「……つく……よ……さま……」

「気がついたのかしら?」

「いや、うわ言だろう」

喜与が薄っすらと目を開けて、手を伸ばす仕草を見せる。その手をしっかりと掴んだけれど、握り返してはくれない。ぐったりと力が抜けている。

「喜与、私はここにいる。お主が苦しまぬよう、痛みを取ってやるからな」

それくらいしか神にはできないから。
せめてもの処置だ。

触れている喜与の手から、激しい痛みが流れ込んでくる。熱くて皮膚が張り裂けそうな痛みだ。こんな酷い仕打ちをした伴藤を恨む。いや、そもそも私が喜与を娶ってやればこんなことにはならなかった。伴藤と離縁させ、私の側に置いておけば……。

だがそれはすべて夢物語だ。

神は、人に干渉してはならない。それなのにどうして娶るなどという考えになるのだ。他人から見えない存在と夫婦(めおと)になるということは、あり得ないだろう。

それに私はこの名月神社から出ることを許されていない。なぜなら私は夜を統べる神だからだ。私がこの場から離れれば、この世界の夜の均衡が崩れる。

そういう役割を担っている。

それが当たり前の世界だと思っていた。
喜与と出会う前は――