夏姫ちゃんは何度も何度も【三輪さん気が立ってるから、余計に炎上させられちゃうかもよ?】【危ないことはしないで】と引き止めてくれたけれど、今の私は止められなかった。
私のことはまだいい。私のことだけだったら、別にここまで怒らなかったけれど。
葉加瀬くんのことは違うんじゃないか。そう思ったからこそ、私はIDを確認したあと、アプリの通話ツールを使って連絡を取った。
当然ながら、いきなりの電話に、最初は三輪さんも驚いたのか電話をかけてこなかったけれど、私もアプリにメッセージを放り込んでおいた。
【電話取らないなら、三輪さんが葉加瀬くんにフラれたこと皆に言いふらす】
可愛い上にスタイルのいい三輪さんからしてみれば、自分が葉加瀬くんにフラれたことも、葉加瀬くんが気にしているのがロリコン体型なのもプライドが許さないだろうから絶対に出るだろうと思ったけれど、やっぱり電話に出てくれた。
『なに、人のID取ってきた挙げ句に電話かけてきて』
「SNSにバラまいたあれ、三輪さんから取り消してもらおうと思って」
『はあ? なんでよ』
「全然フェアじゃないからだよ。私は葉加瀬くんのことなんとも思ってないし、葉加瀬くんは葉加瀬くんでくたびれてた。私は話を聞いてただけ。それでロリコン呼ばわりされたら、葉加瀬くんだって浮かばれないでしょ。死んでないのに」
『はあ? なんで私がフラれた挙げ句に言うこと聞かないといけない訳?』
「自分の言うとおりに動かない男にはなにをしてもかまわないってその態度。だから葉加瀬くんにフラれたんじゃないの? 私がロリコン体型だって言うなら勝手に言えばいいよ。実際に私、この体型のせいで下ネタの話誰も混ぜてくれないし、私もする相手ほとんどいないもん」
『なに言ってんの?』
私のいきなりぶっ込んできた言葉に、若干三輪さんは引いたような声を上げた。
なんだこの子。スタイルよくって他にも彼氏いたんだろうと思っていたのに、見た目だけか。いや、スタイルよくて可愛かったら彼氏できるだろうと、高校デビューでイメチェンしたから、モテる女子のやり方がわからないタイプか。ネットとSNSが頼りで、実体験全然ない奴。
私はそこまで当たりを付けると、一気に捲し立てた。
「格好いい男の子同士がいると、それだけで潤うし、くっついているのも膝に乗せているのも滾るけど、そういう話をしたくっても、友達は『穢れる』と言って乗ってくれないんだよ。私だって腐った妄想くらいするわ。でもしてくれないんだよ。わかる? アイドルの男子同士が仲いいと気持ちいいじゃん。そこから思考飛んだりするじゃん。それが全然できないんだよ。ストレス」
『だから、本当なに言ってるの』
電話で延々腐った妄想語っても、それはセクハラで訴えられてもしゃあない気がすると打ち切り「だから」と言う。
「私が妄想してても、それをツッコミながらも聞いてくれる相手は貴重なんだよ。葉加瀬くんは葉加瀬くんで、いろいろ妄想抱えていても、それを聞いてくれる相手いないから、私が聞いているだけ」
『待って。葉加瀬もあんたみたいなキモいこと考えてるの?』
「さすがに葉加瀬くんの妄想は私ほど高度じゃないよ」
さすがに、格好いい男の子たちにキャアキャア言っている夢妄想は、すっかり脅えきっている三輪さんにするものじゃないと、私はそこまでは口にしなかった。ただただ、三輪さんはドン引いている。
私は電話を切る前に言った。
「人を見た目で判断して、見た目と違ったからって、勝手にさらしたり文句言ったりするもんじゃないよ。私だって苦労してるし、葉加瀬くんだって苦労している。だから気があって互いの話を聞いてる。それだけ。だから三輪さんもせっかく可愛いのに、それを台無しにするような暴れ方するのやめたほうがいいよ。もったいない」
