腐女子と夢男子は恋しない

 どれだけ牛乳を飲んでも、身長が伸びると言われているチーズ、肉、魚……どれだけ食べても私の身長は伸びることがなかった。
 小柄で中学生、下手したら小学生に間違えられない身長。体も薄っぺらくって、棒みたいで嫌になる。せめてもの抵抗で髪型だけでも大人っぽくしたかったものの、ショートカットやボブカットだけ余計人形みたいに見え、お団子は似合わず、ストレートで降ろしているとますます人形みたいに見えて、結局は三つ編みでひとつにまとめておくしかできなかった。

「おはよう、成ちゃん! 今日も可愛いね!」
「アハハハハ、ありがとう……」

 友達の真知子ちゃんも夏姫ちゃんも、私のことはまるで人形のように思っている。
 ふたりとも私と同じようにアニメが好きだし、いわゆるBL好きの腐女子仲間にもかかわらず、私の前ではその話題に混ぜてはくれなかった。
 片や真知子ちゃんはSNSでもファン多数のコスプレイヤーで、家族ぐるみで衣装やウィッグを用意して撮影しては、ファンをキャーキャー言わせる完成度を誇っていた。元々身長がある真知子ちゃんは男装してコスプレ用のメイクを施すととにかく映え、SNSのフォロワーの数も一般人とは思えないものになっている。
 片や夏姫ちゃんはネット小説家だ。元々好きなアニメのファン小説をBL妄想して小説を書いていたらそのまんま受けてしまい、周りから勧められるがままに創作小説も書きはじめたら、これまたヒットして、今出版の打診が来ているらしい。
 ふたりともBLトークをしたいんだけれど、それに混ざろうとするとピタッと話題が止まってしまうのだ。

「だ、駄目だよ成ちゃんにはまだ早い!」
「早いもなにも、私と真知子ちゃん夏姫ちゃんは同い年で……」
「でも! 私たちの妖精が穢れる! いくら腐ってるとはいえども、そういうのを巻き込むのは気が引けるというか……ねっ、わかって」

 わかんない。
 私はムスゥーと膨れてしまった。
 真知子ちゃんはコスプレをしていなくっても長身美人だし、夏姫ちゃんはボブカットの似合う清楚系美人だ。それに比べて私は。
 周りからの評価は「ほんわかしている」「守りたい」「可愛い」だし、なんだか私のことじゃないみたい。
 私だって、腐女子だし。ちゃんとBLトークしたい。
 でもなあ。
 私も中学時代までは、オープンにトークをしていた。
 大好きなソシャゲ、大好きなアニメ。それのBLトークをしていたら、当時好きだった男子が友達と話しているのを聞いてしまったのだ。

「橘さあ、すぐ男同士でなにかしてるのをイチャつくとか言うじゃん。ああいうの無理」
「そうか? 他の女子だって言ってるし、あいつらそういうもんだろ」
「いやさあ、他の奴らの場合は、はいはい、BLBLで済ませられるんだけどさあ。橘の場合、幼児体型でBLトークしてるってさあ……なんというか、無理」

 他の子たちは普通にBLトークしてるのに。私は駄目なんか。しかも好きな男子から言われたことに、私はショックを受けてしまった。
 身長がもうちょっと高かったら。体型が年相応だったら。BLトークしててもあれだけ嫌悪感剥き出しで噂されなかっただろうに。
 それ以降私は徹底して隠すようになった。もう腐女子だってわかっている子にはそれとなくアピールしてみるものの、それ以外の人には徹底的に。
 勝手に期待されて、勝手に気持ち悪がられて、勝手に絶望されても困る。求められているキャラじゃないからって、勝手に幻滅されたって困る。
 今はオタクトークをしても大丈夫だよって言われている時代だって言われてるけど、そんなん嘘だよ。自分の趣味をとやかく言ってくる人なんていくらでもいる。
 だから私のオタトーク用のSNSのことは絶対に秘密なんだ。
 そう思っていたら。

「ごめん」
「あっ、うん」

 私がもたれかかっていた机の主が帰ってきたので、慌てて私は立ち上がった。
 生徒会役員をしている葉加瀬くんだ。身長は高い上に、学校はじまって以来の優等生とかで、いろんな予備校や塾からタダで授業を受けないかとスカウトが来ているらしい……絶対に有名大学に合格する頭脳だから、合格率の倍率を上げるために、賢い子をスカウトするもんらしい。なるほど。
 葉加瀬くんは涼しげな顔をして、私たちをチラッと見てから、文庫本を取り出して読みはじめた。その様はひどく絵になる。
 それを私たちは「ほぉー……」と見ていた。

「なんというか、二次元でしか見ない人っているよねえ」

 真知子ちゃんのポツンとした声に、私たちは思いっきり頷いた。
 見た目と中身が一致していたら、きっと苦労なんてない人生を送れるんだろうなと、優等生然とした言動をしている葉加瀬くんを見て、少しだけ羨ましく思った。
 その日、私はソシャゲのSNSの公式アカウントを凝視していた。

「ポップアップストア……」

 イケメンヒーローのポップアップストアが期間限定でオープンと書いてあるものの、その日は真知子ちゃんはコスプレ関係の買い出しに行くとかを前から言っていたし、夏姫ちゃんはたしか出版社の人に会いに行くと前々から教えてくれていた。
 だとしたら、ひとりで行くのかあ……。
 ひとりで行くと億劫なのは、この手の店でお約束な商品の交換ができないということ。この手の商品はクローズド商品で、買ったキーホルダーとかが必ずしも推しの商品だとは限らない。その点数人で言ったら、推しさえ被っていなかったら交換できるのだ。
 ひとりで一発で推しを当てる自信はないなあ。だからと言って、社会人と違ってたくさん買って推しが出るまで買うってこともできない。
 結局は私は、お気に入りのワンピースを着て、可愛いリュックを背負い、そのリュックに推しの人形をぶら下げて出かけることにした。これでもし推しが外れたら、店先で誰かと交換申し込みをする際に、誰かに交換してもらえるかもしれない。
 出かけてみたら、案の定というべきか、人がたくさん並んでいた。

