「すーばーるっ」
放課後の二年A組の教室。入口で呼ぶと、窓際の席ですばるが顔をあげた。
「瑛人」
ふわっと笑った顔は男前なんだけど、俺からするとすごく可愛くも見える。これが惚れた欲目ってやつだろうか。とにかく俺の彼氏はすごく格好良くて、めちゃくちゃ可愛い。
「お迎えか、藤屋」
すばるの隣にいる森川が言い、俺は頷く。
「今日はカラオケ行くんだ。森川も一緒に行く?」
「馬に蹴られて死にたくないから行かない」
人の恋路を邪魔するヤツは……って話? 森川って真顔でとぼけたことを言うから、俺は結構そういうところが好きだし、すばると仲がいいのが頷ける。すばる、面白キャラに弱いもんな。
「千広、変なこと言うなよ」
真面目に照れて、ちょっと怒った顔になっているのはすばるの方。照れ隠しに険しい顔をして見せるところもすごく可愛いんだけど、そういうことを教室で言うと怒るので言わない。
なお、一週間前の体育祭の後、真っ赤な顔で視聴覚室に現れた俺とすばるを見て、森川は俺たちの恋愛の成就を即確信したらしい。
「すばる、眞子が戻って来る前に行けよ。俺が上手く言っておくから」
「あ、うん」
森川に促され、すばるは慌てて立ち上がる。
「行こうか、瑛人。千広、また明日」
「森川、またなあ」
連れ立って教室を出ると、昇降口を目指す。急ぎ足なのは職員室に行っている宮尾と鉢合わせしないためだ。
「なんか、こそこそさせてごめん」
すばるが言うので俺は首を横に振った。
「いやあ、もとはと言えば俺が印象最悪なのが悪い」
宮尾は、一度すばるのことを振って傷つけた俺を毛嫌いしているため、実はまだ俺とすばるが付き合い始めたと報告していない。もう少し時間を置いて報告すべきと提案したのは森川だ。
「眞子は、俺を弟みたいに思ってるから過剰反応するんだ。でも、瑛人がいいヤツだってわかれば、きっと仲良くなれるから」
「うーん、だといいなあ」
そう答えながら心の中でちょこっと訂正。たぶん、宮尾のすばるへの気持ちには恋愛感情がまじっているのだと思う。友情と恋愛感情の比率はわからないけれど。だから、すばるが惹かれた俺のことが許せないんだろう。
(まあ、だからといって、すばるは絶対に渡さないけど)
もしも、宮尾が猛反対してすばるにもうアプローチをしてきても、すばるはもう俺の恋人だ。宮尾にも宮尾以外にも渡さない。
でも、宮尾はすばるの幼馴染だし、いずれは認めてほしいなあとも思うんだけど。
「瑛人? どうした?」
靴を履き替え、きょとんと俺を見上げてくるすばるに胸がきゅんとする。
「あー……、やっとふたりでカラオケ行けるなあって」
「うん、そうだね。一年の頃、行こうって言って行かず仕舞いだったもんなあ」
「歌いたい曲、全部歌おうよ」
「あはは、喉枯れそう」
並んで歩きながら、隣にあるその手を繋ぎたいなと思った。男女のカップルなら普通に繋ぐんだろうな。俺たちがそうやって、人目を気にせず手を繋いで外を歩く日は来ないかもしれない。今この瞬間の大好きって気持ちだけじゃ乗り切れないこともあるかもしれない。
(それでもすばる、おまえといたい)
失えない、離れてはいられないって気づいてしまったから。俺はこの恋を一生大事に守ろうって決めたから。
「瑛人」
「なに?」
不意に呼ばれ、俺はすばるを見る。すると、すばるが照れたように頬を染めてつぶやいた。
「カラオケの個室に入ったらさ。ちょっとだけ手、繋いでもいい?」
なんだよ。俺の気持ち、全部声に出てたんじゃねえの?
俺は熱くなる顔としどろもどろの口調で返事する。
「手も繋ぐし、ハグするし、キスする!」
「いっぺんに全部は緊張するから駄目」
頬を染め、じとっと見てくる初心な恋人を、今すぐこの場で抱きしめたいと思った。
end
