「月読様は私と同じですね。私は伴藤家から出られない。月読様は名月神社から出られない」

「確かにな」

「あ、でも私は抜け出して来てるから、ちょっと違うかしら?」

「私も名月神社から一歩出たからといって、さほど影響はあるまいよ。喜与を家まで送り届けるくらいなら、大した影響はないだろう」

「そうなんですか? じゃあ今日は家まで送ってください」

「ああ、わかった」

頷けば、喜与は驚いたように目を見開いた。まるで珍しいものでも見るかのように。

「えっ、いいのですか? 冗談だったのに」

「冗談だったのか?」

「え、本当に?」

「喜与が言ったのだろう?」

「そうなんですけど……。だって、それはあまりにも嬉しすぎるというか」

「嬉しいのか?」

「嬉しいに決まってます!」

ただ家に送り届けるだけのことが嬉しいのか。そんな感情を抱いたことがなくて、ふむと考えていると「月読様は案外鈍いですよね」と笑われた。あまりにも喜与がおかしそうに笑うものだから、さらに疑問に思う。

「鈍い? 鈍い、とは?」

「女心がわからないですねって意味ですよ」

「女心とは、喜与の心ということか?」

「そうですけど……。もう、いいです。この話はやめましょう」

「人の心はわかるわけがなかろう」

「もうっ、やめましょうって言ってるじゃないですか」

「喜与が何を考えているのか知りたかったのだが……」

とたんに喜与は頬を赤く染めた。月夜でもわかるくらいにはっきりとだ。それでようやく、喜与は私に好意を抱いているのではということに気づいた。だからどうということはないけれど、その想いに応えてやれぬことに胸が痛む。

「喜与。お主は人で、私は神だ。相容れぬものだ」

「わかっています。それでもこうしてお話ができていることは事実です。私はその事実がとても嬉しくて幸せなのです」

遠くでフクロウの鳴く声が聞こえる。夜もますます更けてきた。喜与との時間はいつも短い。だが、短い時間の中で私はいつも新しい感情に気づかされる。今まで感じたことのなかった、胸がざわめく感情だ。