「わあ……ほんっとうに人が多い」

 そしてなによりも、コンセプトがヒーローもののソシャゲのせいか、女性だけでなく男性もそこそこ混ざっているということ。意外だな、女性向けソシャゲでこれだけ男性混ざってるとは思わなかった。
 思えば、私が前にSNSでブロックした夢男子もこのゲームしてたもんなあ。一定数いるのかもしれない。
 私がキョロキョロしていると、店員さんが「すみません、人数制限行いますので、先に整理券受け取った人から順番にお入りください!」と声を上げる。
 ポップアップストアは期間限定な上に出している場所も限られるから、日本中から人が来るもんねえ、そんなこともあるんだろう。私は並んで整理券を待っている中、私の前に男の人が割り込んできた。
 ええ……私はおずおずと尋ねた。

「あのう……私、並んでたんですけど……」
「あれえ、君小さいでしょ。駄目だよ、これソシャゲのポップアップストアだよ。他の店のなら他並びなさい」
「ええ、違……」

 どうしよう、私が中学生か小学生かと勘違いされて完全に舐められてる。私が困っていると、「すみません」とくぐもった声が頭上から響いた。
 真っ黒なマスクに、真っ黒なアーミーコート。足下は黒いブーツで固めている。いかつく見えそうでも様になっているのは、真っ黒なコート越しでも、明らかに整った顔をしているからだろう。

「すみません、自分も見てましたけど、彼女たしかに並んでました。割り込みはよくないです。後ろに並んでください」
「なに、この子小さいでしょ? 自分にかまっている暇があったら、親御さん探しに行けばいいでしょう?」
「だから、違……」

 たしかに私は童顔です。小中生に間違えられるのはしょっちゅうです。でもわざわざ見ず知らずの人にずっと突かれないといけないことなの? 私はだんだん腹が立ってきたのと悔しいのとで目尻に涙を浮かべてきた中、後ろに並んでいた男性が口を開いた。

「彼女どこからどう見ても高校生でしょ。失礼過ぎます。人をけなしている暇があったら、社会常識身につけたほうがいいんじゃないですか?」
「……っ、このロリコンが!?」

 男の人はひどい言葉を男性に投げつけて、プリプリしながら立ち去ってしまった。私はその背中を見送りながら、ポロポロと泣いていた。
 それに背後の男性は心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……でも、よく私が高校生だとわかりましたね? 私、しょっちゅう年齢間違えられますんで」
「いえ……ポップアップストア楽しみですね? どのキャラ推しなんですか?」
「ああ、私は……」

 話をはぐらかされてしまったとは言えども、失礼な人を追い払ってくれたし、年もそこまで離れてなさそうだったから、多分同い年なんだろうと話をすることにした。
 彼とはどう推しは被っておらず、「もしも推しが出たら交換しよう」と言い合いながら、この間のイベントシナリオについて話をしていた。

「この前のイベント本当によかったですよね。あのペアの絆が」
「わかります。ヒーローって孤独ですけど、それだけだったら成り立ちませんもんね。ひとりで戦ってる訳じゃないってわかるだけでもいいもんですよね」
「ですよね!? だからあのペア好きなんですよ。互いの世界を広げ合う中と言いますか」
「いい表現ですね、それは」

 無茶苦茶楽しい。
 どうしても友達と話をするときは中途半端にしか広げられない。互いの地雷を知っていると、シナリオの感想戦とかもしにくいんだ。
 SNSでしか、シナリオの感想言い合うことなかったもんなあ。楽しい。
 私は自然とニコニコしていたら、もうちょっとで私たちの順番が来そうになった。

「もしかして、SNSとかやってますか? よかったら交換とか」
「ああ、いいですよ!」

 ここで私のBLトーク用のSNSを出そうとして、思わず止まる。
 男性は「どうしましたか?」と聞くので、私はおずおずと声を上げた。

「すみません……私、BLが好きで、SNSも基本的にBL語りばっかりで……BL大丈夫ですか? 男性苦手な人が多いですし……」
「あー……自分も、結構地雷が多くって……」
「そうですかあ」

 残念。せっかくBLトークはできずとも、オタクトークができる友達ができそうだったのに。スマホをリュックにしまい直そうとしたとき、男性がボソボソと言った。

「自分、どちらかというと、夢男子なんで」
「あれ?」

 そんな人、無茶苦茶前にブロックしたぞ。
 彼は気まずそうに言う。

「いや、橘さんがBL好きと今初めて知って……」
「あれ?」

 ダラダラダラダラと冷や汗を掻く。まさか、この人私の知人か? しかも周りには黙っていたBL好きを知られてしまった?
 どうする? 殺すか? いや殺したら駄目。
 ひとりで固まっている中、男性は気まずそうにマスクを外し、私は絶句した。
 それはどう見ても葉加瀬くんだった。優等生然としている人が、まさか私服ではこんなミリタリーファッションの人とは思ってなかったし、ポップアップストアで並んでる人とは思わなかったし、夢男子だともまた、思ってもいなかった。

「…………へ?」

 私は間抜けな声しか上げられなかったのである。
 私と葉加瀬くんはポップアップストアにほぼ同時に入り、それぞれ缶バッチやキーホルダーを買う。クローズドなせいで、買ってからじゃないと中身がわからない。
 私は会計を済ませると、祈るような気持ちで封を開けた。

「ああああああああああ…………ああ」

 思わず悲鳴を上げてしまう。私の推しではなかったのだ……これ葉加瀬くんのじゃん。でもなあ。私からしてみれば、いきなり腐女子だとバレてしまったことで気まずく、さっきまで仲良くしゃべっていたはずなのに、もう帰りたくなっていた。
 でもなあ……約束をこちらの都合で反故にする訳にもいかず、私は待っていたら、葉加瀬くんも会計を済ませて、こちらで緊張の面持ちで封を切りはじめた。

「……くうっ」
「ああ……! 私の推し!」
「……橘さん当てたんだ。俺の推し」
「……交換しよっか」
「でもここでこれ以上居座ってても邪魔だから、先どっかコーヒーショップかファーストフード店か行こっか」
「ああ、うん……」

 私たちは気まずい思いをしながらも、ふたり連れだって出かけていった。
 顔を隠していると、ただの痛バッグ背負っているオタクなのに、よくよく見たら顔が整っているんだからなあ。でも女性向けソシャゲに混ざって、叫ぶほど悔しがっていたのがなあ。
 そうこうしている間に、大盛りが売りのコーヒーショップに到着した。大盛りなだけでなく、純粋においしいから、そこでコーヒーとハンバーガーを注文して、それぞれのキーホルダーを出しながら、私はテーブルにゴンッと額を擦り付けていた。
 それを葉加瀬くんは困惑した顔で見下ろしている。

