「そろそろ帰らねば、体に差し支えるぞ」

「はい。わかっております。ただ、名残惜しいのです。次はいつ来れるかわからないので」

「無理をせずとも良い」

「本当は無理をしてでも来たいです」

「喜与。いつもお主にばかり苦労をかけてすまぬ」

「苦労だなんて思っておりません。それに、月読様は神社の(もり)があるのですよね」

「それはそうだが……。神は特定の誰かに干渉してはならぬ」

「もう干渉していますよね」

「……」

「すみません。意地悪を申しました。とても感謝しております。ここで会えるだけで私は嬉しい。辛いことや苦しいことがあっても、頑張れるのです」

私は黙って喜与の頭を撫でた。

喜与はやはり伴藤家の嫁だ。それをわかっていて会いに来てくれている。それもこっそりと深夜に抜け出してだ。私自らが喜与の下へ行けたのなら、どんなにいいだろう。

「月読様……」

「なんだ?」

「私は(バチ)が当たるでしょうか?」

「なぜ?」

「私は伴藤の嫁です。それなのに、月読様を愛しておりますので……」

喜与もこの関係が好ましくないことを承知している。伴藤の者に知られる危険を犯してまで来てくれることに申し訳なさがつのった。

「こういうのを、不貞と言うのですよね?」

「道徳観念上、褒められたものではないな」

「ではやはり、罰が当たりますか?」

「もし罰があるのなら、私がすべて受けようぞ。喜与はもう十分に伴藤からひどい仕打ちを受けたであろう。これ以上、受ける必要はない」

「……はい」

そう、これ以上喜与に仕打ちを与えないでくれ。喜与には幸せに笑っていてほしいのだ。

「送っていこう」

「ありがとうございます」

抱えてやると、喜与は私の首に手を回しぎゅうっとしがみついた。そして私の頬に口づけを落とす。柔らかな感触に癒やされる思いがする。

「可愛らしいことをするでない」

名残惜しさを偲ぶように、喜与の唇を奪う。
できることならこのまま奪い去りたいくらいだ。