神原くんと出会ってから、約二週間が経とうとしている。四月ももうすぐ終わろうとしていて、ゴールデンウィークの足音が聞こえてきている。
「先輩、今日も一緒に帰りましょう。傘、一緒に使いましょう」
「先輩、暑くないですか? もしよかったらタオルと冷却シート、使ってください」
「先輩、お疲れ様のハグ、しましょうか?」
神原くんがべっとりの日常は続く。甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれていた。まるで執事のように。さすがにお疲れ様のハグは遠慮させてもらったけれど。
今日も俺達は神原くんが確保してくれたベンチに座る。
神原くんは俺のことをまるで少女漫画のヒロインを見るような目線で見て、俺は後輩として見ている、という感じだけれど。
「先輩、疲れてませんか? 大丈夫ですか?」
「まあ、なんとか大丈夫」
そんな返事をしたけれど、ちょっと疲れている。錦田の部活での仲違いの愚痴を聞き、笹本さんが休みだったから、笹本さんがやっている体育委員の仕事をつい引き受けてしまい、放課後は先生に頼まれて課題プリントのホチキス止めをすることになってしまった。
「無理はなさらないでくださいね」
「うん。心配してくれてありがとうね」
そして、神原くんは、持っていた弁当袋の中から飴の袋を取り出した。
「先輩、甘いもの好きですか?」
「あ、うん」
そして袋の中から飴を取りだして、それを一つ俺の手のひらにのせた。
「え?」
「甘いもの食べると疲れが取れる、って言いますので。午後からもきっとお忙しいと思いますのでもしよかったら食べてください」
「あ、ありがとう」
そして口に入れる。ミルクとキャラメルのような甘さが広がった。
「美味しい……」
「お口に合ったようでよかったです。袋ごとどうぞ」
「大丈夫大丈夫! 一個で十分!」
袋ごと差しだそうとする神原くん。さすがにそれはいい、と言って引っ込めてもらった。
「先輩。俺に出来ることがあったら、言ってください。そしてたくさん甘えてくださいね。出来る限りのこと、しますので。お疲れ様のハグでも、添い寝でも」
「そ、そこまでは、いいかな……」
お疲れ様のハグ、添い寝、も遠慮しておいた。そんなに甘えるのは得意ではないし、そこまでしてもらうのは少し恥ずかしい。
「いつでも甘えていいですからね」
「……ありがとう」
でも、神原くんの甘いキャンディの気遣いは嬉しかった。距離感は少し近いけれども、やっぱり優しい子だな、と思った。
神原くんと別れ、俺は教室へ戻ろうとする。
「久世ー!」
教室に入った瞬間、スポーツ大会委員会、ことスポ体委員の佐山が俺の身体にしがみついてきた。まるで、漫画の中で滝のような涙を流しながら泣きついているような風に、随分と切羽詰まった様子で。
「佐山、どうした?」
「あのさ、悪いんだけどさ、スポ体委員の仕事、ちょっと振ってもいい? ちょっと来月のバイトのシフト見たらやばそうでさー!」
佐山は多趣味で毎日忙しそうにバイトに行っている。けれどもお祭りごとが大好きでスポーツ大会委員に立候補していた。スポーツ大会委員はものすごく仕事量が多い委員会。でも、「なんとかなるでしょ!」って言って立候補していた。でも、なんとかならなかったみたいだ。
「えっと……」
俺は少し答えに困った。助けたいのはやまやま。でも、難しそうだと思って。
スポーツ大会は体育祭と球技大会を一緒にしたような行事。砲丸投げとか短距離走みたいな個人競技から玉入れとか陣取りみたいな集団競技、はたまたサッカーとかドッジボールみたいな球技もある。一年生から三年生までの交流を深めるために開かれる。新年度が始まった五月末に行われるということでものすごく忙しい。
キャパオーバーになりそうで、断りたいな、って思った。それに、ちょっとだけ、もやついた、らしくない思いが生まれてしまう。それは、佐山の見通しが甘かったからじゃないか、っていう感覚。
「……久世、頼むよ……」
上目遣いで俺の方を見てくる佐山。まるで捨て犬が雨の中、こちらを見てくるように。そんな姿を見たら、断れなくなってしまう。
「……ああ、うん。いいよ。俺の出来る範囲だったら」
「ほんとかー! ありがとうー!」
まあ、部活は入ってないし、佐山みたいにバイトとかの予定も入っていない。見捨てられなくて引き受けてしまった。


