私と葉加瀬くんがふたりでソシャゲの話をするようになってから、しばらく経った。
今日も葉加瀬くんとソシャゲのイベントの話をしに行こうと、屋上行きの階段の前に行こうとしたら、誰かが先に来ていることに気付いた。
見てみると、それはよそのクラスの子らしかった。可愛い上にスタイルもいい。それに私は茫然としている。
「あのね、葉加瀬くん。好き……!」
告白って本当にあるんだ。私は階段の下に隠れて、見つからないように様子を窺っている。その子に葉加瀬くんは素っ気なく答える。
「ごめん。僕は君のことを知らない」
「……葉加瀬くん。ロリコンだったって話本当だったんだ」
「え?」
はい? 私は嫌な予感がして、その子の話の続きを聞いていた。
その子は続ける。
「最近噂になってたから。小さくって可愛い女の子とよく一緒にいるって。いわゆるロリコン受けするような子だって」
……これだから。私はギリッと歯を噛み締めた。世の中、ルッキズムはよくないって風潮あるけど、隠れて言ってればいいっていうのは未だに残っている。
人の身長が伸びなくって、スタイルだって全然よくないのを、影でロリコン受けとか言うんだ。本当に嫌。
私がずっとギリギリと歯を食いしばっている中、葉加瀬くんは溜息をついた。
「橘さんは同級生だし、それは失礼だよ」
「私、その子のこと知らないもの」
「彼女は普通の子だよ」
それに私は驚いて隠れた先からその話を聞いていた。
「たしかに身長は低いかもしれない。でも普通に決めつけられるのに嫌気が差しているし、普通に押しつけがましいこと言われるのに傷付いている、普通の子。それをロリコン受けとか失礼なこと言うのはよくないよ」
「……だって、葉加瀬くんその子とずっとにいるってことは、その子のこと」
「それが決めつけって言うんじゃないの? 僕はそういう考え、好きじゃない」
彼女は少し怒った様子で、葉加瀬くんに手を挙げようとしたのに、たまりかねて私は飛び出した。
「やめて! 葉加瀬くん殴らないで!」
「……あなた……さっきの話」
「別に言わないけど! 私のことはいくら悪く言ってもいいけど、葉加瀬くんのこと勝手に思い込みで話つくるのだけはやめて!」
「……ロリコン受けにロリコン……お似合いじゃない」
彼女はそう吐き捨てて行ってしまった。その様子に私は吐き気を催した。
なんなの。自分が好きになってもらえなかったからって、好きになってくれなかった人のことをそこまで悪く言うものなのか。ちゃんと断ったじゃないか。ちゃんと知らないって言ったじゃないか。思い通りにならなかったらなにを言ってもいいのか。
だから葉加瀬くん、自分の趣味をカミングアウトできないんじゃないか。
だんだん腹が立ってきて、目尻に涙が溜まってきたのに、葉加瀬くんはギョッとして慌ててハンカチを差し出した。
「ごめん橘さん。怖かった?」
「……そうじゃなくって。そうじゃなくって。好きだったものを、あそこまで貶めることができるんだと思ったら、なんだかやり切れなくなったの……葉加瀬くんも勝手に決めつけられるのが嫌で、趣味を私にしか言えないのに」
「僕の趣味のことでそこまで泣かなくっても」
「そりゃ泣くよ。私は見た目のせいで、全然BLトークの仲間に入れてもらえないもん。葉加瀬くんだって自分の趣味を言えないのは悲しいよねと思って……私が勝手にやり切れなくって泣いてるだけだから、怖くて泣いてる訳じゃないよ。だから気にしないで」
「そっか」
葉加瀬くんは何故かほっとしたような顔をして、私にハンカチを押しつけると、少し階段に座っていた。
「夢小説のシチュエーションみたいだなと思った」
「……多分相手のことを思って、勝手に怒って泣くシチュエーションは、夢よりもBLのほうが本分だと思います」
「そうなの?」
「男の子が泣くのって、激情に駆られてだと思うから。そのほうが燃えるし、萌える」
「それは多分夢小説も似たようなものだけど、夢ヒロインが相手のことを思って泣いてたら、普通に燃えるし、萌える」
「アハハハハ……似たような共通項もあるよね、たまには」
さっきの子の無神経さにはやっぱり腹が立つけれど、葉加瀬くんの嫌いなもの、弱いものは少しわかったような気がした。そこだけはよかった。
それに。葉加瀬くんは私の見た目や身長のことを気にせず、私を普通の子として尊重してくれた。それが本当に嬉しかったんだ。
いつだって人形扱いされていたから、そんな風に言ってくれる人なんて、今までいなかったもんなあ。腐った話ばっかりしてても、解釈違いで揉めても、私の趣味を見た目だけで勝手に気持ち悪がられることなんてなかったもんな。
そこが私には嬉しかったんだけれど。