『……橘はキモいし、葉加瀬は腹立つけど……』
「うん」
『見た目で苦労してるってのは、ちょっとわかった。うん。ごめん……今の話、マジでよそにしないほうがいいよ。マジでキモ過ぎて無理だから』
それだけ言って電話を切った。
三輪さんは三輪さんで、ギャルみたいな見た目で苦労していたらしい。多分だけれど、二次元の男にしか興味のない葉加瀬くんは、全く裏のない言動をしていたから、それが三輪さんからしてみれば紳士に見えていたのに、惚れた……と思い込んでいた……のが小中生にしか見えない私だから、腹立ったってところだろう。
人間、見ただけじゃわからない苦労があるよね。私はそう振り返りながら、ベッドに大の字になって転がった。
SNSを見たら、たしかに三輪さんは全部消してくれていた。
これであとは……葉加瀬くんが傷付いてないなと思った。
アプリを見ながら、彼にどうメッセージを送ろうと考え込む。
【元気出して、私がロリなのは仕方ないし】……それ言ったら葉加瀬くん生真面目に怒りそうだなあ。
【夢男子が腐女子と仲良くしてるからって、それでいちいち恋愛扱いされても困るでしょ?】……それはさすがに全く関係ないこと言われて傷付いているだろうに、葉加瀬くんに言うべきことじゃないと思う。
なにを言おうと考え込んでいたら、いきなり通話が入った。
今ちょうど考えていた葉加瀬くんだった。私はスマホを取る。
「はい」
『橘さん、大丈夫か?』
「うん? 私は全然元気だけど?」
『いや……ちゃんと僕が言わなかったばかりに、橘さんがロリ呼ばわりで……』
「あー。私は言われ慣れているから、もうそれについてはなんとも思わない……訳ではないけど、いちいち怒ってはいないよ。大丈夫。それよりいきなりロリコン扱いされてて、大丈夫だった葉加瀬くんは?」
『そこは多分、もっと怒ってもいいと思うけど、橘さんは』
「怒り続けるのって、燃費が悪いんだよ。なんでもかんでもタイパコスパと言う気はないけどさ、怒り続けても胃が痛くなるし、ずっとムカつきが止まらなくなるから、だんだん怒らなくなってくるんだよねえ。凪の境地に行けたら理想的だけど、さすがにそこまでは」
『だから……橘さんはどうしてそうすぐに自分を卑下するんだよ……』
「さすがにさあ。私ももう身長は伸びないと思うし……体型はもう横に太らない限りは変わらないと思うし。でも横に太ってもあんまりよろしくないと思うよ。小柄で太いって、もう着られる服ないから。だから体型のことでいちいち怒ってられないし、私はもっと低燃費に生きたい」
私のしょうもない言葉に、葉加瀬くんは黙り込んでしまった。さすがに呆れられちゃったか。そりゃなあ。
見た目だけならお人形扱いされてきたのに、口を開いたらしょうもないことばっかりくっちゃべるから、呆れられても仕方ない。葉加瀬くんも私のBL妄想までは付き合ってくれたけれど、私の思考パターンの投げやりっぷりにいい加減呆れられてしゃべりたくなくなってもしゃあないか。
そう気持ちをまとめようとしたところで。
『……僕は』
「うん?」
『いろんなことを飲み込んで、前向きにしようとしている、その点は橘さんのいいところだと思うけど、自分をすぐ卑下するところだけはいただけない。僕の好きな人を、それ以上侮辱するのはやめろよ』
「……うん……?」
一瞬なにを言っているのかがわからなかった。
やがて、家のピンポンが鳴る。親が「はあい」と出ていくと「失礼します、忘れ物届けに来ましたけど、成実さんいらっしゃいますか?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
