その日、私はソシャゲのSNSの公式アカウントを凝視していた。

「ポップアップストア……」

 イケメンヒーローのポップアップストアが期間限定でオープンと書いてあるものの、その日は真知子ちゃんはコスプレ関係の買い出しに行くとかを前から言っていたし、夏姫ちゃんはたしか出版社の人に会いに行くと前々から教えてくれていた。
 だとしたら、ひとりで行くのかあ……。
 ひとりで行くと億劫なのは、この手の店でお約束な商品の交換ができないということ。この手の商品はクローズド商品で、買ったキーホルダーとかが必ずしも推しの商品だとは限らない。その点数人で言ったら、推しさえ被っていなかったら交換できるのだ。
 ひとりで一発で推しを当てる自信はないなあ。だからと言って、社会人と違ってたくさん買って推しが出るまで買うってこともできない。
 結局は私は、お気に入りのワンピースを着て、可愛いリュックを背負い、そのリュックに推しの人形をぶら下げて出かけることにした。これでもし推しが外れたら、店先で誰かと交換申し込みをする際に、誰かに交換してもらえるかもしれない。
 出かけてみたら、案の定というべきか、人がたくさん並んでいた。

「わあ……ほんっとうに人が多い」

 そしてなによりも、コンセプトがヒーローもののソシャゲのせいか、女性だけでなく男性もそこそこ混ざっているということ。意外だな、女性向けソシャゲでこれだけ男性混ざってるとは思わなかった。
 思えば、私が前にSNSでブロックした夢男子もこのゲームしてたもんなあ。一定数いるのかもしれない。
 私がキョロキョロしていると、店員さんが「すみません、人数制限行いますので、先に整理券受け取った人から順番にお入りください!」と声を上げる。
 ポップアップストアは期間限定な上に出している場所も限られるから、日本中から人が来るもんねえ、そんなこともあるんだろう。私は並んで整理券を待っている中、私の前に男の人が割り込んできた。
 ええ……私はおずおずと尋ねた。

「あのう……私、並んでたんですけど……」
「あれえ、君小さいでしょ。駄目だよ、これソシャゲのポップアップストアだよ。他の店のなら他並びなさい」
「ええ、違……」

 どうしよう、私が中学生か小学生かと勘違いされて完全に舐められてる。私が困っていると、「すみません」とくぐもった声が頭上から響いた。
 真っ黒なマスクに、真っ黒なアーミーコート。足下は黒いブーツで固めている。いかつく見えそうでも様になっているのは、真っ黒なコート越しでも、明らかに整った顔をしているからだろう。

「すみません、自分も見てましたけど、彼女たしかに並んでました。割り込みはよくないです。後ろに並んでください」
「なに、この子小さいでしょ? 自分にかまっている暇があったら、親御さん探しに行けばいいでしょう?」
「だから、違……」

 たしかに私は童顔です。小中生に間違えられるのはしょっちゅうです。でもわざわざ見ず知らずの人にずっと突かれないといけないことなの? 私はだんだん腹が立ってきたのと悔しいのとで目尻に涙を浮かべてきた中、後ろに並んでいた男性が口を開いた。

「彼女どこからどう見ても高校生でしょ。失礼過ぎます。人をけなしている暇があったら、社会常識身につけたほうがいいんじゃないですか?」
「……っ、このロリコンが!?」

 男の人はひどい言葉を男性に投げつけて、プリプリしながら立ち去ってしまった。私はその背中を見送りながら、ポロポロと泣いていた。
 それに背後の男性は心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……でも、よく私が高校生だとわかりましたね? 私、しょっちゅう年齢間違えられますんで」
「いえ……ポップアップストア楽しみですね? どのキャラ推しなんですか?」
「ああ、私は……」

 話をはぐらかされてしまったとは言えども、失礼な人を追い払ってくれたし、年もそこまで離れてなさそうだったから、多分同い年なんだろうと話をすることにした。
 彼とはどう推しは被っておらず、「もしも推しが出たら交換しよう」と言い合いながら、この間のイベントシナリオについて話をしていた。

「この前のイベント本当によかったですよね。あのペアの絆が」
「わかります。ヒーローって孤独ですけど、それだけだったら成り立ちませんもんね。ひとりで戦ってる訳じゃないってわかるだけでもいいもんですよね」
「ですよね!? だからあのペア好きなんですよ。互いの世界を広げ合う中と言いますか」
「いい表現ですね、それは」

 無茶苦茶楽しい。
 どうしても友達と話をするときは中途半端にしか広げられない。互いの地雷を知っていると、シナリオの感想戦とかもしにくいんだ。
 SNSでしか、シナリオの感想言い合うことなかったもんなあ。楽しい。
 私は自然とニコニコしていたら、もうちょっとで私たちの順番が来そうになった。

「もしかして、SNSとかやってますか? よかったら交換とか」
「ああ、いいですよ!」

 ここで私のBLトーク用のSNSを出そうとして、思わず止まる。
 男性は「どうしましたか?」と聞くので、私はおずおずと声を上げた。

「すみません……私、BLが好きで、SNSも基本的にBL語りばっかりで……BL大丈夫ですか? 男性苦手な人が多いですし……」
「あー……自分も、結構地雷が多くって……」
「そうですかあ」

 残念。せっかくBLトークはできずとも、オタクトークができる友達ができそうだったのに。スマホをリュックにしまい直そうとしたとき、男性がボソボソと言った。

「自分、どちらかというと、夢男子なんで」
「あれ?」

 そんな人、無茶苦茶前にブロックしたぞ。
 彼は気まずそうに言う。

「いや、橘さんがBL好きと今初めて知って……」
「あれ?」

 ダラダラダラダラと冷や汗を掻く。まさか、この人私の知人か? しかも周りには黙っていたBL好きを知られてしまった?
 どうする? 殺すか? いや殺したら駄目。
 ひとりで固まっている中、男性は気まずそうにマスクを外し、私は絶句した。
 それはどう見ても葉加瀬くんだった。優等生然としている人が、まさか私服ではこんなミリタリーファッションの人とは思ってなかったし、ポップアップストアで並んでる人とは思わなかったし、夢男子だともまた、思ってもいなかった。

「…………へ?」

 私は間抜けな声しか上げられなかったのである。