戸倉(とくら)先輩が好きです。付き合ってください」
 二月上旬のある月曜日、手紙で校舎裏に呼び出されたと思ったら話したこともない下級生にそう告白された。一年の学年カラーである緑色の上履きを履いたそいつはとんでもないイケメンだった。
「えーと……何て?」
 俺は未だかつて告白されたことなどない。しかも相手は男だ。もしかしたら聞き間違えたのかもしれない。
「もう一回言います。戸倉先輩のことが好きなので付き合ってください」
「……」
 聞き間違いじゃなかった。悪戯か何かか?
「何かの間違いじゃない? 俺君のこと知らないし」
 だからごめん、と丁重にお断りしようとしたら、目の前の男ははっとした表情で頭を下げた。
「すみません、緊張のあまり名乗るのを忘れてました。一年二組の橋元(はしもと)と言います」
「ああ、うん……名前は知ってるけど」
 このイケメン──橋元を知らない奴はこの高校に一人もいないだろう。入学当初から一年にとんでもないイケメンがいると噂になり、二年である俺のもとにもその話題は届いていたからだ。
「それで……どうですか? 悪い話じゃないと思うんですが」
 何だその自信は。いい話でもないだろ。
「えーと……ごめん。それじゃ」
 橋元がいくらイケメンだからって男と付き合うつもりはない。踵を返そうとしたら腕を強く掴まれた。
「待ってください!」
「えっ、ちょ……っ」
「僕ずっと先輩のことが好きだったんです。絶対に幸せにします。だからお願いします!」
 いや重いわ。プロポーズかよ。
 その後しばらくお願いします、無理、お願いします、無理……と攻防を繰り広げているうちに徐々に疲れてきた。こいつは今までの人生で出会った誰よりもダントツでしつこい。もし今日断れたとしても明日以降もまた告白されそうだ。なんかもうめんどくさいし早く帰りたい。とりあえず何とかしよう。そうだ、条件をつけよう。
「分かった。一日だけなら付き合ってもいい」
 俺としてはかなり譲歩したつもりだ。しかし橋元は手を離さない。
「短すぎます! それじゃ足りません」
「じゃあ一週間! これ以上は無理!」
「本当ですか? 本当に付き合ってくれるんですか?」
「付き合う! でも絶対一週間で別れるからな!」
 やけくそで叫ぶと橋元はようやく俺の腕を解放し、目を輝かせながら何度も頷いた。
 まさかの展開で、生まれて初めて彼氏が出来てしまった。ああ、何でこんなことに……。
 だいぶ面倒なことになってしまったが、仕方ない。とりあえず一週間適当にやり過ごそう。