私は驚いて廊下に飛び出てみると、制服の上にコートを着た葉加瀬くんが、紙袋を持って立っていた。
「葉加瀬くん……! なんで!?」
「……予備校帰り。帰りにコーヒー屋でご飯食べてるときにグループラインが荒れてるのを見て、びっくりしてそのまんま君の友達に君の家の住所聞いて、アプリで住所確認しながら来たんだよ。外出られる?」
「う、うん……」
私は慌てて上着を取ってくると、急いで家を出る。少しだけ歩いた先にある、砂場とベンチしかない小さな公園に座ると、葉加瀬くんから黙って紙袋を受け取った。
「これなに?」
「たまたまゲームセンターに行ったら、君の推しが当たったからもらってきた」
「ああ……アクリルパネル! すごい! でも……」
たしか期間限定にUFOキャッチャーの景品になるとは聞いていたけれど、それは葉加瀬くんの推しはいなかったはずなのに。私は紙袋を受け取り「ありがとう……」とお礼を言うと、葉加瀬くんはポツンポツンと語った。
「僕は最初、腐女子が嫌いだったよ」
「いきなり失礼だなあ!?」
「本人がノンケだ女が好きだって言っているキャラをすぐBLにするののなにがどう好きになれるんだよ!?」
「わっかんねえだろ、公式で付き合ってる子が出ない限りは!?」
「だってすぐ別れさせるだろ!? ああいうの本気で好きじゃない! ……でも、橘さんは根性あるから」
「根性あったら腐女子でもいいんか」
「いや、橘さんのBL語りは本気で僕、理解できないんだけど」
「やんのかコラァ」
「だからすぐ混ぜっ返すなよ。可愛くていい子じゃないと駄目って扱いに、くたびれているのに自分の趣味をひとりで貫こうとするところは、ガッツがあっていいと思う。僕もまあ……自分の趣味は公表できないし」
「イケメン好きだもんね、葉加瀬くん」
「ほんっとうに、僕はただ、格好いい男キャラが好きなだけで、それイコールすぐ恋愛じゃないからな!? ……だから、橘さんの根性あるところは好きだから、あんまり自分のことすぐけなすのやめてほしいってだけ。君のこと悪く言うなよ。僕は君のこと気に入ってるんだから」
今まで、BL小説はそれなりに読んできたと思う。
BLの大概は、相手の駄目なところも引っくるめて好きというものだったと思うけれど、ここまで「君のこういうところは好きじゃない」と線引きされた上で、「でも君が好き」みたいな告白をされることになるなんて、考えたこともなかった。
「なんというか葉加瀬くん」
「……なに?」
「すっごく面倒臭いね?」
「はっ?」
葉加瀬くんの顔が強張る。この人、自分の面倒臭い性格、全く考えてなかったんだなあと思うと、少しだけ微笑ましい。
私はなんとか自分の気持ちを咀嚼する。
「いや、違うか。理詰めか。私、もっとゆるふわに物事考えていたから、ここまでコンコンと詰めて考えて説教された上で告白されるなんて思いもよらなかったからさあ。ときめきが全然足りない。もうちょっとシンプルに言って。やり直し」
「やり直しって……僕は」
「うん」
「……君のこと好きだよ。君は僕のこと、夢男子の変な奴認定かもしれないけど」
「いや、そんなことないよ。恋愛かどうかは、ちょっと審議させてほしいけど」
私はパタパタと手を振る。
「そもそもね、安全地帯の家から出て、葉加瀬くんとふたりで真冬の公園でお話しって。それ、気がないとしないと思うよ? 寒いもん。私今、カイロとかも持ってきてないもん。それで話を聞きに行くって。なんの感情もなかったらできないよ?」
一生懸命自分の気持ちを伝える。
恋かどうかは、やっぱりわからない。ちょっとひと晩くらいは考えさせてほしいけど。少なくとも。