「ええっと……橘さん?」
「お願い! 私が腐女子なこと、皆に言わないで?」
「別に言わないけど……でもなんで? 君の友達、皆腐女子じゃ」
「私、周りに勝手に可愛いふんわり系女子を求められて、BLトークなんてSNSでしかしたことないよ。友達も混ぜてくれないんだ」
「そっかあ……そりゃ大変だな。まあ……俺も言わないでくれたら。今日ここで会ったこととか、その……」
「別に言わないけど。でもこのゲーム、八割方ユーザーは女性だってアンケート結果出てたから、そこに葉加瀬くんがいたことに驚いたんだけど。かなり好きだよね?」
「うん……格好いいし」

 うっすらと頬を赤らめさせている。あれかな。私はおずおずと聞いてみた。

「これってどういう意味? 腐男子って奴? それとも夢男子って奴?」
「俺、この手のゲームに全然BL求めてないから……こう、壁のように推しを見守りたいというか。困ってそうなら手助けしたいというか……」

 腐発想と夢発想の違いって、あれだ。腐った思考だと、原作にない要素にはひたすら厳しい割に、目が合った、たまたま同じシーンに立ち会ったというだけで接点を見出し、勝手に物語をおっぱじめる思考なのに対して。
 夢思考は第三者をその場に入れようとする。原作キャラと恋愛する妄想をするのが一般的だけれど、友達になったり、家族になったりする夢も存在する。中にはネット小説のチート小説と遜色ないような最強夢主人公を投下するとんでもないものまで存在している。

「もしかして葉加瀬くん、夢男子?」
「……っ、まあ、それ……」
「ふうん、そうなんだ」
「橘は……なにも言わないんだな?」
「ええ、別に言わないよ。夢男子とはねえ、SNSでちょーっと揉めちゃったことあるけど、でも趣味趣向をとやかく言ったりはしないよ」
「……これ言うと、だいたい勝手に周りから気を遣われるから、嫌なんだよなあ」
「ええ?」

 私が小首を傾げると、葉加瀬くんはげんなりした顔で言う。

「俺がゲイじゃないかって、ものすごく気を遣われるんだよ。おかしくないか? 男のキャラを推して、そのキャラと友達だったり家族だったり知り合いだったりする妄想をしていると、全部一律でゲイ扱いされるんだよ。男のアイドルを推してたらゲイか? 日曜朝のヒーローだってほぼ男だし、それを応援して歓声を上げたらゲイか? なんかそんなんばっかり言われてしんどいんだよな」

 それに私は唖然としてしまった。
 夢趣向は基本的に楽だろうと思っていたからだ。だって夢は基本的に男女カプの趣向であり、BL妄想みたいに男同士でなんたらかんたらよりは、世間一般に浸透しているんだろうなあ程度に思っていたからだ。
 まさか「別に自分はゲイじゃないけど夢趣向だし、BL好きじゃないのに勝手にそう取られて困る」みたいな趣向同士のぶつかり合いに立ち会うとは思ってもみなかったのだ。

「私、夢趣向の人たちは皆楽しそうだなあと思ってたから、なんか葉加瀬くんしんどそうだったんだなあと思ったけど」
「BL妄想してる女子は皆楽しそうだと思ってたよ、俺は。まさか、橘さんがそれを公表してなかったし、勝手に周りに健全求められてしんどがってるとは思わなかったけどな」
「そりゃねえ」

 そうこう言っている間に、私たちの頼んだハンバーガーとコーヒーのセットが届いた。
 ハンバーガーはパンがふかふかだし、中のパテもジューシーでおいしい。コーヒーとの相性もばっちりだ。私はそれをもふもふと食べてから、口を開いた。

「人ってさあ。人に勝手に幻想を押しつけるから。その幻想を破られたら勝手に怒るんだよ。そんなこと言われても、私は私なのに。わざわざ怒られるくらいなら言いたくないよ」
「なるほどなあ」

 葉加瀬くんはそう言いながら、存外に大きな口でガブガブとハンバーガーを食べた。私はまだ半分残っているのに、葉加瀬くんはすごい勢いで消えていくのを、私は思わず凝視してしまっていた。
 思えば。クラスの優等生の葉加瀬くんっていうイメージだって、私たちの押しつけだ。彼は自分の趣味趣向が原因で苦労しているのに。
 私だって自分のBL趣向をとやかく言われたくないから、ひとりで黙って続けてるんだし。私は「ねえ」と言ってみる。

「私は葉加瀬くんの趣味をとやかく言わないからさ。こんな風にマンパワーが必要なときに呼んでよ」
「え……いいのか?」
「うん。いいよ」
「ありがとう……!」

 途端に葉加瀬くんは手をおしぼりで拭いたかと思ったら、こちらの手をぶんぶんと振り回してきた。
 真面目なのか律儀なのか。腐女子と夢男子と違いがあれども、語れる相手ができて興奮してるのか。私は目を白黒とさせながら、頷いた。
 私だってSNSで炎上させるよりも、こうやってしゃべって発散させたいときだってあるもん。互いに互いを利用できる関係になれるよう努めよう。そう心に誓ったんだ。
「そう! この間のイベストよかったよねえ。あのキャラのさ、意外な過去が明かされてさあ」
「うん、今までのシナリオで示唆はあったけれど、あんなに丁寧に、しかもイベストで全部終わらせるとは思ってなかったな」
「だよねえ! あぁんもう、ほんっとうに好き!」

 私と葉加瀬くんは、ソシャゲの話をするべく、たびたび大声でしゃべっても大丈夫なように屋上前の階段で落ち合ってしゃべるようになった。
 意外なことに、その場所を教えてくれたのは葉加瀬くんだ。
「なんで?」と聞いたら、彼は気まずそうな顔で教えてくれた。

「……ソシャゲのイベントを走るとき、ここが一番フリーWi-Fiの電波が届くから……」
「よく気付いたね!?」
「電波求めて校内彷徨ってた。自分のスマホのギガ全部使い切る訳にもいかないから」
「なるほど、そりゃそうだ」

