俺は、知ってる人をみつけて嬉しくなった。

「片倉先輩、いつもこの時間なんすか? すげぇ混むんすね、先輩いて助かっ――」
「待て、座んな」

 意気揚々とお盆を置こうとした矢先、片倉先輩に低い声で凄まれる。えっ、何で。

「ちょ、何でっすか? さっきはどうぞって」
「は? わかってんだろ。バカかお前」

 じろっと眼鏡の下からめちゃくちゃ睨まれる。目つきは怖えし、意味わかんねえし。
 おたおたしてたら、先輩が「チッ」と舌打ちした。

「もういい。俺がどく」

 そう言ったかと思うと、お盆を持って席を立とうとする。俺は、ぎょっとして引き留めた。

「ちょっと待ってくださいよ! 相席くらい、そんな嫌がんなくたっていいでしょ? みんなの食堂じゃないっすか」
「くそがぁ……寝ぼけたこといいやがって。誰のためだと思ってんだ……」

 片倉先輩は、今にも青筋を爆発させそうだ。小声で悪態をついたかと思うと、俺を睨みつけた。

「……黒なんかと、仲良くメシ食ってみろよ。お前、明日からハブ確定だぜ」
「えっ」
「俺は黒だ。わかったら、構うな」

 早口で言うと、先輩はふいっと顔を背ける。
 その横顔を、俺はついまじまじと見つめた。
 片倉先輩、黒だったのか。制服着てんの見たときねえから、知らんかった。
 てか、なんだ。そういうことかぁ。

「片倉先輩、ここで一緒に食いましょ。たぶん、どこも空いてねえすよ」
「話し聞いてねえのか。だから、俺とメシを食うと――」
「平気っす。俺も黒だし」
「は」

 レンズの下の目が、丸くなる。
 俺は、自分の盆を置くと、先輩の盆を取ってテーブルに置きなおした。
 先に座って促すと、先輩はなんかボー然とした感じで、すとんと椅子に腰を下ろした。

「……信じらんね。お前、そんな馬鹿みてえで、黒なわけ……?」
「うわ、ひでえ。いいじゃないすか、何でも」
「よくねぇよ。はー……」

 先輩は両手で顔を覆うと、深い深いため息をついた。
 「信じられん」とか「馬鹿じゃね」とか、ボソボソ聞こえてくる。口悪いな。
 ところで、俺は空腹が限界を迎えてんだけど。でも、先輩の許しなしに、食うのもアレだから。

「あの。先輩、メシ食っていいすか?」
「……はあ。もういいわ。好きにしろよ、もう……」

 片倉先輩は、疲れ切ったような顔で頷いた。のろのろと箸を握るのを見て、俺も手を合わせた。
 あ、そうだ。大事なことを言い忘れてた。

「片倉先輩、ありがとうございます」
「は?」
「俺のこと、心配してくれて」

 片倉先輩は、口をポカンと開けた。
 だって、俺がハブにならねえようにって、そういうことだよな?
 ニコニコしてると、バッと勢いよく顔を背けられる。

「うっざ……」
「へへ」

 悪態つきながら、眼鏡と長い前髪の下の頬が真っ赤になってる。
 ぶっきらぼうだけど、いい人なんだな。



 片倉先輩は、もくもくとメシを食っている。
 俺もカツにソースをかけて、もくもくとぱくついた。ここの食堂の飯は、何でもうまい。
 先輩の焼き魚もうまそうだなー。カツカレーにしたけど、定食もよかったな。
 
「そういえば。片倉先輩、明日の補習って出ます?」
「は? 出るけど何」
「いや、俺も出るんすよー」
「あっそ」
「へへ。朝早いと、食堂ガラガラで最高すよね」
「知らん。朝食わねえし」
「え、何でっすか?」
「腹痛くなる」
「あー」

 黙って食いたいタイプかと思いきや、意外と返事してくれる。
 調子に乗った俺は、色々話して、聞いてみた。
 ちょっともしたら、先輩が中等部からここにいるとか、下の名前がミナミであるとか、一年に弟がいるとか知れた。

「じゃ、片倉って奴がいたら、また話しかけてみますよ」
「絶対やめろ。つか、片倉じゃねえし……」

 弟の話を掘り下げると、先輩は苦虫を百匹くらい、奥歯でグリグリしたみてえな顔になる。なんか、複雑な事情があるんかな。
 話題かえよう、そう思って口を開いたとき。

「ギャアアアアアア」

 急に悲鳴が聞こえてきて、俺はバッとそっちを振り返る。
 と、食堂の通路を闊歩してくる、目立つ三人組を発見した。三人が生徒達の側を通る度、どよめきがビッグウェーブを起こしてる。すげえ。
 騒めきの原因――生徒会長と、副会長、須々木先輩の三人は、食堂の前方にある舞台に上がった。
 マイクを握った須々木先輩が、壇上から笑いかけた。

「えー。テステス。はい、お食事中に失礼しますー。生徒会から臨時のお知らせです。ご飯食べながらでええから、みんな聞いたってやー」

 臨時のお知らせ? 
 首傾げてたら、須々木先輩がこっちに向けてウインクした。