私たちは、人の悪意について、ちょっとだけ無頓着だったように思う。
****
家に帰ってから、宿題を片付けてからソシャゲしようとスマホを取り出したら、通話アプリになにかメッセージが入っていることに気付いた。
夏姫ちゃんからだった。
【成ちゃん大丈夫?】
意味がわからず、私は【なにが?】と尋ねたら、すぐに返事が来た。
【今、クラスのグループ見ないほうがいいよ。ちょっと荒れてる】
【ええ? なにかあったの?】
【今日、隣のクラスの三輪さんが葉加瀬くんに告白したんだって? 葉加瀬くんにフラれたからって、彼女逆上してアプリで葉加瀬くんの悪口書き殴ったら、葉加瀬くんのファンの子たちが同調しちゃって】
なんだか嫌な予感がした。
グループを覗かない方がいいと教えてくれた夏姫ちゃんには悪いけど、見たほうがいいんだろうか。でもなあ。
夏姫ちゃんは続きのメッセージを送ってくる。
【今、成ちゃんへのバッシングみたいなこといっぱい書いてて怖いんだよ】
【真知子ちゃんが怒って、このアプリの内容全部スクリーンショット撮って担任に送ってるけど、さすがに担任もそれをどうこうはしないと思うし】
【あの子、そこまでやるんだ】
私はイラッとした気分になった。
自分がフラれたことを責任転嫁して、私のことを好き勝手悪く言うのは別にいい。でもそれに葉加瀬くんを巻き込むな。
私はメッセージを送る。
【三輪さんのアプリのIDってわかる?】
【ちょっと……成ちゃんなにやる気?】
【私のこと見た目で判断して悪く言われるのは慣れてるからもういい。でも、フラれたからって逆ギレして同情を買おうとするのは全然いただけない。ちょっと殴る】
【殴るって、それはいくらなんで駄目だよ成ちゃん!?】
【あの子、自分のみみっちさをちょっとは知ったほうがいいよ。それに殴るのは物理でなんか殴らない。言葉で殴る】
【成ちゃん!? なんでそんな喧嘩っ早いの!?】
今にも夏姫ちゃんの悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、それは一旦無視することにした。
こっちだって、SNSでさんざん喧嘩してきたし、失敗だってしてきた。炎上だって乗り越えてきた。たしかに私は見た目は小さくって人形みたいかもしれないけれど、言葉での喧嘩だったら負ける気がしない。
あの女、絶対に泣かす。私は怒りで燃えていた。
今日も葉加瀬くんとソシャゲのイベントの話をしに行こうと、屋上行きの階段の前に行こうとしたら、誰かが先に来ていることに気付いた。
見てみると、それはよそのクラスの子らしかった。可愛い上にスタイルもいい。それに私は茫然としている。
「あのね、葉加瀬くん。好き……!」
告白って本当にあるんだ。私は階段の下に隠れて、見つからないように様子を窺っている。その子に葉加瀬くんは素っ気なく答える。
「ごめん。僕は君のことを知らない」
「……葉加瀬くん。ロリコンだったって話本当だったんだ」
「え?」
はい? 私は嫌な予感がして、その子の話の続きを聞いていた。
その子は続ける。
「最近噂になってたから。小さくって可愛い女の子とよく一緒にいるって。いわゆるロリコン受けするような子だって」
……これだから。私はギリッと歯を噛み締めた。世の中、ルッキズムはよくないって風潮あるけど、隠れて言ってればいいっていうのは未だに残っている。
人の身長が伸びなくって、スタイルだって全然よくないのを、影でロリコン受けとか言うんだ。本当に嫌。
私がずっとギリギリと歯を食いしばっている中、葉加瀬くんは溜息をついた。
「橘さんは同級生だし、それは失礼だよ」
「私、その子のこと知らないもの」
「彼女は普通の子だよ」
それに私は驚いて隠れた先からその話を聞いていた。
「たしかに身長は低いかもしれない。でも普通に決めつけられるのに嫌気が差しているし、普通に押しつけがましいこと言われるのに傷付いている、普通の子。それをロリコン受けとか失礼なこと言うのはよくないよ」
「……だって、葉加瀬くんその子とずっとにいるってことは、その子のこと」
「それが決めつけって言うんじゃないの? 僕はそういう考え、好きじゃない」
彼女は少し怒った様子で、葉加瀬くんに手を挙げようとしたのに、たまりかねて私は飛び出した。
「やめて! 葉加瀬くん殴らないで!」
「……あなた……さっきの話」
「別に言わないけど! 私のことはいくら悪く言ってもいいけど、葉加瀬くんのこと勝手に思い込みで話つくるのだけはやめて!」
「……ロリコン受けにロリコン……お似合いじゃない」
彼女はそう吐き捨てて行ってしまった。その様子に私は吐き気を催した。
