午後の冒険者ギルド兼酒場の一角でとあるパーティが何やら揉めている。
「ま、ま、待って」
待ってくれ! と本当なら大声を出したかった。しかし、気の弱いカケルにはそれができなかった。震える声で、精一杯の反抗を試みるしかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってく……ださい。僕がもういらないってどういうことですか?」
リーダーは自分の顔の前で勢いよく両手をパンと叩くと深々と頭を下げた。
「いやほんとおおおおおに申し訳ない、カケルくん。つまりはそういうことだ」
「リーダー、こんなやつに頭下げる必要ないですよ」
口を挟んだのは女剣士だった。女剣士は威嚇するようにテーブルをバンと叩くと足を組み直した。さらに女魔法使いがなだめるように割り込む。
「まあまあ、喧嘩腰にならなくても、ここは穏便に、ね」
頭を上げたリーダーがずいと身を乗り出す。
「今探索中のダンジョン、もうマップが完成したよな」
「はい。おそらくあとはボス部屋を残すだけかと」
カケルが答える。
「カケルくん、君の役割はマッパーだよね。というかマッパーだけだよね。他に何かできたっけ?」
マッパーとは言葉通りダンジョンのマップを作る役割だ。ジョブというほどではない。特殊なスキルもいらない、誰にでもできる作業であった。カケルはまさにそのマッパーとしての役割を果たしていた。
カケルは必死に食い下がる。
「え、でも、もしかしたらボス部屋の先があるかもしれないし、それにアイテム持ちだってできます!」
女剣士が失笑する。
「マップ描きとアイテム持ちがボス戦で何をするんだよ。なんで私たちがお前を守りながら戦わなきゃならない?」
女魔法使いがやはりなだめるように口を挟む。
「あのね、これはカケルくんのことを考えた結果なんだよ。ほら、カケルくんのスキルは、えと、アレだし」
スキルというのはこの世界で各個人特有の能力である。その発現は完全にランダムとされる。剣のスキルがあればリーダーと女剣士のように前衛で戦い、魔法スキルがあれば女魔法使いのように後衛から戦う。ところが、カケルのスキルはというと、ただ「逃げる」だけだった。それも自分だけ。しかも……
「自分だけ逃げる上に制御不能で壁に激突して自滅とか、ダンジョン内で全く使えないスキルだよな」
「それは、確かに」
そうであった。カケルのスキルはその場から目にも止まらぬ超高速で逃げるのだが、本人にも制御できず、壁や障害物があれば激突して大怪我をする。いや、命を落とす危険性すらあるのだ。スキルの発現した幼い頃、それで大変な目にあっている。
リーダーが優しい声で決断を下す。
「カケルくん、今までありがとう。これは気持ちばかりの報酬だ」
ほんとに気持ちばかりのわずかな報酬であった。
こうしてカケルは一人になった。
一人になった冒険者がやれることは二つだ。一つは仲間を探すこと。もう一つはおとなしく故郷へ帰ることだ。カケルは当然、前者を選ぶ。しかし、もともと内気なカケルが仲間を探すのは大変な労力を要する。一応、ギルドの受付には相談してある。とは言っても、役に立たないダメスキル持ちを好んでメンバーに加えるパーティなどあるわけがない。マッパーやアイテム持ちのように誰でもできる雑用係を求めるようなパーティもそうそうないのだ。
カケルは放心してだらりと椅子にもたれている。
そこへギルドの受付嬢が声をかけた。
「カケルさん、早速ですがあちらに仲間募集の方がいらっしゃいます」
「え」
とカケルは驚いて椅子から立ち上がった。いくら何でも早すぎる。そんなうまい話があるのか、とばかりに受付嬢のいう「あちら」に目を向ける。
そこには一人の村娘にしか見えない少女がいた。
「え?」
とカケルは受付嬢に目をやる。受付嬢はにっこり微笑む。
「ではあとはお二人でご相談ください〜」
受付嬢は去っていった。
さて、どうするか。と考え始めた矢先に向こうから挨拶されてしまう。
「あの、こんにちは」
「あ、こ、こ、こんにちは」
「あの、今日は良い天気ですね」
「え、あ、そうですね」
「えへへ」
「あはは」
この子も自分と同類だ、とカケルはわかった。少女はぎこちない笑顔でこちらに何か期待している。え、待って、こういうとき何を話せばいいんだ?
