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名月神社は寂れている。少し小高い場所にあるためか、訪れる者は少ない。この神社の神主である斉賀家も時代の流れに負け、国からの神職の地位や待遇が悪化の意図を辿っていた。これからは神社だけでは食って行けぬと、別の仕事にも手を出し始めていた。

それでも朝の祈祷と掃除だけは欠かすことがなかったようだ。清められた神社は空気が澄んでいる。

「いつもすまぬな」

声をかけても目の前に立っても、私の姿は誰も見えない。神職であっても、見えぬものは見えぬのだ。

神からは人が見える。
人からは神は見えない。
おかしな世界だと思っていた。

だからまさか私の姿が見える者が現れようなどと、思ってもみなかった。

ある日、深夜に若い娘が一人で熱心に祈っているのに気づいた。その姿がもの珍しく、近くに寄ってみた。願いは何かと聞いてやろうかと思ったのだ。神だからといって何でも叶えてやれるものではないが、少し力を流し込んでやることはできる。こんな真夜中に来るくらいだ。さぞかし事情があるのだろうと思った。

祈りを終えた娘と目が合う。
まさか、と思った瞬間「きゃっ」と可愛らしい声を上げて、娘は尻もちをついた。

声を上げたかったのはこちらの方だ。
本当に驚いた。

「……すまぬ。まさか私の姿が見えるとは思わなかったのでな。驚かせてしまったか」

「あ、あの……」

怪訝そうに眉を寄せるので、やはり見えているらしい。

「お主があまりにも熱心に拝んでいたから、気になった」

「は、はあ……」

娘は大きな目をパチクリさせた。まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちをしているのに、着物はみすぼらしく使用人のようだ。手も荒れているように見える。それなのに、はっきりとものを話す。

「あの、あなたが何者かわかりませんが、鳥居の上に座るのは罰当たりですよ。神様に失礼ではありませんか?」

どうやら先ほど鳥居の上にいたことも見られていたようだ。しかし神に向かって罰当たりか、興味深い。

「なるほど。それは気付かなかった」

「……あなたはここで何をしているのですか? 見たところ人間ではなさそうですが。成仏できない幽霊ですか?」

「お主はおかしなことを言う」

私が見えるのに私を神だとは思えないのだな。神とはなんとちっぽけな存在だろうか。