 私も葉加瀬くんもBL語りや夢語りにならない限りは衝突せず、気楽に話をすることができた。ただ、私のBL妄想は葉加瀬くんからしてみれば予想が付かないらしく、逆に私も葉加瀬くんから教えてもらわなかったら夢妄想は全然想像つかないところから来るから驚きだ。

「ええ……男キャラふたりが出てきたら、付き合ってるとかって思わないの? 距離感近いのに?」
「いや、それくらい普通じゃないのか。女子だって必要以上にベタベタしてるじゃん」
「あれは普通に仲いいからだよ。友達同士の距離感」
「それが男同士になったらどうしてすぐBLになるんだよ」
「だって。男同士で格好付けてると、すぐかけ算が見えるんだよ」
「マジか。あれは虚勢張ってるからなんだけど、それがかけ算に見えるのか。男同士のほうがそりゃ虚勢張り合うだろ」
「そういうもんなの?」
「女子だって、彼氏とデートに行くよりも、友達と遊びに行くときのほうが服に気合い入れないか?」
「たしかにそれはあるかもしれない」

 話せば話すほど、知らない話がたくさん出てきて、脳みそにたくさん皺が刻まれていくのがわかる。
 一方、葉加瀬くんの夢妄想もなかなか私だと理解できないものが出てくる。

「……あそこまで可哀想がられるんだったら、もうちょっと運営も優しい子出してやればいいのに」
「駄目でしょ!? これヒーローものだよ!? 女性向けで女の子出したら炎上するじゃん!」
「いや、そういうんじゃなくって。ちょっとゲストでいいから、『ありがとう』のひと言でももらわないと、ヒーローだってやってられないだろ。頑張って立ってるからって、ずっと頑張って立ってられる訳じゃないんだしさ」
「そりゃそうだけど。それなら相手は既にいるじゃない!」
「だからそこですぐ男同士で矢印するなよ。ノンケだろうが」
「ノンケだなんて公式見解出てませんーっ」
「そもそも無茶苦茶ノンケで男が嫌って言ってるキャラまでかけ算するなよ。さすがに可哀想だろ」

 ギャーギャー言っていると、昼休みもあっという間だ。
 私たちふたりがそのまんま教室に帰ってくると、真知子ちゃんも夏姫ちゃんも怪訝な顔で「お帰り」と言ってくれた。

「最近葉加瀬くんと仲いいね?」
「そう? ただ買い物に行ってちょっと助けてもらっただけだよ」
「なになに? 成ちゃんに遂に恋バナ?」
「そんなんじゃないったら」
「まあそうだね。もし成ちゃんと葉加瀬くんがくっついたら、あまりにも二次元過ぎるもんね」
「妖精と二次元王子だからねえ。うん」

 その言葉に、私は少しばかりげんなりする。
 妖精っぽいって言われ続けているけれど、要は幼いってことだし。葉加瀬くんの場合は優等生が過ぎて、ソシャゲ好きなことも夢男子なことも周りに言えない。
 差別してはいけません。皆それぞれ違うんです。
 倫理教育で何度も何度も叩き込まれているものの。でもさあ、その差別ってどこからが差別? 私は妖精ではないし、腐女子だし。葉加瀬くんはノンケだし、でも夢男子だし。
 好きなこと、自分の趣味趣向を口に出せないっていうのは、結構しんどいんだ。
 私と葉加瀬くんがふたりでソシャゲの話をするようになってから、しばらく経った。
 今日も葉加瀬くんとソシャゲのイベントの話をしに行こうと、屋上行きの階段の前に行こうとしたら、誰かが先に来ていることに気付いた。
 見てみると、それはよそのクラスの子らしかった。可愛い上にスタイルもいい。それに私は茫然としている。

「あのね、葉加瀬くん。好き……!」

 告白って本当にあるんだ。私は階段の下に隠れて、見つからないように様子を窺っている。その子に葉加瀬くんは素っ気なく答える。

「ごめん。僕は君のことを知らない」
「……葉加瀬くん。ロリコンだったって話本当だったんだ」
「え?」

 はい? 私は嫌な予感がして、その子の話の続きを聞いていた。
 その子は続ける。

「最近噂になってたから。小さくって可愛い女の子とよく一緒にいるって。いわゆるロリコン受けするような子だって」

 ……これだから。私はギリッと歯を噛み締めた。世の中、ルッキズムはよくないって風潮あるけど、隠れて言ってればいいっていうのは未だに残っている。
 人の身長が伸びなくって、スタイルだって全然よくないのを、影でロリコン受けとか言うんだ。本当に嫌。
 私がずっとギリギリと歯を食いしばっている中、葉加瀬くんは溜息をついた。

「橘さんは同級生だし、それは失礼だよ」
「私、その子のこと知らないもの」
「彼女は普通の子だよ」

 それに私は驚いて隠れた先からその話を聞いていた。

「たしかに身長は低いかもしれない。でも普通に決めつけられるのに嫌気が差しているし、普通に押しつけがましいこと言われるのに傷付いている、普通の子。それをロリコン受けとか失礼なこと言うのはよくないよ」
「……だって、葉加瀬くんその子とずっとにいるってことは、その子のこと」
「それが決めつけって言うんじゃないの? 僕はそういう考え、好きじゃない」

 彼女は少し怒った様子で、葉加瀬くんに手を挙げようとしたのに、たまりかねて私は飛び出した。

「やめて! 葉加瀬くん殴らないで!」
「……あなた……さっきの話」
「別に言わないけど! 私のことはいくら悪く言ってもいいけど、葉加瀬くんのこと勝手に思い込みで話つくるのだけはやめて!」
「……ロリコン受けにロリコン……お似合いじゃない」

 彼女はそう吐き捨てて行ってしまった。その様子に私は吐き気を催した。
 なんなの。自分が好きになってもらえなかったからって、好きになってくれなかった人のことをそこまで悪く言うものなのか。ちゃんと断ったじゃないか。ちゃんと知らないって言ったじゃないか。思い通りにならなかったらなにを言ってもいいのか。
 だから葉加瀬くん、自分の趣味をカミングアウトできないんじゃないか。
 だんだん腹が立ってきて、目尻に涙が溜まってきたのに、葉加瀬くんはギョッとして慌ててハンカチを差し出した。

