おぼつかない足取りで、誰かがこちらに向かってくる。それが喜与だとわかったとき、すぐに鳥居の上から飛び降りた。

遠目から見ても尋常ではない様子は、倒れかけた彼女を支えたときにはっきりとする。寝間着はぐっしょり濡れており、見えている皮膚が焼けただれたように赤い。胸の中には小さな赤子。

「喜与! 喜与! しっかりしろ、喜与!」

「たすけて……」

そう呟いたきり、喜与は意識を失った。喜与と共に抱えた赤子はふにゃふにゃと泣いている。

「今、助けてやるからな」

とはいうものの、私に治癒能力があるわけでもなく、医者に頼るしかない。そして私の姿は喜与にしか見えない。できることは限られている。喜与を抱えて名月神社の管理をしている神主の屋敷に飛び込んだ。

星の瞬きが消える。
月が厚い雲に覆われる。
闇が深くなる。

「人が倒れてるぞ! 誰か! 誰か!」

「早くお医者様を!」

屋敷の者が気づいて大騒ぎになった。幸いすぐに医者がやってきて処置が施されたけれど、喜与は目を覚まさない。

「酷い火傷を負っているが、何があったんですか?」

「わかりません。急にガタガタと激しい音がして雨戸が外れたと思ったら、彼女が倒れていたのです」

「ふむ。熱湯をかけられたとしか思えないのだが……。出産もしたばかりの様子。この後熱も出るだろうが、それを越えられるかどうか……」

「可哀想に……」

絶望的な空気が漂う中、赤子がふにゃふにゃと泣く。幸い左手に軽い火傷をしただけで、他に大事はなさそうだ。

そっと喜与に触れる。
何もできないで、何が愛していると言うのだろう。

伴藤家で何があったのか、想像しただけで恐ろしい。怖かったであろう、痛かったであろう。こんなことができる者が、とても人だとは思えない。鬼ではないのか。