境内の隅に、黄色い花が咲いた。あれは何という花であろうか。草花が咲くたびに、喜与を思い出す。

もうここには来ないだろうに……。

それが、喜与との約束だった。一度は約束通り、喜与は名月神社に来なくなった。だが私たちはその約束を破り、再び逢瀬を重ねてしまった。その結果、喜与は誰かに後を付けられ、そしてまた来なくなった。

喜与はこれから出産を迎えるのだろう。あれから伴藤家ではどうだろうか。上手くやれているだろうか。身ごもってからまわりの態度が変わったと言っていた。幸せになってくれたら嬉しい。

喜与の幸せを願いつつ、気づけば私は喜与のことばかり考えていた。

神として、それは好ましくないのではないか。そう自問自答するも、心に芽生えている愛を消すことができない。

「私はまだまだ未熟だな……」

星を眺めながら、物思いに耽る。
キラリと流れた星の先に、人の姿が視界に映った。

「……喜与?」

何かを抱えてふらふらとおぼつかない足取りでこちらに駆けてくる。

――助けて

そう聞こえた気がした。なりふり構わずすぐに鳥居の上から飛び降りた。ふらりと倒れ込む寸前を受け止める。

「喜与!」

「……この子……たすけ……て……」

「喜与! 喜与! しっかりしろ、喜与!」

「たすけて……」

そう呟いたきり、喜与は意識を失った。喜与と共に抱えた赤子はふにゃふにゃと泣いている。

「今、助けてやるからな」

喜与と赤子を抱えて、すぐに名月神社を管理する斉賀家へ飛び込んだ。ただ呼びかけるだけでは誰も気づかないのはわかっている。閉じられていた雨戸をぶち壊した。派手な音に、家の中から慌てて人が駆けてくる。

明かりが灯され大騒ぎになった。真夜中だというのに医者も呼ばれ、喜与はすぐに介抱された。

「喜与、喜与」

何度呼びかけても目を覚まさない。はあはあと荒い息を吐いている。そっと喜与の頬に触れる。熱湯をかけられたらしく、右側が痛々しく真っ赤になっていた。

私は何をしているのだろう。
私が喜与にしてやれることは何だろう。
そればかりを考えている。