*
あれから一週間が経ち、私の変わることのなかった日常に変化があった。
学校が終わって放課後になった後のこと。
あの河川敷の道路の下で、どうしても外せない用があるとき以外陽炉と毎日会うようになった。
たわいもない話をしていることが多いけど、その時間が特別に思えることが多かった。
なにより楽しいと感じる。
ストレスを溜め込みすぎるのは良くないと、あの場所へ着くと最初に今まで通り叫ばせてくれている。
陽炉が側にいる状態で全力で叫ぶことは恥ずかしいけど、陽炉は「我慢して溜め込んでいること、もっと言っちゃえ!」と満足そうな顔をしてよく笑ってくれていた。
あの日、私が周りのことなんか深く考えず黒歴史になることをしなければ、『変わろう』と思い切って言ったりすることなんてなかっただろう。
そう考えると、不思議に思う。
あれは、偶然だったのかと。
こんなこと深く考えても仕方がないことなのにふと考えてしまうのだ。
今を良かったと思う自分がいる。けど、あの黒歴史はどうしても消えなくて。
これから、どうなるのかな......?
小さな希望を抱いて、でも不安の方が大きくて未来に怯える。
そう考えを巡らせている今日この頃。
前に陽炉が学校で話しかけるねと言われたけど、まだそうすることはなくて何も変わらない日々を過ごしていた。
本当に話し掛けてくるのだろうか。
学校ではなにも接点がないのに急に私に声を掛けてしまうとクラスメイトに驚かれて視線が一気にこっちへ向けてしまう気がする。
あぁ......なんであんなこと言ってしまったのだろう。少しだけ後悔している。
でも、言ってしまったことは消えないから。
『もう、どうとでもなれー! せめて嫌な方向にはいきませんように』と心の中で思った。
今はお昼休みで、昼食を食べ終わり本に挟んでいた栞の場所を開き読み始めようとした丁度そのとき――
「奏!」
と陽炉が急に私のいる席に向かって来て声を掛けられる。まるでタイミングを見計らっていたように。
それと同時にクラスメイトが一気に急になにかあったのかと、もの珍しげに私の方へと視線を向けているのが周りを確認しなくてもなんとなくだけど感じた。嫌な視線......こういうのは苦手だから。
一気に視線を感じることをいい意味で感じることなんてできない。
予想が的急してしまった。そうだよね、こうなるよね。
分かっていたけど、でもこんな状態で私はどう反応したらいいのだろう。戸惑を隠せずにいた。
そんな私のことを分かっているというようにもう一度名前を呼んで、そして――
「奏、マジカルバナナしよう」
へっ? マジカルなバナナ......?
急に言われた言葉に首をかしげた。
えっと、なんか聞いたことがあるような言葉のような気がするけどなんだっけ?
マジカルだから魔法、つまり魔法のバナナ。
なんか関係ないような気がするけどバナナって言っているし、きっと食べ物のことなんだよね。
私が知らないだけで、そういう名前のバナナがあるかもしれない。
このまま深く考えては行けないような気がして、考えることを放棄した。もう、思ったままに言うしかない。
「なにそれ、おいしいの?」
「ぷっ」
陽炉は思いっきり笑い出した。
私と陽炉の会話に聞く耳を立てていたであろう人たちも笑いをこらえているようなかすかな声がする。
この場が一気に和むように空気が穏やかになっていった。
私が言ったことは、やはり間違いだったらしい。でも、これしか言う言葉が思いつかなったから仕方がない。
頬が熱くなるような感覚がする。
『食べ物じゃなかったら、一体なんなんだ!』急に叫びたくなったけどこらえて代わりに心の中で遠慮なく言う。
「奏、食べ物の方じゃなくて『マジカルバナナ』っていう連想ゲームの方だよ。四拍子でリズムをとって思い浮かんだワードで言葉を繋げていくやつ」
連想ゲームで四拍子でリズムをとる......マジ、カル、バナ、ナ?