「あの」
「はいぃ」
「その」
「はいぃ」
「え、どんな感じで、その」
「え、受付嬢さんが、あなたが仲間にしてくれるって」
「あ、そうなんですね」
待て待て待て。いや、何をどう待てというんだ。え、いや、ほんと、こういうときどうすればいいんだ。カケルは困惑している。
「え、あの、僕は男性ですよ」
「はい、心強いです、よろしくお願いします!」
「あ、はい」
待て待て待て待て。ほんとちょっと待って。カケルの体温が上昇する。
「自己紹介まだでしたね、私の名前はアルムです」
「あ、僕はカケルです」
「まあ、良いお名前ですね」
「あ、そ、そちらこそ」
待て待て待て待て待て。そういうことじゃないだろ。カケルは自分の顔が熱くなっていることに気づく。多分、真っ赤だろう。アルムと名乗った少女は先ほどよりはぎこちなさのなくなった笑顔でこちらをじっと見ている。
アルムは背が低い。全体としては、どこからどう見てもただの村娘だ。短めの髪、冒険者には見えない普通の服、サンダル。場所が場所なら「おつかいですか」と問えるだろう。
「え、あの、アルムさんは冒険者?」
「になりたいです!」
まだ一般人だった。カケルは肩を落とす。それでも露骨に嫌な顔は性格的にできない。多分作り笑いを見抜かれるかなと思いつつ、笑顔で対応する。
「あ、そうなんですね」
「はい!」
待て待て待て待て待て。いや、少し時間をくれ。でも、どうしよう。カケルは困り果てていた。仲間が見つかったのは嬉しいが、一般人である。さらに、情けないことに自分はさきほど追放されたばかりの役たたずだ。さらにさらに情けないことに、できれば強いパーティに入りたかった。このままでは、自分がこのアルムを守る側になってしまう。どうにかして、いや、何をどうするのだ、ああ、困った。カケルは本当に困っていた。決断力、何それ? な人生である。
「あの、ごめん、僕のスキルは本当に使えないダメスキルなんだ」
「そうなんですね! 私と同じ!」
「あ、スキル持っているんですね、すごい」
「見てもらえます? 私のスキル」
アルムは静かに祈りのポーズをとった。何だろう。聖なる力? 回復系? カケルは少しだけ期待感が出てきた。
しかし、少女は微動だにしないまま時間だけが過ぎていく。
「あの、アルムさん?」
返事はない。
「おーい」
返事はない。
「もしもーし」
返事はない。
何これ。カケルは祈りのポーズのままフリーズしているアルムをどうしたら良いのか全くわからなかった。
その後も何度か呼びかけるが全く返事はなかった。
どれくらい時間が経ったか、突然アルムが再起動した。
「これが私のスキルです」
「え、どれ」
「私のスキルは集中です! ものすごく集中できるのです」
「あ、そうなんですね」
「そうなんです」
え、何それ。
「集中して何がどうなるんですか」
「集中するだけですよ。ものすごく深く集中するので周囲の音も聞こえなくなるぐらいです」
「それって」
「はい! ダメスキルですよね」
えへっとばかりにアルムが笑う。
「こんなダメスキルじゃ誰も仲間に入れてくれないんです」
いや、そんな村娘の姿じゃそもそもだが。しかし、カケルは自分もダメスキルのためにパーティ追放された身。早く言えばアルムに同情している。さらに天性の優柔不断、内気さも手伝ってこう口走るのだ。
「よ、よろしく、アルムさん」
「はい! よろしくお願いします、カケルさん!」
こうしてダメスキルコンビが誕生してしまった。
同時にこれが最強伝説の始まりでもあったのだ。
街を出てすぐの草原にカケルとアルムの二人はやってきた。
「それじゃ僕のスキルを見せるね」
「はい! 楽しみです」
「楽しくはないよ」
カケルは周囲を確かめる。視界に障害物は見当たらない。大きな木も岩もなさそうだ。
「じゃあ、行くね。これが僕の」
瞬間、カケルの姿が消えた。
「カケルさん!?」
カケルが目の前から消えたので驚くアルム。
おーい、と遠くから声がする。アルムが声の方向を探るとはるか先からカケルらしき人物が手を振っている。おいでおいで、と手招いているようだ。アルムはカケルに駆け寄る。
「はぁはぁ、すごいです、カケルさん」
ようやく走りついたアルムが息を切らす。