「ごめん橘さん。怖かった?」
「……そうじゃなくって。そうじゃなくって。好きだったものを、あそこまで貶めることができるんだと思ったら、なんだかやり切れなくなったの……葉加瀬くんも勝手に決めつけられるのが嫌で、趣味を私にしか言えないのに」
「僕の趣味のことでそこまで泣かなくっても」
「そりゃ泣くよ。私は見た目のせいで、全然BLトークの仲間に入れてもらえないもん。葉加瀬くんだって自分の趣味を言えないのは悲しいよねと思って……私が勝手にやり切れなくって泣いてるだけだから、怖くて泣いてる訳じゃないよ。だから気にしないで」
「そっか」

 葉加瀬くんは何故かほっとしたような顔をして、私にハンカチを押しつけると、少し階段に座っていた。

「夢小説のシチュエーションみたいだなと思った」
「……多分相手のことを思って、勝手に怒って泣くシチュエーションは、夢よりもBLのほうが本分だと思います」
「そうなの?」
「男の子が泣くのって、激情に駆られてだと思うから。そのほうが燃えるし、萌える」
「それは多分夢小説も似たようなものだけど、夢ヒロインが相手のことを思って泣いてたら、普通に燃えるし、萌える」
「アハハハハ……似たような共通項もあるよね、たまには」

 さっきの子の無神経さにはやっぱり腹が立つけれど、葉加瀬くんの嫌いなもの、弱いものは少しわかったような気がした。そこだけはよかった。
 それに。葉加瀬くんは私の見た目や身長のことを気にせず、私を普通の子として尊重してくれた。それが本当に嬉しかったんだ。
 いつだって人形扱いされていたから、そんな風に言ってくれる人なんて、今までいなかったもんなあ。腐った話ばっかりしてても、解釈違いで揉めても、私の趣味を見た目だけで勝手に気持ち悪がられることなんてなかったもんな。
 そこが私には嬉しかったんだけれど。
 私たちは、人の悪意について、ちょっとだけ無頓着だったように思う。

****

 家に帰ってから、宿題を片付けてからソシャゲしようとスマホを取り出したら、通話アプリになにかメッセージが入っていることに気付いた。
 夏姫ちゃんからだった。

【成ちゃん大丈夫?】

 意味がわからず、私は【なにが?】と尋ねたら、すぐに返事が来た。

【今、クラスのグループ見ないほうがいいよ。ちょっと荒れてる】
【ええ? なにかあったの?】
【今日、隣のクラスの三輪さんが葉加瀬くんに告白したんだって? 葉加瀬くんにフラれたからって、彼女逆上してアプリで葉加瀬くんの悪口書き殴ったら、葉加瀬くんのファンの子たちが同調しちゃって】

 なんだか嫌な予感がした。
 グループを覗かない方がいいと教えてくれた夏姫ちゃんには悪いけど、見たほうがいいんだろうか。でもなあ。
 夏姫ちゃんは続きのメッセージを送ってくる。

【今、成ちゃんへのバッシングみたいなこといっぱい書いてて怖いんだよ】
【真知子ちゃんが怒って、このアプリの内容全部スクリーンショット撮って担任に送ってるけど、さすがに担任もそれをどうこうはしないと思うし】
【あの子、そこまでやるんだ】

 私はイラッとした気分になった。
 自分がフラれたことを責任転嫁して、私のことを好き勝手悪く言うのは別にいい。でもそれに葉加瀬くんを巻き込むな。
 私はメッセージを送る。

【三輪さんのアプリのIDってわかる?】
【ちょっと……成ちゃんなにやる気?】
【私のこと見た目で判断して悪く言われるのは慣れてるからもういい。でも、フラれたからって逆ギレして同情を買おうとするのは全然いただけない。ちょっと殴る】
【殴るって、それはいくらなんで駄目だよ成ちゃん!?】
【あの子、自分のみみっちさをちょっとは知ったほうがいいよ。それに殴るのは物理でなんか殴らない。言葉で殴る】
【成ちゃん!? なんでそんな喧嘩っ早いの!?】

 今にも夏姫ちゃんの悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、それは一旦無視することにした。
 こっちだって、SNSでさんざん喧嘩してきたし、失敗だってしてきた。炎上だって乗り越えてきた。たしかに私は見た目は小さくって人形みたいかもしれないけれど、言葉での喧嘩だったら負ける気がしない。
 あの女、絶対に泣かす。私は怒りで燃えていた。
 夏姫ちゃんは何度も何度も【三輪さん気が立ってるから、余計に炎上させられちゃうかもよ?】【危ないことはしないで】と引き止めてくれたけれど、今の私は止められなかった。
 私のことはまだいい。私のことだけだったら、別にここまで怒らなかったけれど。
 葉加瀬くんのことは違うんじゃないか。そう思ったからこそ、私はIDを確認したあと、アプリの通話ツールを使って連絡を取った。
 当然ながら、いきなりの電話に、最初は三輪さんも驚いたのか電話をかけてこなかったけれど、私もアプリにメッセージを放り込んでおいた。

【電話取らないなら、三輪さんが葉加瀬くんにフラれたこと皆に言いふらす】

 可愛い上にスタイルのいい三輪さんからしてみれば、自分が葉加瀬くんにフラれたことも、葉加瀬くんが気にしているのがロリコン体型なのもプライドが許さないだろうから絶対に出るだろうと思ったけれど、やっぱり電話に出てくれた。

『なに、人のID取ってきた挙げ句に電話かけてきて』
「SNSにバラまいたあれ、三輪さんから取り消してもらおうと思って」
『はあ? なんでよ』
「全然フェアじゃないからだよ。私は葉加瀬くんのことなんとも思ってないし、葉加瀬くんは葉加瀬くんでくたびれてた。私は話を聞いてただけ。それでロリコン呼ばわりされたら、葉加瀬くんだって浮かばれないでしょ。死んでないのに」
『はあ? なんで私がフラれた挙げ句に言うこと聞かないといけない訳?』
「自分の言うとおりに動かない男にはなにをしてもかまわないってその態度。だから葉加瀬くんにフラれたんじゃないの? 私がロリコン体型だって言うなら勝手に言えばいいよ。実際に私、この体型のせいで下ネタの話誰も混ぜてくれないし、私もする相手ほとんどいないもん」
『なに言ってんの?』