私は葉加瀬くんと一緒に、屋上前の階段で、ふたりで駄弁っている時間を愛しいと思っていることだけはたしかだ。
私のことはまだいい。私のことだけだったら、別にここまで怒らなかったけれど。
葉加瀬くんのことは違うんじゃないか。そう思ったからこそ、私はIDを確認したあと、アプリの通話ツールを使って連絡を取った。
当然ながら、いきなりの電話に、最初は三輪さんも驚いたのか電話をかけてこなかったけれど、私もアプリにメッセージを放り込んでおいた。
【電話取らないなら、三輪さんが葉加瀬くんにフラれたこと皆に言いふらす】
可愛い上にスタイルのいい三輪さんからしてみれば、自分が葉加瀬くんにフラれたことも、葉加瀬くんが気にしているのがロリコン体型なのもプライドが許さないだろうから絶対に出るだろうと思ったけれど、やっぱり電話に出てくれた。
『なに、人のID取ってきた挙げ句に電話かけてきて』
「SNSにバラまいたあれ、三輪さんから取り消してもらおうと思って」
『はあ? なんでよ』
「全然フェアじゃないからだよ。私は葉加瀬くんのことなんとも思ってないし、葉加瀬くんは葉加瀬くんでくたびれてた。私は話を聞いてただけ。それでロリコン呼ばわりされたら、葉加瀬くんだって浮かばれないでしょ。死んでないのに」
『はあ? なんで私がフラれた挙げ句に言うこと聞かないといけない訳?』
「自分の言うとおりに動かない男にはなにをしてもかまわないってその態度。だから葉加瀬くんにフラれたんじゃないの? 私がロリコン体型だって言うなら勝手に言えばいいよ。実際に私、この体型のせいで下ネタの話誰も混ぜてくれないし、私もする相手ほとんどいないもん」
『なに言ってんの?』
私のいきなりぶっ込んできた言葉に、若干三輪さんは引いたような声を上げた。
なんだこの子。スタイルよくって他にも彼氏いたんだろうと思っていたのに、見た目だけか。いや、スタイルよくて可愛かったら彼氏できるだろうと、高校デビューでイメチェンしたから、モテる女子のやり方がわからないタイプか。ネットとSNSが頼りで、実体験全然ない奴。
私はそこまで当たりを付けると、一気に捲し立てた。
「格好いい男の子同士がいると、それだけで潤うし、くっついているのも膝に乗せているのも滾るけど、そういう話をしたくっても、友達は『穢れる』と言って乗ってくれないんだよ。私だって腐った妄想くらいするわ。でもしてくれないんだよ。わかる? アイドルの男子同士が仲いいと気持ちいいじゃん。そこから思考飛んだりするじゃん。それが全然できないんだよ。ストレス」
『だから、本当なに言ってるの』
電話で延々腐った妄想語っても、それはセクハラで訴えられてもしゃあない気がすると打ち切り「だから」と言う。
「私が妄想してても、それをツッコミながらも聞いてくれる相手は貴重なんだよ。葉加瀬くんは葉加瀬くんで、いろいろ妄想抱えていても、それを聞いてくれる相手いないから、私が聞いているだけ」
『待って。葉加瀬もあんたみたいなキモいこと考えてるの?』
「さすがに葉加瀬くんの妄想は私ほど高度じゃないよ」
さすがに、格好いい男の子たちにキャアキャア言っている夢妄想は、すっかり脅えきっている三輪さんにするものじゃないと、私はそこまでは口にしなかった。ただただ、三輪さんはドン引いている。
私は電話を切る前に言った。
「人を見た目で判断して、見た目と違ったからって、勝手にさらしたり文句言ったりするもんじゃないよ。私だって苦労してるし、葉加瀬くんだって苦労している。だから気があって互いの話を聞いてる。それだけ。だから三輪さんもせっかく可愛いのに、それを台無しにするような暴れ方するのやめたほうがいいよ。もったいない」