「いや、これ『逃げる』だけのスキルなんだ。自分でも制御できない」
「でも一瞬で移動するなんてすごいです!」
「もし途中に障害物があったら、ぶつかる」
「ええ」
「最悪、激突死する。今もこのスキルでアルムさんのところに帰らなかったのは、万が一アルムさんに激突したらまずいからだよ」
「使い道は、えと」
「ないよね。こういう草原ならともかく、ダンジョンでは自滅するだけだからね。ダメスキルさ」
「そんなことないです! きっと何かの役に立つはずです!」
「かなあ?」
「私はフリーズ、カケルさんは、クラッシュですか。うふふ」
「あはは」
二人は笑いあった。
再び街に戻る。とりあえず今後のことを話し合わねばならない。二人で冒険するのか、それともどこかのパーティに入れてもらうか。とはいえ、ダメスキル一人でも大変なのにそれが二人になったらまず期待できないだろう。ギルドに向かうのはやめた。
裏道を歩きながら二人で思案する。
「ここは一から、いやゼロからスタートかな」
「スキルが使えなくても、地道にレベルを上げて行けばいいですよ」
それを完全一般人に近いアルムに言われるのもどうかなとカケルは苦笑した。
「ここにお金なら少しある」
前パーティが渡されたほんとに心ばかりの報酬袋をカケルがみせる。
「お金なら私も少しだけ持ってきました」
アルムがニコリと財布をだす。
さて、人気のない裏道でそんな無防備なことをするとどうなるか。
「おい。よこしな」
こうなるのである。
「え、何」
その瞬間、きらりと何かが光る。目の前にナイフを突きつけられている。盗賊、いや、ただのならず者か。ボロを纏っているがナイフの輝きは鋭い。声からして男である。
「死にたいか?」
「カケルさん!」
アルムが声を上げる。刹那、ナイフの切先がアルムに向く。
「ま、ま、待て、か、か、金なら渡すから、そ、そ、その子には」
喉が詰まる。声が震える。全身から汗がふきだす。
「金をくれるならこいつもくれよ」
完全に舐められている。
「ま、待て、ほんとに、そ、その子には手を」
「ああ!? 聞こえねえな!」
こんなときどうすれば良いのか。逃げる。そうだ、逃げよう。
「カケルさん! 助けて!」
アルムが悲鳴を上げる。
とっさにカケルはアルムの手を取った。
「逃げよう!」
するとキーンと甲高い音が聞こえ不思議なことが起こった。
「え」
「何これ」
ならず者が止まっているのである。ナイフを突きつけ、アルムに手を伸ばしたままの姿勢でピクリともしない。
「カケルさん、見て!」
アルムが空を見上げている。その視線の先には鳥が浮いていた。飛んでいるのはない。空中で止まっているのである。
「とにかく逃げよう!」
カケルはアルムの手を引く。恐ろしく身体が重い。アルムも苦悶の表情を浮かべる。
「足が重い、です」
「頑張って進もう」
「はい」
二人は重い身体を引きずるようにその場から少しずつ離れていった。そして、ならず者から50歩ほど離れたところで力尽きた。二人は手を離す。
「おい! どこへ消えた!」
ならず者の怒鳴り声が響く。鳥が羽ばたく。
「どういうことだろう」
「鳥も飛んでいます」
二人は街角を曲がって身を隠す。
「今僕たちは手をつないだ」
「そうしたら、あの怖い人の動きが止まりました」
ちょうどそこへ通りかかる人がいた。
二人は無言でうなづき、手をつないだ。キーンと音がした。歩いてきた人が動きを止めた。
「これはどういうことだ」
「手をつなぐと動きが止まるようです」
手を離す。通行人は何食わぬ顔で通り過ぎる。
手をつなぐ。通行人がピタリと止まる。
「これは」
「すごいです」
二人は手を取り合ってその場で何度も跳ねて喜んだ。
「しかし、身体が重い」
「重いですね」
「それに、ものすごく疲れる」
「はい」
二人は手を離す。軽く肩で息をしていることに気づく。
「理屈は全くわからないけど、僕たち二人が手をつなぐと世界が止まるらしい」
「カケルさん、これってすごいことですよね!」
「世界が止まれば、何でもできる」
「私たち、最強じゃないですか!」
二人の前方に確かな光が初めて見えた。
だが、それは果てしない冒険の始まりでもあったのだ。