 私のいきなりぶっ込んできた言葉に、若干三輪さんは引いたような声を上げた。
 なんだこの子。スタイルよくって他にも彼氏いたんだろうと思っていたのに、見た目だけか。いや、スタイルよくて可愛かったら彼氏できるだろうと、高校デビューでイメチェンしたから、モテる女子のやり方がわからないタイプか。ネットとSNSが頼りで、実体験全然ない奴。
 私はそこまで当たりを付けると、一気に捲し立てた。

「格好いい男の子同士がいると、それだけで潤うし、くっついているのも膝に乗せているのも滾るけど、そういう話をしたくっても、友達は『穢れる』と言って乗ってくれないんだよ。私だって腐った妄想くらいするわ。でもしてくれないんだよ。わかる? アイドルの男子同士が仲いいと気持ちいいじゃん。そこから思考飛んだりするじゃん。それが全然できないんだよ。ストレス」
『だから、本当なに言ってるの』

 電話で延々腐った妄想語っても、それはセクハラで訴えられてもしゃあない気がすると打ち切り「だから」と言う。

「私が妄想してても、それをツッコミながらも聞いてくれる相手は貴重なんだよ。葉加瀬くんは葉加瀬くんで、いろいろ妄想抱えていても、それを聞いてくれる相手いないから、私が聞いているだけ」
『待って。葉加瀬もあんたみたいなキモいこと考えてるの?』
「さすがに葉加瀬くんの妄想は私ほど高度じゃないよ」

 さすがに、格好いい男の子たちにキャアキャア言っている夢妄想は、すっかり脅えきっている三輪さんにするものじゃないと、私はそこまでは口にしなかった。ただただ、三輪さんはドン引いている。
 私は電話を切る前に言った。

「人を見た目で判断して、見た目と違ったからって、勝手にさらしたり文句言ったりするもんじゃないよ。私だって苦労してるし、葉加瀬くんだって苦労している。だから気があって互いの話を聞いてる。それだけ。だから三輪さんもせっかく可愛いのに、それを台無しにするような暴れ方するのやめたほうがいいよ。もったいない」
『……橘はキモいし、葉加瀬は腹立つけど……』
「うん」
『見た目で苦労してるってのは、ちょっとわかった。うん。ごめん……今の話、マジでよそにしないほうがいいよ。マジでキモ過ぎて無理だから』

 それだけ言って電話を切った。
 三輪さんは三輪さんで、ギャルみたいな見た目で苦労していたらしい。多分だけれど、二次元の男にしか興味のない葉加瀬くんは、全く裏のない言動をしていたから、それが三輪さんからしてみれば紳士に見えていたのに、惚れた……と思い込んでいた……のが小中生にしか見えない私だから、腹立ったってところだろう。
 人間、見ただけじゃわからない苦労があるよね。私はそう振り返りながら、ベッドに大の字になって転がった。
 SNSを見たら、たしかに三輪さんは全部消してくれていた。
 これであとは……葉加瀬くんが傷付いてないなと思った。
 アプリを見ながら、彼にどうメッセージを送ろうと考え込む。

【元気出して、私がロリなのは仕方ないし】……それ言ったら葉加瀬くん生真面目に怒りそうだなあ。
【夢男子が腐女子と仲良くしてるからって、それでいちいち恋愛扱いされても困るでしょ?】……それはさすがに全く関係ないこと言われて傷付いているだろうに、葉加瀬くんに言うべきことじゃないと思う。

 なにを言おうと考え込んでいたら、いきなり通話が入った。
 今ちょうど考えていた葉加瀬くんだった。私はスマホを取る。

「はい」
『橘さん、大丈夫か?』
「うん? 私は全然元気だけど?」
『いや……ちゃんと僕が言わなかったばかりに、橘さんがロリ呼ばわりで……』
「あー。私は言われ慣れているから、もうそれについてはなんとも思わない……訳ではないけど、いちいち怒ってはいないよ。大丈夫。それよりいきなりロリコン扱いされてて、大丈夫だった葉加瀬くんは?」
『そこは多分、もっと怒ってもいいと思うけど、橘さんは』
「怒り続けるのって、燃費が悪いんだよ。なんでもかんでもタイパコスパと言う気はないけどさ、怒り続けても胃が痛くなるし、ずっとムカつきが止まらなくなるから、だんだん怒らなくなってくるんだよねえ。凪の境地に行けたら理想的だけど、さすがにそこまでは」
『だから……橘さんはどうしてそうすぐに自分を卑下するんだよ……』
「さすがにさあ。私ももう身長は伸びないと思うし……体型はもう横に太らない限りは変わらないと思うし。でも横に太ってもあんまりよろしくないと思うよ。小柄で太いって、もう着られる服ないから。だから体型のことでいちいち怒ってられないし、私はもっと低燃費に生きたい」

 私のしょうもない言葉に、葉加瀬くんは黙り込んでしまった。さすがに呆れられちゃったか。そりゃなあ。
 見た目だけならお人形扱いされてきたのに、口を開いたらしょうもないことばっかりくっちゃべるから、呆れられても仕方ない。葉加瀬くんも私のBL妄想までは付き合ってくれたけれど、私の思考パターンの投げやりっぷりにいい加減呆れられてしゃべりたくなくなってもしゃあないか。
 そう気持ちをまとめようとしたところで。

『……僕は』
「うん?」
『いろんなことを飲み込んで、前向きにしようとしている、その点は橘さんのいいところだと思うけど、自分をすぐ卑下するところだけはいただけない。僕の好きな人を、それ以上侮辱するのはやめろよ』
「……うん……?」

 一瞬なにを言っているのかがわからなかった。
 やがて、家のピンポンが鳴る。親が「はあい」と出ていくと「失礼します、忘れ物届けに来ましたけど、成実さんいらっしゃいますか?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 私は驚いて廊下に飛び出てみると、制服の上にコートを着た葉加瀬くんが、紙袋を持って立っていた。

「葉加瀬くん……! なんで!?」
「……予備校帰り。帰りにコーヒー屋でご飯食べてるときにグループラインが荒れてるのを見て、びっくりしてそのまんま君の友達に君の家の住所聞いて、アプリで住所確認しながら来たんだよ。外出られる?」
「う、うん……」

