抱き返した背中を、ぽんぽんと叩く。
 震えてるコイツが、ちっとでも落ち着くといいなって。
 すると、イノリはますます、俺の背をぎゅうぎゅうに締め上げる。
 きれいな見かけのわりに体格のいいイノリは、何気に胸板も厚い。肺が圧迫されて、俺は「うごっ」と呻いた。

「トキちゃん、会いたかった」
「ぉおう、おれも」
「トキちゃん……!」

 感激したように、イノリが俺の頭に頬を摺り寄せてくる。可愛いが、そろそろ背中じゃなくてマットを叩きそうだぜ。
 俺は何とか顔を仰のけると、強引にイノリと目を合わせる。

「おいイノリ、なんかガタイ良くなってねえ?」
「え、そう? 自分じゃわかんないけど……」

 イノリはきょとんとして、自分の体を見下ろした。密着度に余裕が出来て、俺は密かにはふはふと息をつく。

「ん-。生徒会入ってから、決闘続きだったし。それでかも?」

 イノリは言いながら、こてんと首を傾げた。
 俺は、生徒会って言葉にはっとする。

「そうだ、生徒会! お前、何で」

 なんで生徒会に入ったんだ、とか。
 なんで俺を避けたんだ、とか。
 問いただそうとして、口を開いた瞬間、

 グゥゥゥゥ。

 教室中に、間の抜けた音が響いた。
 俺は、目が真ん丸になる。イノリも、目をパチパチさせていた。
 音の発生源イズ、俺の腹。
 イノリが、俺の腹をまじまじと見下ろして、ぶっと噴き出した。

「ふ、ふふっ……! トキちゃんてば、すげぇ音。お腹へってたの?」
「め、飯時なんだから仕方ねぇだろーが!」
「そっかぁ。ごめんね、俺がお昼に呼び出したから」
「おい、顔が笑ってんだよっ」

 イノリの奴が、めっちゃ笑ってきて悔しい。くそ、俺って奴は、どうしてこうも締まらねえんだ。
 と、くすくす笑いながら、イノリが額を合わせてきた。

「ご飯も食べないで、きてくれたんだ」
「……!」
「すっごく嬉しい」

 そう言って、にっこり笑うもんだから。
 まあ、怒る気も失せたよホント。



 積もる話はあとにして。
 とりあえず、腹ごしらえしようってことになったわけ。
 俺は、イノリに引っ張られたときに、飛んでった昼飯を救出した。イノリも飯を持って来てたらしく、後ろの棚から袋を取りだしている。
 それが、実はちょっと嬉しかった。イノリの奴も、一緒に飯食うつもりだったんだって、わかってさ。
 適当な机に、向かい合ってメシを広げる。

「トキちゃん、焼きそばパン食べる? 好きだよね」
「マジ、いいの? これ美味いよなー。そうだ、コロネあるけど食う?」
「わっ、食べる食べる。ありがとぉ」
「つか、ダブってんじゃん。やべえ」
「あはは、ほんとだ」

 お互い、相手の好きなパンを買っていて、ややウケたりして。
 ダブったパンは、半分ずつにして食べた。
 で、俺が食後のコーヒー牛乳を啜って、人心地ついたころ。
 パックの紅茶を置いたイノリが、居住まいを正した。

「トキちゃん。今まで避けててごめん。ずっと、話そうとしてくれてたのに、逃げててごめんね」
「お、おいおい!」

 イノリが、ふかぶか頭を下げた。俺はぎょっとして、慌てる。

「気にすんなって。なんかワケがあったんだろ?」

 肩を励ますように叩くと、イノリが顔を上げる。へにゃりと眉を下げて、不安そうに俺を見つめてきた。

「……トキちゃん、聞いてくれる? 俺がなんでトキちゃんを避けてたか……なんで、いっかい断った生徒会に入ったのか」
「おう。望むところだ」

 俺は、即答した。
 当然だよな。
 ずっと、イノリ本人から、理由を聞きたくて仕方なかったんだからさ。