これはやったことあるぞ。確か修学旅行とかでやったことがあるような無いような。
「マジカルバナナ、バナナと言ったら滑る。滑ると言ったらスキーみたいに繋げていくの。思い出した?」
「あっ、思い出した」
陽炉の丁寧な説明でやっと思い出すことができた。そう言えばそういう連想ゲームをやっていたことがあったと。
クラスメイトと関わることが少なかったから、忘却の彼方へと追いやっていたのだ。
「『なにそれ、おいしいの?』って言われたの始めてだったよ。奏はやっぱり面白い」
「えっと、ありがとう?」
「なんで、疑問系?」
「いや、その......だってまだ言われ慣れてないんだもん」
私のことを面白いと言われ始めてやっと一週間なのに、すぐに慣れるわけがない。
『なにそれ、おいしいの?』今更ながら恥ずかしすぎる。
相当おかしなことを言ってしまった。言わなかった前に後戻りなんてできない。
あぁ......ほっぺたがいつもより熱い。
「奏がちゃんと思い出せたようだし、やろうかマジカルバナナ」
「うん」
笑うのが落ち着いて来た頃、切り取り直してやり始める。マジカルバナナをするのなんていつぶりなんだろう。
「「マジカルバナナ」」
「バナナと言ったら黄色」
最初に言うのは陽炉からだった。リズムよく四拍子を取りながら始まる。
「黄色と言ったら光」
「ひかり!?」
陽炉はびっくりしたような顔をした。
まさかそんな言葉が出てくるのかと想像できていなかったみたいだ。
「えっ、なんで黄色から光だと思ったの?」
言っていいのかな。想像もできなかった言葉だったぽいし、おかしいと思われないだろうか。
少しだけ不安を抱いて、言ってみようと口を開く。
「夜の空に浮かぶ月ってほのかに光を帯びて照らしてくれるでしょう。絵本とか月と言えば黄色で彩られていたりするし、太陽とか電気の光が薄っすらと黄色にみえるから」
「確かに、言われてみればそうだな。奏はそういうことに気づけられて凄い」
陽炉は納得したように何度も頷いて、柔らかい微笑みを浮かべる。
凄いことなのかな?
自分ではよくわからないけど、陽炉がそう言ってくれたことが素直に嬉しかった。
「そうかな、ありがとう」と笑顔で返す。
「えっと、途中で途切れちゃったけどどうする? 続きからやるか、それともまた最初からか」
どっちがいいんだろう。最初からだとまた序盤で止まってしまうかもしれないし、続きからの方がいいかもしれない。
「うんん......じゃあ、続きからで」
「わかった、さっきの続きだと俺からだな。光と言ったら眩しい」
「眩しいと言ったら空」
「空と言ったら青い」
マジカルバナナっって楽しいゲームだったのだと感じる。誰かとする遊びってこんなに、うきうきするものだったんだ。
ひとりだけだと感じられないものだったからとても新鮮だった。
次はどんな言葉に繋げよう。
空は水色に見えるけど青い空というなら、それ関係でもいいよね。
「青いと言ったら水」
「水と言ったら海」
海と言ったらなんだろう。
実は私は海に実際に行ったことがなかった。正確にいえば行く機会がなかったのだ。
数時間かけて行けば海へ行けるけど、結局ずっと行かぬまま。写真とかでは見たことはあっても行ったことがないから。
うまく思いつかない。大体の人は夏休みに行ったことがあるはずだから、珍しいかもしれない。
――分からないから、そのまま言うしかない。
「海と言ったら、海だー!」
思っていたより少し大きく言ってしまって、周りからの視線を一気に感じた。
「すみましぇんでした」
なんだかとても気まずくて謝ったのにこういうときに限って噛んでしまった。
穴があったら入りたい。これじゃあ、ひとりでコントしているみたいじゃん。
私のいるこの教室は笑いに包まれていた。
絶対に今、変な人だと思われてる。
さらば、平穏。
今までの大人しいただの優等生ではいられなくなってしまった。
これから私はどうすればいいのだろう。
「奏、なんで海を海だって言ったの?」
陽炉は驚いただけで笑いことはなかったけど、不思議そうにして言う。
「実は、その海に実際に行ったりしたことがなくてすぐには思いつかなかったから。そのまま言うしかないのかなって思って」
「そうだったんだ。次のときは、しょっぱいって言えば大丈夫だよ」
「あっ、確かに」
どうしてすぐに思いつかなかったのだろう。
実際に海水を舐めたことはないけど、しょっぱいらしいのに。
次からは、ちゃんと言えるようにしようと思い始めていたとき、周りの子たちが私の方へと向かってきた。
えっ、なにか言われる?