「ま、ま、待って」
待ってくれ! と本当なら大声を出したかった。しかし、気の弱いカケルにはそれができなかった。震える声で、精一杯の反抗を試みるしかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってく……ださい。僕がもういらないってどういうことですか?」
リーダーは自分の顔の前で勢いよく両手をパンと叩くと深々と頭を下げた。
「いやほんとおおおおおに申し訳ない、カケルくん。つまりはそういうことだ」
「リーダー、こんなやつに頭下げる必要ないですよ」
口を挟んだのは女剣士だった。女剣士は威嚇するようにテーブルをバンと叩くと足を組み直した。さらに女魔法使いがなだめるように割り込む。
「まあまあ、喧嘩腰にならなくても、ここは穏便に、ね」
頭を上げたリーダーがずいと身を乗り出す。
「今探索中のダンジョン、もうマップが完成したよな」
「はい。おそらくあとはボス部屋を残すだけかと」
カケルが答える。
「カケルくん、君の役割はマッパーだよね。というかマッパーだけだよね。他に何かできたっけ?」
マッパーとは言葉通りダンジョンのマップを作る役割だ。ジョブというほどではない。特殊なスキルもいらない、誰にでもできる作業であった。カケルはまさにそのマッパーとしての役割を果たしていた。
カケルは必死に食い下がる。
「え、でも、もしかしたらボス部屋の先があるかもしれないし、それにアイテム持ちだってできます!」
女剣士が失笑する。
「マップ描きとアイテム持ちがボス戦で何をするんだよ。なんで私たちがお前を守りながら戦わなきゃならない?」
女魔法使いがやはりなだめるように口を挟む。
「あのね、これはカケルくんのことを考えた結果なんだよ。ほら、カケルくんのスキルは、えと、アレだし」
スキルというのはこの世界で各個人特有の能力である。その発現は完全にランダムとされる。剣のスキルがあればリーダーと女剣士のように前衛で戦い、魔法スキルがあれば女魔法使いのように後衛から戦う。ところが、カケルのスキルはというと、ただ「逃げる」だけだった。それも自分だけ。しかも……
「自分だけ逃げる上に制御不能で壁に激突して自滅とか、ダンジョン内で全く使えないスキルだよな」
「それは、確かに」
そうであった。カケルのスキルはその場から目にも止まらぬ超高速で逃げるのだが、本人にも制御できず、壁や障害物があれば激突して大怪我をする。いや、命を落とす危険性すらあるのだ。スキルの発現した幼い頃、それで大変な目にあっている。
リーダーが優しい声で決断を下す。
「カケルくん、今までありがとう。これは気持ちばかりの報酬だ」
ほんとに気持ちばかりのわずかな報酬であった。
こうしてカケルは一人になった。
一人になった冒険者がやれることは二つだ。一つは仲間を探すこと。もう一つはおとなしく故郷へ帰ることだ。カケルは当然、前者を選ぶ。しかし、もともと内気なカケルが仲間を探すのは大変な労力を要する。一応、ギルドの受付には相談してある。とは言っても、役に立たないダメスキル持ちを好んでメンバーに加えるパーティなどあるわけがない。マッパーやアイテム持ちのように誰でもできる雑用係を求めるようなパーティもそうそうないのだ。
カケルは放心してだらりと椅子にもたれている。
そこへギルドの受付嬢が声をかけた。
「カケルさん、早速ですがあちらに仲間募集の方がいらっしゃいます」
「え」
とカケルは驚いて椅子から立ち上がった。いくら何でも早すぎる。そんなうまい話があるのか、とばかりに受付嬢のいう「あちら」に目を向ける。
そこには一人の村娘にしか見えない少女がいた。
「え?」
とカケルは受付嬢に目をやる。受付嬢はにっこり微笑む。
「ではあとはお二人でご相談ください〜」
受付嬢は去っていった。
さて、どうするか。と考え始めた矢先に向こうから挨拶されてしまう。
「あの、こんにちは」
「あ、こ、こ、こんにちは」
「あの、今日は良い天気ですね」
「え、あ、そうですね」
「えへへ」
「あはは」
この子も自分と同類だ、とカケルはわかった。少女はぎこちない笑顔でこちらに何か期待している。え、待って、こういうとき何を話せばいいんだ?
