「ふう……」

 四月の半ば、新しいクラスにもようやく慣れてきた。放課後、俺、久世錬斗(くぜれんと)は英語のワーク40人分と、国語のプリント40枚を抱えながら、階段を降りていた。5ミリほどの厚さがあるワークが40冊とプリント40枚。クラス全員分。結構重い。気を緩めたら崩壊するかもしれない。それを、4階にある2年1組の教室から、一階の職員室まで持っていかなければいけない。

 この状況になったのは5分ほど前のことだった。

「ごめん! 久世くん! これ持っていってもらってもいい? 今日、バドミントンクラブの練習があってどうしても一本早いバスに乗らなきゃ行けなくって!」

 日直のペアだったバドミントン部の笹本さんに頼まれてしまった。笹本さんは随分と急いでいるようで、駆け足しながら超早口で話しかけてきた。笹本さんは結構遠くから通っていて、バスの時間ギリギリ、という光景をたまに見ていた。

「うん、大丈夫だよ。気を付けて帰ってね」
「ありがとう……! ごめんね!」

 それで、俺は40人分の国語のワークを持って職員室に行こうとした。その時点で結構重かった。
 残りのプリント40枚は笹本さんからワークを受け取って教室を出る直前に、英語係の錦田(にしきだ)に押しつけられた。「悪い! 俺今日部活のオリエンテーションの係で、どうしても早く部活行かなきゃいけなくて!」って、やっぱり笹本さんと同じようにめちゃくちゃ早口で言われながら。俺は帰宅部だし、錦田が忙しそうだったから、「しょうがないな」って言って引き受けた。

「やっぱ困った時の久世だな! 本当に頼りになるぜ! ありがとな!」

 そう言い残して、錦田はばたばたと走り去っていった。

 困った時の久世錬斗。みんなのオカン。それが俺の立ち位置。
 困っている人を放っておけなくて、つい助けてしまったり、とか頼み事を引き受けたりしてしまう。こんな風に、重たい荷物を運んだり、とか、部活で忙しい子の代わりに委員会の会議に出たりとか。なんか忙しい時のピンチヒッター、みたいな役割になってる。頼りにされるのは嬉しい。
 けど、今日みたいに、ちょっと無理をして引き受けてしまうこともある。あと、断りきれないことも。相手に嫌な顔をして欲しくなくて。

でも、引き受けたことをちょっとだけ後悔する。ワークだけだったらまだしもプリント40枚が追加されると結構重い。プリントとワークの山という感じだ。

 重たい塊のようなワークとプリントを抱えながら、俺はようやく階段を降りきり、職員室のある一階まで辿り着いた。一年生の下駄箱が見えた。職員室は、一年生の下駄箱がある昇降口の横を通った少し先にある。だからもう少しだ。

「あ……」

 俺はつい歩みを止める。下駄箱の側では真新しい学ランと紺色に白リボンのセーラー服に身を包んだ一年生達がちらちらと歩いていた。俺はその一年生達に見とれてしまった。
 一年生は一週間ほど前まで学校生活のルールとか、を学ぶオリエンテーション合宿があって学校に来てなかった。それがようやく終わって、やっと本格的な高校生活が始まったみたいだ。

(あの子、受かってるといいな……)

 一年生達の姿を見て思い出したのは、先月の入試の日に会った子のこと。駅までの道で迷子になってた受験生を放っておくことが出来なくて、駅まで連れていった。
 黒髪で背は高かった。けど、お互い名乗りもしてない。マスクもしていたから顔立ちもきちんとは分からない。それでも、なんとなく印象的だった。

「わっ……!?」

 脇腹の辺りに何かがぶつかった。その衝撃で俺は現実に引き戻される。突然の事で何が起こったか分からなかった。視界に、大きなスポーツバックを掛けた子数人が昇降口に向かって走っていくのが見えた。誰かのスポーツバックが俺に当たったんだと思う。その子達はみんな、急いでいるみたいで、俺にぶつかったことは気づかずに、走って昇降口から外に出ていってしまった。
 俺の身体はその衝撃で大きくバランスを崩してしまった。持っていたプリントとワークの山をかばおうとするのと、バランスを立て直そうとするのを同時にやった結果、どちらも上手くいかずに、プリントとワークの山はばさばさと崩れ落ち、俺の身体が後ろに倒れてしまう。尻餅をつける状態でもない。

 あ、やばい、転ぶ……!?

 このままいったら多分仰向けに倒れて頭をぶつける。危機感が走る。でも、もうどうすることも出来ずに、身体は重力に従ってしまう。俺は思わず、目を閉じた。

「……?」

 けれども、いつまで経っても転んだ衝撃も痛みも襲い掛かってこない。誰かに支えられているような感覚が身体に走る。恐る恐る目を開ける。

「え……?」
 
 目を開ける。俺の口から戸惑いの声が出てしまった。俺の顔をとんでもないイケメンが覗き込んでいたから。