どうしよう、どうしよう。不安がたくさん溢れる。
「奏さんってこんなに面白い人だと思わなかった。私もこのマジカルバナナに混ぜて!」
「僕も」
「私も」
私が思っていたこととは違ったことが起きていた。今、想像もつかなかった光景が広がっている。
クラスメイトの人たちが声を上げて、一緒にやりたいと言ってくれている。こんなこと始めてだ。
どうしたらいいのかな。慣れないことすぎてどうすればいいのか分からなくて、戸惑う。
「奏はどうしたい?」
陽炉は困っている私のことを見かねて聞いてきた。
私はどうしたいか。
そう言われても困るだけだけど、でも今ならあまり関わることがなかったクラスメイトとちゃんと和の中に入ることができて一緒にこのゲームを楽しむことができる。
諦めていたものを今、実際にできるのなら。私が言うべき言葉はただひとつ――
「みんなでやろう!」
と私は声に出して伝えた。
すると、私の近くに集まった人たちは嬉しそうな顔をした。
「やった」
「マジカルバナナなんていつぶりだろう。やろう、やろう」
「「「「「「マジカルバナナ」」」」」」
声を重ねてこのゲームが始まる。
マジカルバナナという遊びは、お昼休みの終わりのチャイムが鳴り終わるまで続いていた。
気づけば私は、偽ったりすることなく素のままで思いっきり楽しんでいた。
今まで自分が馬鹿みたいだと思ってしまうほど、抱き続けた不安は消え去って関わることができた子たちと笑い合ったりするのが楽しくて、嬉しかった。
人はなにをきっかけに変わるのは分からないものだとそう思った。
*
それから時間はあっという間に過ぎて気が付けば放課後の時間になっていた。
あのあと、実際に話してみて気が合う子がいて、今はまだ少しだけだけど話してみたりすることができた。
これを機に小さなことを少しずつ話してみたりできたらと思う。
今日は晴れた空が広がっていてとても暑かった。
私が河川敷に向かうといつも通りすでに陽炉がいた。
「よう」
「やっほ」
会ったときの挨拶代わりに軽く言葉を交わす。
陽炉はいつもはなにか絵を描いていたりするのに今は珍しくノートを広げて何かを考え込んでいた。
鞄を近くの地面にそっと置くと一体なにをしているの覗こうとしたけどそういうのは良くないかもしれないとやめて軽く深呼吸をした。川の流れる音が心地いい。
陽炉は私の深呼吸をする姿を見るとノートと向き合うの一旦やめたようで、これから私がなにかを叫び終わるのを待つようにシーンと静かになった。
そろそろ言い始めようかな。
――よし
心の中でそう呟くと口を大きく開けて全力で叫ぶ。
「マジカルバナナになにそれおいしいの?って言っちゃって黒歴史になって最悪だった。でも、まともに話したことがなかった人たちと関わる事ができて良かったよー!」
良いことを叫ぶのは初めてかもしれない。今まで嫌なことばっかり言っていたから。
「マジカルバナナは私にとって本当にマジカルだったー!」
今の私はこの言葉しか思い浮かばなかった。
今日起きた光景が全部偽物だったとしたらと錯覚してしまうほどの、今までの過去の私が”今”の私を見るとありえないと思うであろう出来事だったから。
「どこがマジカルだと思ったんだ?」
私が今回叫んだ内容を聴いて、嬉しそうな顔をして微笑みながら問う。
「マジカルバナナをしたおかげで、今回その......あまり話したりすることがなかった人たちと一緒の和に入ることができて、楽しむことができて少しだけど色々話すように慣れたから。マジカルって、つまり魔法でしょう。私にとってそういうきっかけをくれた魔法のバナナだったなって」
こういう考え方はおかしいだろうか。変に思われないだろうか。不安があって、少し恥ずかしい。
「なるほどな。魔法のバナナ良いきっかけだっただろう」
「なんで、そこで偉そうなの?」
「青春革命をするって決めたあの日に、俺がきっかけを作るって言っただろ。それが無事に成功できて嬉しいんだ」
心から嬉しそうな顔を私の方へ向かって笑う。
その表情を見ていると、ドキリと胸が高まった。この気持ちは一体なんなのだろう。私はまだ知らない。
こんな経験を今までにしたことがなくて今のままでいても良いのか分からない。だからこの気持ちを知らないフリをして別の話題を考えた。
「そう言えばなんでマジカルバナナをしようって思ったの? あのまま流れに乗ってやったけどちょっと不思議に思って」
「それは......その文化祭のポスター描くにあたっての予行練習に丁度良いかもしれないと思ってさ。絵を描いてると色々連想させて出たアイディアを元に描くことが多いから、案だしに良いかなって」