『……橘はキモいし、葉加瀬は腹立つけど……』
「うん」
『見た目で苦労してるってのは、ちょっとわかった。うん。ごめん……今の話、マジでよそにしないほうがいいよ。マジでキモ過ぎて無理だから』
それだけ言って電話を切った。
三輪さんは三輪さんで、ギャルみたいな見た目で苦労していたらしい。多分だけれど、二次元の男にしか興味のない葉加瀬くんは、全く裏のない言動をしていたから、それが三輪さんからしてみれば紳士に見えていたのに、惚れた……と思い込んでいた……のが小中生にしか見えない私だから、腹立ったってところだろう。
人間、見ただけじゃわからない苦労があるよね。私はそう振り返りながら、ベッドに大の字になって転がった。
SNSを見たら、たしかに三輪さんは全部消してくれていた。
これであとは……葉加瀬くんが傷付いてないなと思った。
アプリを見ながら、彼にどうメッセージを送ろうと考え込む。
【元気出して、私がロリなのは仕方ないし】……それ言ったら葉加瀬くん生真面目に怒りそうだなあ。
【夢男子が腐女子と仲良くしてるからって、それでいちいち恋愛扱いされても困るでしょ?】……それはさすがに全く関係ないこと言われて傷付いているだろうに、葉加瀬くんに言うべきことじゃないと思う。
なにを言おうと考え込んでいたら、いきなり通話が入った。
今ちょうど考えていた葉加瀬くんだった。私はスマホを取る。
「はい」
『橘さん、大丈夫か?』
「うん? 私は全然元気だけど?」
『いや……ちゃんと僕が言わなかったばかりに、橘さんがロリ呼ばわりで……』
「あー。私は言われ慣れているから、もうそれについてはなんとも思わない……訳ではないけど、いちいち怒ってはいないよ。大丈夫。それよりいきなりロリコン扱いされてて、大丈夫だった葉加瀬くんは?」
『そこは多分、もっと怒ってもいいと思うけど、橘さんは』
「怒り続けるのって、燃費が悪いんだよ。なんでもかんでもタイパコスパと言う気はないけどさ、怒り続けても胃が痛くなるし、ずっとムカつきが止まらなくなるから、だんだん怒らなくなってくるんだよねえ。凪の境地に行けたら理想的だけど、さすがにそこまでは」
『だから……橘さんはどうしてそうすぐに自分を卑下するんだよ……』
「さすがにさあ。私ももう身長は伸びないと思うし……体型はもう横に太らない限りは変わらないと思うし。でも横に太ってもあんまりよろしくないと思うよ。小柄で太いって、もう着られる服ないから。だから体型のことでいちいち怒ってられないし、私はもっと低燃費に生きたい」
私のしょうもない言葉に、葉加瀬くんは黙り込んでしまった。さすがに呆れられちゃったか。そりゃなあ。
見た目だけならお人形扱いされてきたのに、口を開いたらしょうもないことばっかりくっちゃべるから、呆れられても仕方ない。葉加瀬くんも私のBL妄想までは付き合ってくれたけれど、私の思考パターンの投げやりっぷりにいい加減呆れられてしゃべりたくなくなってもしゃあないか。
そう気持ちをまとめようとしたところで。
『……僕は』
「うん?」
『いろんなことを飲み込んで、前向きにしようとしている、その点は橘さんのいいところだと思うけど、自分をすぐ卑下するところだけはいただけない。僕の好きな人を、それ以上侮辱するのはやめろよ』
「……うん……?」
一瞬なにを言っているのかがわからなかった。
やがて、家のピンポンが鳴る。親が「はあい」と出ていくと「失礼します、忘れ物届けに来ましたけど、成実さんいらっしゃいますか?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
私は驚いて廊下に飛び出てみると、制服の上にコートを着た葉加瀬くんが、紙袋を持って立っていた。