なんなの。自分が好きになってもらえなかったからって、好きになってくれなかった人のことをそこまで悪く言うものなのか。ちゃんと断ったじゃないか。ちゃんと知らないって言ったじゃないか。思い通りにならなかったらなにを言ってもいいのか。
だから葉加瀬くん、自分の趣味をカミングアウトできないんじゃないか。
だんだん腹が立ってきて、目尻に涙が溜まってきたのに、葉加瀬くんはギョッとして慌ててハンカチを差し出した。
「ごめん橘さん。怖かった?」
「……そうじゃなくって。そうじゃなくって。好きだったものを、あそこまで貶めることができるんだと思ったら、なんだかやり切れなくなったの……葉加瀬くんも勝手に決めつけられるのが嫌で、趣味を私にしか言えないのに」
「僕の趣味のことでそこまで泣かなくっても」
「そりゃ泣くよ。私は見た目のせいで、全然BLトークの仲間に入れてもらえないもん。葉加瀬くんだって自分の趣味を言えないのは悲しいよねと思って……私が勝手にやり切れなくって泣いてるだけだから、怖くて泣いてる訳じゃないよ。だから気にしないで」
「そっか」
葉加瀬くんは何故かほっとしたような顔をして、私にハンカチを押しつけると、少し階段に座っていた。
「夢小説のシチュエーションみたいだなと思った」
「……多分相手のことを思って、勝手に怒って泣くシチュエーションは、夢よりもBLのほうが本分だと思います」
「そうなの?」
「男の子が泣くのって、激情に駆られてだと思うから。そのほうが燃えるし、萌える」
「それは多分夢小説も似たようなものだけど、夢ヒロインが相手のことを思って泣いてたら、普通に燃えるし、萌える」
「アハハハハ……似たような共通項もあるよね、たまには」
さっきの子の無神経さにはやっぱり腹が立つけれど、葉加瀬くんの嫌いなもの、弱いものは少しわかったような気がした。そこだけはよかった。
それに。葉加瀬くんは私の見た目や身長のことを気にせず、私を普通の子として尊重してくれた。それが本当に嬉しかったんだ。
いつだって人形扱いされていたから、そんな風に言ってくれる人なんて、今までいなかったもんなあ。腐った話ばっかりしてても、解釈違いで揉めても、私の趣味を見た目だけで勝手に気持ち悪がられることなんてなかったもんな。
そこが私には嬉しかったんだけれど。
私たちは、人の悪意について、ちょっとだけ無頓着だったように思う。
****
家に帰ってから、宿題を片付けてからソシャゲしようとスマホを取り出したら、通話アプリになにかメッセージが入っていることに気付いた。
夏姫ちゃんからだった。
【成ちゃん大丈夫?】
意味がわからず、私は【なにが?】と尋ねたら、すぐに返事が来た。
【今、クラスのグループ見ないほうがいいよ。ちょっと荒れてる】
【ええ? なにかあったの?】
【今日、隣のクラスの三輪さんが葉加瀬くんに告白したんだって? 葉加瀬くんにフラれたからって、彼女逆上してアプリで葉加瀬くんの悪口書き殴ったら、葉加瀬くんのファンの子たちが同調しちゃって】
なんだか嫌な予感がした。
グループを覗かない方がいいと教えてくれた夏姫ちゃんには悪いけど、見たほうがいいんだろうか。でもなあ。
夏姫ちゃんは続きのメッセージを送ってくる。
【今、成ちゃんへのバッシングみたいなこといっぱい書いてて怖いんだよ】
【真知子ちゃんが怒って、このアプリの内容全部スクリーンショット撮って担任に送ってるけど、さすがに担任もそれをどうこうはしないと思うし】
【あの子、そこまでやるんだ】
私はイラッとした気分になった。
自分がフラれたことを責任転嫁して、私のことを好き勝手悪く言うのは別にいい。でもそれに葉加瀬くんを巻き込むな。
私はメッセージを送る。
【三輪さんのアプリのIDってわかる?】
【ちょっと……成ちゃんなにやる気?】
【私のこと見た目で判断して悪く言われるのは慣れてるからもういい。でも、フラれたからって逆ギレして同情を買おうとするのは全然いただけない。ちょっと殴る】
【殴るって、それはいくらなんで駄目だよ成ちゃん!?】
【あの子、自分のみみっちさをちょっとは知ったほうがいいよ。それに殴るのは物理でなんか殴らない。言葉で殴る】
【成ちゃん!? なんでそんな喧嘩っ早いの!?】
今にも夏姫ちゃんの悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、それは一旦無視することにした。
こっちだって、SNSでさんざん喧嘩してきたし、失敗だってしてきた。炎上だって乗り越えてきた。たしかに私は見た目は小さくって人形みたいかもしれないけれど、言葉での喧嘩だったら負ける気がしない。
あの女、絶対に泣かす。私は怒りで燃えていた。



