すーっと襖が開く音がして、ふと目を覚ました。薄暗闇の中、誰かが立っている。むくりと体を起こすと、その人と目が合う。

「お義母様?」

酷く冷たい目をしたお義母様の手には、大きな鍋が抱えられている。

「――てやる」

「え?」

「跡取りも産めない嫁なんて、殺してやる!」

「きゃあっ!」

金切り声と共に鍋が投げつけられる。咄嗟に子を抱いて庇ったけれど、鍋には沸騰した湯が入っていたらしく、熱湯を浴びせられた。

「……くっ」

熱い。痛い。でもこのままでは殺される。私が殺されたらこの子もすぐに殺される。それだけは絶対にさせない。させるもんか。

なおのこと襲いかかってくるお義母様に、転がっている鍋を引っ掴んで投げた。鍋が熱かろうが指を火傷しようが、そんなのどうでもよかった。

「ギャアアア!」

熱い鍋がお義母様の顔に当たる。お義母様は酷い叫び声を上げながら両手で顔を覆った。奥から足音が聞こえる。お義母様の叫び声で、旦那様とお義父様が気づいたのだ。

絶対に殺される――!

私は子をしっかりと抱いて、着の身着のまま屋敷を飛び出した。

熱湯を被った半身が痛い。
熱い鍋を掴んだ指が痛い。
産後の弱っている体が憎い。
息が切れる。
血が流れる。
意識が途切れそうになる。

子が胸の中でふにゃふにゃと泣いている。
熱湯は被らなかっただろうか。
無事だろうか。

名月神社の石段が見える。
助けて……助けて……月読様……!

「たすけて……」

もう足がもつれて動けない。
このまま私は死ぬのかもしれない――そう思った瞬間。

「喜与!」

月読様の声が聞こえた。姿は見えない。けれどその声だけでふっと気が抜けて、私は意識を手放した。

来てくれた。
気づいてくれた。

どうか、どうかこの子だけは助けてください……。
私はどうなってもいいですから、神様、どうか助けてください……。