その綺麗な頬に触れたいと思った。私の手に収まる喜与の頬。血の滲む口元が痛々しい。

「……殴られたのか?」

こくんと頷きながら、喜与は私に体を預けるようにしなだれた。きっと殴られたのは顔だけではないのだろう。傷を治すことはできぬが、痛みを貰ってやることはできる。口元をぬぐってやれば、ピリピリとした感覚が指に伝わってきた。見れば、ところどころ汚れている。

「湯を沸かしてやろう」

喜与を抱えて歩き出す。
木々がざわめき、星の輝きが鈍くなる。張り裂けそうな心が夜に影響を及ぼす。

喜与がぎゅうっとしがみついてくる。この小さな体に、どれだけの負担がかかっているのだろう。もどかしい。やりきれない。この感情は一体何だ。

「月読様、ここ……」

「私の神殿だ。誰も文句はあるまい」

喜与が躊躇いの声を上げたが、そんなことはお構いなしに神殿へと入る。ここは人が「本殿」と呼ぶ、神が住まう場所。神職でさえ入ることを許されない神域とされる場所だ。だがそこに住んでいるのは私なので、入っていいかどうかは私が決める。それは当たり前だろう。

「喜与しか入れるつもりはない」

「……はい」

「見せてみろ」

手拭いを人肌に温めた湯にくぐらせ、喜与の切れた口元をそっと拭った。痛みが起きぬよう、少しばかり痛みを預かる。ピリッとした痛みが指を襲う。だがこんなもの、喜与の痛みに比べたらどうってことはない。

「痛くないか?」

「はい、こんなの何でもありません」

「馬鹿者。何でもないわけないだろう。喜与の綺麗な顔を傷つけおって、許せぬ」

気づけば怒っていた。こんな風に怒ることなど、したことがない。どうにも感情が揺さぶられる。喜与を前にすると、愛おしさが込み上げてくるのだ。この、愛おしい気持ちを何と言うのだったか……。