「葉加瀬くん……! なんで!?」
「……予備校帰り。帰りにコーヒー屋でご飯食べてるときにグループラインが荒れてるのを見て、びっくりしてそのまんま君の友達に君の家の住所聞いて、アプリで住所確認しながら来たんだよ。外出られる?」
「う、うん……」
私は慌てて上着を取ってくると、急いで家を出る。少しだけ歩いた先にある、砂場とベンチしかない小さな公園に座ると、葉加瀬くんから黙って紙袋を受け取った。
「これなに?」
「たまたまゲームセンターに行ったら、君の推しが当たったからもらってきた」
「ああ……アクリルパネル! すごい! でも……」
たしか期間限定にUFOキャッチャーの景品になるとは聞いていたけれど、それは葉加瀬くんの推しはいなかったはずなのに。私は紙袋を受け取り「ありがとう……」とお礼を言うと、葉加瀬くんはポツンポツンと語った。
「僕は最初、腐女子が嫌いだったよ」
「いきなり失礼だなあ!?」
「本人がノンケだ女が好きだって言っているキャラをすぐBLにするののなにがどう好きになれるんだよ!?」
「わっかんねえだろ、公式で付き合ってる子が出ない限りは!?」
「だってすぐ別れさせるだろ!? ああいうの本気で好きじゃない! ……でも、橘さんは根性あるから」
「根性あったら腐女子でもいいんか」
「いや、橘さんのBL語りは本気で僕、理解できないんだけど」
「やんのかコラァ」
「だからすぐ混ぜっ返すなよ。可愛くていい子じゃないと駄目って扱いに、くたびれているのに自分の趣味をひとりで貫こうとするところは、ガッツがあっていいと思う。僕もまあ……自分の趣味は公表できないし」
「イケメン好きだもんね、葉加瀬くん」
「ほんっとうに、僕はただ、格好いい男キャラが好きなだけで、それイコールすぐ恋愛じゃないからな!? ……だから、橘さんの根性あるところは好きだから、あんまり自分のことすぐけなすのやめてほしいってだけ。君のこと悪く言うなよ。僕は君のこと気に入ってるんだから」
今まで、BL小説はそれなりに読んできたと思う。
BLの大概は、相手の駄目なところも引っくるめて好きというものだったと思うけれど、ここまで「君のこういうところは好きじゃない」と線引きされた上で、「でも君が好き」みたいな告白をされることになるなんて、考えたこともなかった。
「なんというか葉加瀬くん」
「……なに?」
「すっごく面倒臭いね?」
「はっ?」
葉加瀬くんの顔が強張る。この人、自分の面倒臭い性格、全く考えてなかったんだなあと思うと、少しだけ微笑ましい。
私はなんとか自分の気持ちを咀嚼する。
「いや、違うか。理詰めか。私、もっとゆるふわに物事考えていたから、ここまでコンコンと詰めて考えて説教された上で告白されるなんて思いもよらなかったからさあ。ときめきが全然足りない。もうちょっとシンプルに言って。やり直し」
「やり直しって……僕は」
「うん」
「……君のこと好きだよ。君は僕のこと、夢男子の変な奴認定かもしれないけど」
「いや、そんなことないよ。恋愛かどうかは、ちょっと審議させてほしいけど」
私はパタパタと手を振る。
「そもそもね、安全地帯の家から出て、葉加瀬くんとふたりで真冬の公園でお話しって。それ、気がないとしないと思うよ? 寒いもん。私今、カイロとかも持ってきてないもん。それで話を聞きに行くって。なんの感情もなかったらできないよ?」
一生懸命自分の気持ちを伝える。
恋かどうかは、やっぱりわからない。ちょっとひと晩くらいは考えさせてほしいけど。少なくとも。
私は葉加瀬くんと一緒に、屋上前の階段で、ふたりで駄弁っている時間を愛しいと思っていることだけはたしかだ。



