連れられたのは、拝殿の奥にある神様を祀る本殿だった。こんな神聖な場所、入ることを許されるわけがない。それなのに――

「私の神殿だ。誰も文句はあるまい」

神職でもないのに、入ってしまった。
月読様は神様じゃないって思ったけれど、前言撤回。月読様はやはり神様だったようだ。

人肌のちょうど良いお湯に手拭いをくぐらせ、固く絞る。それを顔に当てると、温かさにほうっとため息が漏れた。

「見せてみろ」

月読様へ顔を向けると、切れた口元を手拭いでそっと拭ってくれる。

「痛くないか?」

「はい、こんなの何でもありません」

「馬鹿者。何でもないわけないだろう。喜与の綺麗な顔を傷つけおって、許せぬ」

怒ってくれることが嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。この世界で私のことを気遣ってくれるのは、きっと月読様だけ。それに、綺麗だって言ってくれるのも月読様だけ。

世界がまた、少しずつ色を帯びていく。

「……何か可笑しいか?」

「はい、怒ってくれることも綺麗だって言ってくれることも、全部可笑しくて嬉しいです」

「喜与は綺麗だよ、とても」

柔らかな明かりに照らされた月読様はとても幻想的で、見惚れてしまう。頬を撫でてくれる手がとてもあたたかい。

引き寄せられるように近づいて、唇が重なった。
柔らかで優しい口づけに、涙がこぼれる。
胸が張り裂けそうになる。

「月読様……」

「すまぬ」

「謝らないで。どうかこのまま私を抱いてくださいませんか」

「だが、喜与……」

「私は月読様とのお子がほしいです」

旦那様ではなく、月読様の。
大好きでたまらない、あなたとの子がほしい。

月読様は困惑した表情を浮かべた。

「喜与と私は生きている世界が違うのだ。これ以上お主を愛すると、取り返しがつかなくなってしまう」

「愛してくれているのですか?」

「ああ、愛しているよ。愛しているに決まっていよう」

ああ、涙が溢れる。
この淀んだ世界に、私を愛してくれる人がいたんだ。それがたとえ人ではなくとも、私にはかけがえのないほど嬉しいことだ。