「あの」
「はいぃ」
「その」
「はいぃ」
「え、どんな感じで、その」
「え、受付嬢さんが、あなたが仲間にしてくれるって」
「あ、そうなんですね」
待て待て待て。いや、何をどう待てというんだ。え、いや、ほんと、こういうときどうすればいいんだ。カケルは困惑している。
「え、あの、僕は男性ですよ」
「はい、心強いです、よろしくお願いします!」
「あ、はい」
待て待て待て待て。ほんとちょっと待って。カケルの体温が上昇する。
「自己紹介まだでしたね、私の名前はアルムです」
「あ、僕はカケルです」
「まあ、良いお名前ですね」
「あ、そ、そちらこそ」
待て待て待て待て待て。そういうことじゃないだろ。カケルは自分の顔が熱くなっていることに気づく。多分、真っ赤だろう。アルムと名乗った少女は先ほどよりはぎこちなさのなくなった笑顔でこちらをじっと見ている。
アルムは背が低い。全体としては、どこからどう見てもただの村娘だ。短めの髪、冒険者には見えない普通の服、サンダル。場所が場所なら「おつかいですか」と問えるだろう。
「え、あの、アルムさんは冒険者?」
「になりたいです!」
まだ一般人だった。カケルは肩を落とす。それでも露骨に嫌な顔は性格的にできない。多分作り笑いを見抜かれるかなと思いつつ、笑顔で対応する。
「あ、そうなんですね」
「はい!」
待て待て待て待て待て。いや、少し時間をくれ。でも、どうしよう。カケルは困り果てていた。仲間が見つかったのは嬉しいが、一般人である。さらに、情けないことに自分はさきほど追放されたばかりの役たたずだ。さらにさらに情けないことに、できれば強いパーティに入りたかった。このままでは、自分がこのアルムを守る側になってしまう。どうにかして、いや、何をどうするのだ、ああ、困った。カケルは本当に困っていた。決断力、何それ? な人生である。
「あの、ごめん、僕のスキルは本当に使えないダメスキルなんだ」
「そうなんですね! 私と同じ!」
「あ、スキル持っているんですね、すごい」
「見てもらえます? 私のスキル」
アルムは静かに祈りのポーズをとった。何だろう。聖なる力? 回復系? カケルは少しだけ期待感が出てきた。
しかし、少女は微動だにしないまま時間だけが過ぎていく。
「あの、アルムさん?」
返事はない。
「おーい」
返事はない。
「もしもーし」
返事はない。
何これ。カケルは祈りのポーズのままフリーズしているアルムをどうしたら良いのか全くわからなかった。
その後も何度か呼びかけるが全く返事はなかった。
どれくらい時間が経ったか、突然アルムが再起動した。
「これが私のスキルです」
「え、どれ」
「私のスキルは集中です! ものすごく集中できるのです」
「あ、そうなんですね」
「そうなんです」
え、何それ。
「集中して何がどうなるんですか」
「集中するだけですよ。ものすごく深く集中するので周囲の音も聞こえなくなるぐらいです」
「それって」
「はい! ダメスキルですよね」
えへっとばかりにアルムが笑う。
「こんなダメスキルじゃ誰も仲間に入れてくれないんです」
いや、そんな村娘の姿じゃそもそもだが。しかし、カケルは自分もダメスキルのためにパーティ追放された身。早く言えばアルムに同情している。さらに天性の優柔不断、内気さも手伝ってこう口走るのだ。
「よ、よろしく、アルムさん」
「はい! よろしくお願いします、カケルさん!」
こうしてダメスキルコンビが誕生してしまった。
同時にこれが最強伝説の始まりでもあったのだ。
街を出てすぐの草原にカケルとアルムの二人はやってきた。
「それじゃ僕のスキルを見せるね」
「はい! 楽しみです」
「楽しくはないよ」
カケルは周囲を確かめる。視界に障害物は見当たらない。大きな木も岩もなさそうだ。
「じゃあ、行くね。これが僕の」
瞬間、カケルの姿が消えた。
「カケルさん!?」
カケルが目の前から消えたので驚くアルム。
おーい、と遠くから声がする。アルムが声の方向を探るとはるか先からカケルらしき人物が手を振っている。おいでおいで、と手招いているようだ。アルムはカケルに駆け寄る。
「はぁはぁ、すごいです、カケルさん」
ようやく走りついたアルムが息を切らす。