ちゃんと考えていたなんてびっくりした。突拍子もないことだったから。あのあとの自分の行動が私にとっての黒歴史がまた増えてしまったけど、でも結果的にはとっても良かったから。
陽炉はすごいと思う。クラスの方で元から遠慮なく騒いだりそういう考え方ができて、絵も描けるんなんて。文化祭ポスター案をしっかり出したいと思った。
「あの時、突然過ぎてびっくりいたけど、でもそうだったんだね。よし、ポスターのアイディア出し頑張る!」
私が変われるようなきっかけをくれた陽炉の背中を押したい。
まだ、これからの部分もあるけど、あの日交わした約束を早くも守って果たしてくれたから。
「ふっ、奏は真面目だな。今日は文化祭のポスター案出ししようか。締め切りとか考えるとそろそろやらなちゃ」
「うん」
陽炉の方へ近づいてその場に座った。
すると、陽炉がさっきまで開いていたノートを私の方へ近づけてた。どうやら、見ても問題ないようだ。
開かれているページを除いてみると、一番上にタイトルのような大きな見出しを書く欄に”文化祭テーマ:青春革命、ポスターアイディア”と書かれてた。
少し癖のある綺麗な字で、真っ白なページに自由に使って色々なことが書いてある。空、虹、シャボン玉など、簡単描かれた絵も添えて。独り言のようなメモのようなものも書かれていた。
「晴れた空とかをバックになにか描けたりしたらと思っているけど、なんか良いのが思いつかなくてさ。なにか思い浮かぶのある?」
空をバックにと聞いてすぐに勝手にどんな感じになるのかと想像してしまった。
陽炉が描いた空を何回か見たことがあったから。
「うんん......青春革命だから、自由にはしゃいでいる生徒とか?」
思い浮かぶものと問われてもすぐには思い浮かばなくて、なんとなくで言ってみても違うような気がしてしまう。
こんなので大丈夫なのだろうか。しっかり考えないと。
「はしゃいでいる......なら笑っている感じの人とかか」
そう言って口に出したことを陽炉はノートの方へ書き出していく。
「思いっきり楽しんでいる感じで笑顔している人の方がいいんじゃない?」
「確かに。あっ、じゃあ満面の笑顔浮かべながらジャンプしている感じで男女四人くらいとかにしてみよう」
「いいと思う。服の部分は制服で、ブレザーなしでワイシャツとかにした方が自由感がありそう」
最初に言ってみたものから次々と連想されて、少しずつ形になっていく。
話し始めたらあっという間で不思議だ。不安定でおぼろげなものから明確にどんどん形にしていって。
「今、出ている案だけでとりあえず大雑把に描いてみようか」
箇条書きに描いた案の隣に慣れた手付きで四角形を書くと、その中に人らしき形をしたものを横に並べるように描いていった。
「スラスラと描けるのすごい」
心の中でそっと呟いたつもりが口に出ていた。
「そうかな、ありがと。よくこうやってどんな感じ絵にしようかと構図を考えたりしているんだ」
「こういうの本当に私じゃ描けないから、すごい」
手を上げてジャンプしている四人組のができていった。
「こんな感じかな? 並びの位置とか変えると良いかもだけど」
顔の表情まで細かくはまだ描かれていないけど、どんな表情をしているのかなんとなく想像できた。
ここから、もっとよくなるにはどうしたらいいのだろう。
考えてながら、陽炉が沢山考えて書いたであろう案と見比べてみる。
「この四人組の並びを横にするんじゃなくて、上下にしてみたりとかも良いかも」
「なるほどね」
「あと、周りに陽炉が事前に考えてくれていたシャボン玉とか虹入れたりとかもいいかもしれない」
思い浮かぶものを進んで言ってみる。こんなに言っていいのか分からなくなるけど。
陽炉は嬉しそうに提案を受け入れては、書いていってくれた。
この後も提案してみては、試しに大雑把に書いてみてをひたすら繰り返す。
こんな時間が長く続けばいいのに。
穏やかでなにより楽しい。
――でも、終わりの時間はやってきた。
「よし、大体どんな感じにするのか決まった!」
「あっという間だったね」
と二人で笑い合う。
ノートのページを沢山使って案を出してようやく形になった。
ここへ来た時間は四時二十分くらいだったのに、気づくと六時を回っている。
「奏、ありがとう。誰かとどんな絵にするのか考えたりすることなかったから、楽しかった。今までで一番良い出来の絵にするから楽しみに待ってて」
本当に嬉しそうに、目を輝かせて笑顔で笑う。
「うん、楽しみにしてる!」
ふたりで考えてできたものをどんなふうに彩ったりするのか楽しみで仕方がない。
とっても素敵で凄いものになるような気がして。
なんだか待ち切れないような気持ちで溢れた。



