後の言葉だった。
 崩れた塵が風に乗って空へと舞い上がる。
 その行方をオレ達は無言で見つめるのだった。


【五色響、死亡。英雄候補生残り、6名】