「いや、これ『逃げる』だけのスキルなんだ。自分でも制御できない」
「でも一瞬で移動するなんてすごいです!」
「もし途中に障害物があったら、ぶつかる」
「ええ」
「最悪、激突死する。今もこのスキルでアルムさんのところに帰らなかったのは、万が一アルムさんに激突したらまずいからだよ」
「使い道は、えと」
「ないよね。こういう草原ならともかく、ダンジョンでは自滅するだけだからね。ダメスキルさ」
「そんなことないです! きっと何かの役に立つはずです!」
「かなあ?」
「私はフリーズ、カケルさんは、クラッシュですか。うふふ」
「あはは」
二人は笑いあった。
再び街に戻る。とりあえず今後のことを話し合わねばならない。二人で冒険するのか、それともどこかのパーティに入れてもらうか。とはいえ、ダメスキル一人でも大変なのにそれが二人になったらまず期待できないだろう。ギルドに向かうのはやめた。
裏道を歩きながら二人で思案する。
「ここは一から、いやゼロからスタートかな」
「スキルが使えなくても、地道にレベルを上げて行けばいいですよ」
それを完全一般人に近いアルムに言われるのもどうかなとカケルは苦笑した。
「ここにお金なら少しある」
前パーティが渡されたほんとに心ばかりの報酬袋をカケルがみせる。
「お金なら私も少しだけ持ってきました」
アルムがニコリと財布をだす。
さて、人気のない裏道でそんな無防備なことをするとどうなるか。
「おい。よこしな」
こうなるのである。
「え、何」
その瞬間、きらりと何かが光る。目の前にナイフを突きつけられている。盗賊、いや、ただのならず者か。ボロを纏っているがナイフの輝きは鋭い。声からして男である。
「死にたいか?」
「カケルさん!」
アルムが声を上げる。刹那、ナイフの切先がアルムに向く。
「ま、ま、待て、か、か、金なら渡すから、そ、そ、その子には」
喉が詰まる。声が震える。全身から汗がふきだす。
「金をくれるならこいつもくれよ」
完全に舐められている。
「ま、待て、ほんとに、そ、その子には手を」
「ああ!? 聞こえねえな!」
こんなときどうすれば良いのか。逃げる。そうだ、逃げよう。
「カケルさん! 助けて!」
アルムが悲鳴を上げる。
とっさにカケルはアルムの手を取った。
「逃げよう!」
するとキーンと甲高い音が聞こえ不思議なことが起こった。
「え」
「何これ」
ならず者が止まっているのである。ナイフを突きつけ、アルムに手を伸ばしたままの姿勢でピクリともしない。
「カケルさん、見て!」
アルムが空を見上げている。その視線の先には鳥が浮いていた。飛んでいるのはない。空中で止まっているのである。
「とにかく逃げよう!」
カケルはアルムの手を引く。恐ろしく身体が重い。アルムも苦悶の表情を浮かべる。
「足が重い、です」
「頑張って進もう」
「はい」
二人は重い身体を引きずるようにその場から少しずつ離れていった。そして、ならず者から50歩ほど離れたところで力尽きた。二人は手を離す。
「おい! どこへ消えた!」
ならず者の怒鳴り声が響く。鳥が羽ばたく。
「どういうことだろう」
「鳥も飛んでいます」
二人は街角を曲がって身を隠す。
「今僕たちは手をつないだ」
「そうしたら、あの怖い人の動きが止まりました」
ちょうどそこへ通りかかる人がいた。
二人は無言でうなづき、手をつないだ。キーンと音がした。歩いてきた人が動きを止めた。
「これはどういうことだ」
「手をつなぐと動きが止まるようです」
手を離す。通行人は何食わぬ顔で通り過ぎる。
手をつなぐ。通行人がピタリと止まる。
「これは」
「すごいです」
二人は手を取り合ってその場で何度も跳ねて喜んだ。
「しかし、身体が重い」
「重いですね」
「それに、ものすごく疲れる」
「はい」
二人は手を離す。軽く肩で息をしていることに気づく。
「理屈は全くわからないけど、僕たち二人が手をつなぐと世界が止まるらしい」
「カケルさん、これってすごいことですよね!」
「世界が止まれば、何でもできる」
「私たち、最強じゃないですか!」
二人の前方に確かな光が初めて見えた。
だが、それは果てしない冒険の始まりでもあったのだ。