 私は慌てて上着を取ってくると、急いで家を出る。少しだけ歩いた先にある、砂場とベンチしかない小さな公園に座ると、葉加瀬くんから黙って紙袋を受け取った。

「これなに?」
「たまたまゲームセンターに行ったら、君の推しが当たったからもらってきた」
「ああ……アクリルパネル! すごい! でも……」

 たしか期間限定にUFOキャッチャーの景品になるとは聞いていたけれど、それは葉加瀬くんの推しはいなかったはずなのに。私は紙袋を受け取り「ありがとう……」とお礼を言うと、葉加瀬くんはポツンポツンと語った。

「僕は最初、腐女子が嫌いだったよ」
「いきなり失礼だなあ!?」
「本人がノンケだ女が好きだって言っているキャラをすぐBLにするののなにがどう好きになれるんだよ!?」
「わっかんねえだろ、公式で付き合ってる子が出ない限りは!?」
「だってすぐ別れさせるだろ!? ああいうの本気で好きじゃない! ……でも、橘さんは根性あるから」
「根性あったら腐女子でもいいんか」
「いや、橘さんのBL語りは本気で僕、理解できないんだけど」
「やんのかコラァ」
「だからすぐ混ぜっ返すなよ。可愛くていい子じゃないと駄目って扱いに、くたびれているのに自分の趣味をひとりで貫こうとするところは、ガッツがあっていいと思う。僕もまあ……自分の趣味は公表できないし」
「イケメン好きだもんね、葉加瀬くん」
「ほんっとうに、僕はただ、格好いい男キャラが好きなだけで、それイコールすぐ恋愛じゃないからな!? ……だから、橘さんの根性あるところは好きだから、あんまり自分のことすぐけなすのやめてほしいってだけ。君のこと悪く言うなよ。僕は君のこと気に入ってるんだから」

 今まで、BL小説はそれなりに読んできたと思う。
 BLの大概は、相手の駄目なところも引っくるめて好きというものだったと思うけれど、ここまで「君のこういうところは好きじゃない」と線引きされた上で、「でも君が好き」みたいな告白をされることになるなんて、考えたこともなかった。

「なんというか葉加瀬くん」
「……なに?」
「すっごく面倒臭いね?」
「はっ?」

 葉加瀬くんの顔が強張る。この人、自分の面倒臭い性格、全く考えてなかったんだなあと思うと、少しだけ微笑ましい。
 私はなんとか自分の気持ちを咀嚼する。

「いや、違うか。理詰めか。私、もっとゆるふわに物事考えていたから、ここまでコンコンと詰めて考えて説教された上で告白されるなんて思いもよらなかったからさあ。ときめきが全然足りない。もうちょっとシンプルに言って。やり直し」
「やり直しって……僕は」
「うん」
「……君のこと好きだよ。君は僕のこと、夢男子の変な奴認定かもしれないけど」
「いや、そんなことないよ。恋愛かどうかは、ちょっと審議させてほしいけど」

 私はパタパタと手を振る。

「そもそもね、安全地帯の家から出て、葉加瀬くんとふたりで真冬の公園でお話しって。それ、気がないとしないと思うよ? 寒いもん。私今、カイロとかも持ってきてないもん。それで話を聞きに行くって。なんの感情もなかったらできないよ?」

 一生懸命自分の気持ちを伝える。
 恋かどうかは、やっぱりわからない。ちょっとひと晩くらいは考えさせてほしいけど。少なくとも。
 私は葉加瀬くんと一緒に、屋上前の階段で、ふたりで駄弁っている時間を愛しいと思っていることだけはたしかだ。
 次の日。私は息を吸って、吐いて。教室に入った。
 一瞬私のほうに視線がぱっと集中する。アプリのグループラインでさんざんネタにされ、からかわれ、炎上しまくったご本人様登場で、変な笑いを浮かべる男子やら、微妙な顔をする女子やら、混沌とした様子で溢れている。
 うわあ、嫌だなあ。その様子にげんなりとする。その有様はいつものこと過ぎるけれど、久々に思えるのは、最近はずっと葉加瀬くんと一緒にいたからだ。葉加瀬くんといるときだけは、私は誰からもお人形扱いされていなかった。きっと皆、葉加瀬くんのほうに視線が集中してしまっていたから、私を見ている暇がなかったせいだろう。
 その嫌な空気を裂くように、真知子ちゃんと夏姫ちゃんが「成ちゃん!」と声をかけてきて走り寄られてしまった。ふたりには心配かけ過ぎたなと反省する。

「大丈夫。もう終わったから」
「そっか……大変だったよね」

 真知子ちゃんにギューギューと抱き着かれると、なんとなく気まずい思いがする。私は相変わらず人形みたいな見た目だし、ふたりからしてみれば人形じみた女子がやっかみを受けたようにしか見えないからだ。
 本当のことを言うのが必ずしも友情とは思わないけれど、ふたりには心配かけたしなあ。私は口を開いた。

「葉加瀬くんにはね、話聞いてもらってたんだよ」
「ええ……?」
「私、全然誰ともBLトークさせてもらえなかったから、それを聞いてくれてただけなんだよ。そんなんいちいちよそですんなってさんざん怒られたけどね」
「うん?」

 真知子ちゃんは驚いたように私を見てきた。それが悲しい。
 これで真知子ちゃんや夏姫ちゃんにまで避けられたら、さすがに堪えるかもなあ。そう遠い目になっていたら、夏姫ちゃんがおずおずと尋ねてきた。

「もしかして、成ちゃん私たちの話に混ざりたかったの?」
「うん。せっかくの推しカプの話なのに、混ぜてもらえなかったから」
「ご、ごめん!」

 慌てて真知子ちゃんに抱き着かれ直された。ついでに夏姫ちゃんにまでギューギューと抱き締められる。

「ごめん、成ちゃんは嫌がるかとばかり……可愛いし、私たちのトークで穢すもんでもないと思ってた……」
「別にふたりとも悪気なかったのはわかってるから知ってるよぉ。ただ私だってオタクだし腐女子ですぅ。BLトークだってしたいですぅ。あと夏姫ちゃんの小説読みたい」
「読ませるよぉ。成ちゃんが読みたいんだったら二次でも創作でもいくらでも読ませるよぉ」

 三人でギューギューしていたら、教室に入ってきた葉加瀬くんと目が合った。葉加瀬くんは周りに「おはよう」と言いながら通り過ぎていき、私が持たれていた机のほうに近付く。

