私と葉加瀬くんはポップアップストアにほぼ同時に入り、それぞれ缶バッチやキーホルダーを買う。クローズドなせいで、買ってからじゃないと中身がわからない。
 私は会計を済ませると、祈るような気持ちで封を開けた。

「ああああああああああ…………ああ」

 思わず悲鳴を上げてしまう。私の推しではなかったのだ……これ葉加瀬くんのじゃん。でもなあ。私からしてみれば、いきなり腐女子だとバレてしまったことで気まずく、さっきまで仲良くしゃべっていたはずなのに、もう帰りたくなっていた。
 でもなあ……約束をこちらの都合で反故にする訳にもいかず、私は待っていたら、葉加瀬くんも会計を済ませて、こちらで緊張の面持ちで封を切りはじめた。

「……くうっ」
「ああ……! 私の推し!」
「……橘さん当てたんだ。俺の推し」
「……交換しよっか」
「でもここでこれ以上居座ってても邪魔だから、先どっかコーヒーショップかファーストフード店か行こっか」
「ああ、うん……」

 私たちは気まずい思いをしながらも、ふたり連れだって出かけていった。
 顔を隠していると、ただの痛バッグ背負っているオタクなのに、よくよく見たら顔が整っているんだからなあ。でも女性向けソシャゲに混ざって、叫ぶほど悔しがっていたのがなあ。
 そうこうしている間に、大盛りが売りのコーヒーショップに到着した。大盛りなだけでなく、純粋においしいから、そこでコーヒーとハンバーガーを注文して、それぞれのキーホルダーを出しながら、私はテーブルにゴンッと額を擦り付けていた。
 それを葉加瀬くんは困惑した顔で見下ろしている。

「ええっと……橘さん?」
「お願い! 私が腐女子なこと、皆に言わないで?」
「別に言わないけど……でもなんで? 君の友達、皆腐女子じゃ」
「私、周りに勝手に可愛いふんわり系女子を求められて、BLトークなんてSNSでしかしたことないよ。友達も混ぜてくれないんだ」
「そっかあ……そりゃ大変だな。まあ……俺も言わないでくれたら。今日ここで会ったこととか、その……」
「別に言わないけど。でもこのゲーム、八割方ユーザーは女性だってアンケート結果出てたから、そこに葉加瀬くんがいたことに驚いたんだけど。かなり好きだよね?」
「うん……格好いいし」

 うっすらと頬を赤らめさせている。あれかな。私はおずおずと聞いてみた。

「これってどういう意味? 腐男子って奴? それとも夢男子って奴?」
「俺、この手のゲームに全然BL求めてないから……こう、壁のように推しを見守りたいというか。困ってそうなら手助けしたいというか……」

 腐発想と夢発想の違いって、あれだ。腐った思考だと、原作にない要素にはひたすら厳しい割に、目が合った、たまたま同じシーンに立ち会ったというだけで接点を見出し、勝手に物語をおっぱじめる思考なのに対して。
 夢思考は第三者をその場に入れようとする。原作キャラと恋愛する妄想をするのが一般的だけれど、友達になったり、家族になったりする夢も存在する。中にはネット小説のチート小説と遜色ないような最強夢主人公を投下するとんでもないものまで存在している。

「もしかして葉加瀬くん、夢男子?」
「……っ、まあ、それ……」
「ふうん、そうなんだ」
「橘は……なにも言わないんだな?」
「ええ、別に言わないよ。夢男子とはねえ、SNSでちょーっと揉めちゃったことあるけど、でも趣味趣向をとやかく言ったりはしないよ」
「……これ言うと、だいたい勝手に周りから気を遣われるから、嫌なんだよなあ」
「ええ?」

 私が小首を傾げると、葉加瀬くんはげんなりした顔で言う。

「俺がゲイじゃないかって、ものすごく気を遣われるんだよ。おかしくないか? 男のキャラを推して、そのキャラと友達だったり家族だったり知り合いだったりする妄想をしていると、全部一律でゲイ扱いされるんだよ。男のアイドルを推してたらゲイか? 日曜朝のヒーローだってほぼ男だし、それを応援して歓声を上げたらゲイか? なんかそんなんばっかり言われてしんどいんだよな」

 それに私は唖然としてしまった。
 夢趣向は基本的に楽だろうと思っていたからだ。だって夢は基本的に男女カプの趣向であり、BL妄想みたいに男同士でなんたらかんたらよりは、世間一般に浸透しているんだろうなあ程度に思っていたからだ。
 まさか「別に自分はゲイじゃないけど夢趣向だし、BL好きじゃないのに勝手にそう取られて困る」みたいな趣向同士のぶつかり合いに立ち会うとは思ってもみなかったのだ。

「私、夢趣向の人たちは皆楽しそうだなあと思ってたから、なんか葉加瀬くんしんどそうだったんだなあと思ったけど」
「BL妄想してる女子は皆楽しそうだと思ってたよ、俺は。まさか、橘さんがそれを公表してなかったし、勝手に周りに健全求められてしんどがってるとは思わなかったけどな」
「そりゃねえ」

 そうこう言っている間に、私たちの頼んだハンバーガーとコーヒーのセットが届いた。
 ハンバーガーはパンがふかふかだし、中のパテもジューシーでおいしい。コーヒーとの相性もばっちりだ。私はそれをもふもふと食べてから、口を開いた。

「人ってさあ。人に勝手に幻想を押しつけるから。その幻想を破られたら勝手に怒るんだよ。そんなこと言われても、私は私なのに。わざわざ怒られるくらいなら言いたくないよ」
「なるほどなあ」

 葉加瀬くんはそう言いながら、存外に大きな口でガブガブとハンバーガーを食べた。私はまだ半分残っているのに、葉加瀬くんはすごい勢いで消えていくのを、私は思わず凝視してしまっていた。
 思えば。クラスの優等生の葉加瀬くんっていうイメージだって、私たちの押しつけだ。彼は自分の趣味趣向が原因で苦労しているのに。
 私だって自分のBL趣向をとやかく言われたくないから、ひとりで黙って続けてるんだし。私は「ねえ」と言ってみる。

「私は葉加瀬くんの趣味をとやかく言わないからさ。こんな風にマンパワーが必要なときに呼んでよ」
「え……いいのか?」
「うん。いいよ」
「ありがとう……!」

 途端に葉加瀬くんは手をおしぼりで拭いたかと思ったら、こちらの手をぶんぶんと振り回してきた。
 真面目なのか律儀なのか。腐女子と夢男子と違いがあれども、語れる相手ができて興奮してるのか。私は目を白黒とさせながら、頷いた。
 私だってSNSで炎上させるよりも、こうやってしゃべって発散させたいときだってあるもん。互いに互いを利用できる関係になれるよう努めよう。そう心に誓ったんだ。