「そこ、僕の席」
「ご、ごめんね!」

 そしてひと晩考えたけれど。未だに葉加瀬くんへの告白の返事が思いつかないでいた。
 私は困ったまま葉加瀬くんの顔を眺めていたら、葉加瀬くんは私が抱き着かれているのを見て、小さく頷いた。

「なんとか治まってよかったな」
「う、うん。葉加瀬くん。ありがとうね」

 そして真知子ちゃんと夏姫ちゃんは顔を見合わせた。

「成ちゃん。そういえば葉加瀬くんとなんかあったんだよね? 話してくる?」
「昼食! 昼休みにするよ! それは」
「大丈夫? 本当に私たち邪魔してない?」
「してないよぉ」

 そう。昼休みまでに、なんとか回答を考えないと。
 先延ばしにするのは、いくらなんでも失礼過ぎるから。私はそう思いながら、きゅっと自分の手に力を込めて、気合いを入れた。

****

 昼休み、私は急いでコンビニで買ったパンとペットボトルのお茶で昼食を済ませると、慌てていつも落ち合っている屋上前の階段へと早歩きで向かった。
 既に葉加瀬くんはそこに来て、スマホを弄っていた。イヤホンをしていて、ちらりと見える画面は音ゲーの譜面だった。私のしてないソシャゲで遊んでいたみたいだ。多分これはアイドルゲームだ。

「それ面白い?」

 私が尋ねると、一曲クリアした葉加瀬くんはスマホの電源を一旦切って、私のほうに顔を上げた。

「結構難しい。このゲーム、つくってる会社の人が苦しめって言いながら譜面書いてるから、いろいろ無茶苦茶なんだ」
「うわあ……音ゲーはゲーセンの奴くらいしか遊んだことないけど、そんな大変なんだ」
「うん。ときどき叩き過ぎて指の感覚なくなるし。それで橘さん。用は?」
「ええっと……うん」

 私は葉加瀬くんの隣に座った。葉加瀬くんは緊張している私と違って、あまりにもいつも通りで拍子抜けする……でもよくよく考えたら、葉加瀬くんは一度告白したことで、ある程度の踏ん切りはついてしまったんだ。対して私は返事をずっと考え続けていたんだから、そりゃメンタルが全然違ってくる。受け身って結構大変だな。
 私はいろいろ考えてから、やっと口を開いた。

「昨日の今日に告白だったしさ。いろいろ考えたけど、やっぱり回答が思いつかなかったんだ」
「そっか。ごめん」
「そこで謝るなよぉ。私が不義理みたいじゃないかぁ……でも義理不義理で返事をするもんでもないしさ。本当にいろいろ考えたよ」
「うん」

 私は頬杖を突いて、足をぶらぶらさせた。棒みたいな足は本当に人形の足みたいで大嫌いだ。

「私、いっつもマスコットとか愛玩人形とかそういう扱いだったから、女の子扱いされたのは、これが初めてだったんだよ。そんな葉加瀬くんがロリコン扱いされたのを見て、私のせいでまた葉加瀬くんがとやかく言われたら嫌かもとも考えた」
「僕、橘さんの見た目で気に入った訳でもないから、そんなこと言われても困るけど」
「そうだよぉ。世の中ルッキズムやめろって言われても結局はそこから逃げられないから面倒なんだよぉ。私だって高校生だぞぉ。私が誰か好きになったら、その相手が皆ロリコン扱いって、それ私に恋愛するな一生そこに座って大人しくしていろみたいで、人形は人形でも呪いの藁人形扱いじゃないかと、何度憤慨したかわかんないよ……話を戻すけどさ、見た目じゃなくって中身でさんざん褒めてくれたの、後にも先にも葉加瀬くんくらいだろうなあと考えたんだよ」
「ええ……」

 それを言うと、葉加瀬くんはなんとも言えない微妙な顔になった。なんでだ。

「……それ、普通に橘さんに対して失礼じゃないか」
「ええ? そこでどうしてそんな反応するの」
「僕はすぐ重箱の隅つっつく嫌な性格しているって自覚あるけどさ、そこで橘さんが『性格悪いから直せ』くらい言うのかなと思ったらさ、なんか妥協しているみたいだから」
「失礼な!? 全然妥協してないよ!? 妥協してるんだったら、ひと晩持ち帰って考えたりしないから!」
「……そっか」
「うん。いろいろ考えたけどさあ。ここで一緒にしゃべってる時間が好きだなあと思ったんだよね」

 私は腐女子だし、なんでもかんでもすぐにBL妄想するから、そのあたりで葉加瀬くんに叱られたりはするけれど。そんな話を聞いてくれるのなんて葉加瀬くんくらいだし。
 葉加瀬くんは葉加瀬くんで、夢男子というなかなか茨の道の趣味のために、同好の人がなかなか見つからず、本当にたまたまSNSで大喧嘩した相手としゃべるくらいしかできなかった人だ。
 互いに趣味の話ひとつ満足にできないのはしんどいよねって、慰め合いながらも、一緒に話をしているのは楽しかった。階段で。ソシャゲしながら。ときどき妄想して。

「……それ、僕じゃなくってもよくないか? ほら、橘さん、友達とはもうBLトークできるんだろ?」
「でも葉加瀬くんの話をまた聞きたいよ。私は葉加瀬くんのおかげで夢妄想についてもちょっとは話がわかるオタクになったけどさ、世の中には夢女子を親の敵のように攻撃する腐女子もいるから、葉加瀬くんの趣味については誰にも言えないもの」
「ん。そっか……とりあえず、今度またコラボカフェ行く?」
「えっ?」

 スマホの電源を入れると、葉加瀬くんは画面を見せてくれた。
 好きなソシャゲのコラボカフェ。近所だとなかなかやらないのに、今回は拡大してうちの地元でも開催してくれると。

「行きたい! 行きます! 行かせてください!」
「うん、わかった。じゃあ行こうか」

 そう言って葉加瀬くんはうっすらと笑った。

 私たちは趣味をひとつ公表するだけで、なんだか変なことになってしまう関係だった。
 好きなことを言えないのは息苦しいし、言っちゃ駄目って空気が気持ち悪かった。その中で、たまたま呼吸しやすい関係をつくることができた。
 それが恋なのかどうかはまだわからないけれど、今はその居心地のいい関係をもう少しだけ一緒に過ごしたい。

<了>

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