凛は椅子に座ったまま固まっていた。目の前の再生機に映し出される映像は、まぎれもなく自分自身の記憶だった。だが、その内容は彼女が売却した家族の思い出とはかけ離れていた。
廃墟の中で、自分が立ち尽くしている。周囲には血が飛び散り、崩れた壁の隙間から差し込む薄明かりが、異様な光景を浮かび上がらせている。背後には黒い服を着た何人もの人影がうごめいていた。
「これは…何?こんなの、覚えてない…」
映像の中の自分は何かを叫んでいるようだったが、音声は消されていた。凛は画面の操作を試みたが、音声データは破損しているのか、どうやっても再生されなかった。
再生機を止め、凛は手に汗を握りながら深く息をついた。この映像が意味するものは何なのか。そして、なぜ彼女がまったく覚えていない記憶を追体験させられているのか。
「誰が、こんなことを…」
翌日、凛は思い切って記憶取引所を訪れた。自分が売却した記憶がどこに流れているのか、どうして第三者がそれを持っているのかを知りたかった。
受付で担当者に事情を説明しようとしたが、返ってきたのは冷たい対応だった。
「申し訳ございませんが、記憶売却後の管理はすべて取引所のシステムに基づいて行われております。記憶の行方や再販売に関する情報は、お客様にはお答えできません。」
「でも、私の記憶が誰かの手に渡っているんです!どうしてこんなことが…」
「そうした問題に関しては、取引所が責任を持って調査いたしますので、お客様はご心配なく。」
彼女の訴えは全く取り合ってもらえなかった。それどころか、担当者の顔はどこかぎこちなく、凛が話を続けるたびに周囲を気にするような様子を見せた。
不信感を抱きながらも、凛は何も得られないまま取引所を後にした。だが、出口に向かう途中、廊下の隅で一人の若い男性が凛に声をかけてきた。
「…この件に関心があるなら、夜10時に『地下マーケット』に来てください。」
男性はそれだけ言い残すと、急ぎ足で去って行った。
その夜、凛は指定された場所に向かった。地下マーケットとは、合法的な記憶取引所の裏側で行われる違法取引の場だと噂されていた。そこでは、無許可で他人の記憶が売買され、非合法な記憶操作も行われているという。
マーケットに入ると、薄暗い空間に怪しげな光が浮かんでいた。テーブルごとに並べられた記憶カードには値札がつけられ、買い手たちはまるで骨董品を選ぶかのように記憶を吟味している。
「これが…裏の世界…」
凛が戸惑いながら歩いていると、昼間取引所で声をかけてきた男性が現れた。
「よく来たね。あの記憶、見たんだろう?」
「ええ。でも、あれは一体…」
男性は辺りを見回し、凛をマーケットの奥へと誘導した。そして、人目のつかない場所でこう告げた。
「君が売った記憶には『国家機密』が隠されている。それが今、違法なルートで流通してるんだ。」
「国家機密…?私の記憶が? そんなはずない…私はただ、家族の記憶を売っただけなのに!」
「それがただの記憶じゃないって話さ。取引所は君が知らない記憶を、意図的に『混ぜた』んだよ。」
凛は目を見開いた。
「混ぜた…って?」
男性によれば、記憶取引所は売却された記憶に「別の記憶」を埋め込むことがあるという。その目的は、国家に不利な情報を隠蔽するためだった。凛が売った記憶には、偶然にも国家の秘密実験に関する映像が紛れ込んでいたのだ。
「そんな…私はそんなこと、何も知らない。ただ普通の生活を取り戻したかっただけ…」
「でも、それが現実だ。そして君は今、その秘密の持ち主として狙われている。」
話を聞き終えた凛は、再び自宅で記憶カードを再生した。すると、前回見た映像の続きが現れた。廃墟で叫ぶ自分。そして背後に現れる黒い服を着た人物たち。
その中の一人がカメラに近づき、こう囁く。
「この記憶は抹消する。証拠は全て消える…」
映像はそこで途切れた。
「一体、何が起きてるの…?」
混乱する凛の耳に、玄関のノック音が響いた。時計を見ると夜中の2時。誰かが来るような時間ではない。
不安に駆られながらも、彼女がドアを開けると、そこには見覚えのある黒い服を着た男が立っていた。
廃墟の中で、自分が立ち尽くしている。周囲には血が飛び散り、崩れた壁の隙間から差し込む薄明かりが、異様な光景を浮かび上がらせている。背後には黒い服を着た何人もの人影がうごめいていた。
「これは…何?こんなの、覚えてない…」
映像の中の自分は何かを叫んでいるようだったが、音声は消されていた。凛は画面の操作を試みたが、音声データは破損しているのか、どうやっても再生されなかった。
再生機を止め、凛は手に汗を握りながら深く息をついた。この映像が意味するものは何なのか。そして、なぜ彼女がまったく覚えていない記憶を追体験させられているのか。
「誰が、こんなことを…」
翌日、凛は思い切って記憶取引所を訪れた。自分が売却した記憶がどこに流れているのか、どうして第三者がそれを持っているのかを知りたかった。
受付で担当者に事情を説明しようとしたが、返ってきたのは冷たい対応だった。
「申し訳ございませんが、記憶売却後の管理はすべて取引所のシステムに基づいて行われております。記憶の行方や再販売に関する情報は、お客様にはお答えできません。」
「でも、私の記憶が誰かの手に渡っているんです!どうしてこんなことが…」
「そうした問題に関しては、取引所が責任を持って調査いたしますので、お客様はご心配なく。」
彼女の訴えは全く取り合ってもらえなかった。それどころか、担当者の顔はどこかぎこちなく、凛が話を続けるたびに周囲を気にするような様子を見せた。
不信感を抱きながらも、凛は何も得られないまま取引所を後にした。だが、出口に向かう途中、廊下の隅で一人の若い男性が凛に声をかけてきた。
「…この件に関心があるなら、夜10時に『地下マーケット』に来てください。」
男性はそれだけ言い残すと、急ぎ足で去って行った。
その夜、凛は指定された場所に向かった。地下マーケットとは、合法的な記憶取引所の裏側で行われる違法取引の場だと噂されていた。そこでは、無許可で他人の記憶が売買され、非合法な記憶操作も行われているという。
マーケットに入ると、薄暗い空間に怪しげな光が浮かんでいた。テーブルごとに並べられた記憶カードには値札がつけられ、買い手たちはまるで骨董品を選ぶかのように記憶を吟味している。
「これが…裏の世界…」
凛が戸惑いながら歩いていると、昼間取引所で声をかけてきた男性が現れた。
「よく来たね。あの記憶、見たんだろう?」
「ええ。でも、あれは一体…」
男性は辺りを見回し、凛をマーケットの奥へと誘導した。そして、人目のつかない場所でこう告げた。
「君が売った記憶には『国家機密』が隠されている。それが今、違法なルートで流通してるんだ。」
「国家機密…?私の記憶が? そんなはずない…私はただ、家族の記憶を売っただけなのに!」
「それがただの記憶じゃないって話さ。取引所は君が知らない記憶を、意図的に『混ぜた』んだよ。」
凛は目を見開いた。
「混ぜた…って?」
男性によれば、記憶取引所は売却された記憶に「別の記憶」を埋め込むことがあるという。その目的は、国家に不利な情報を隠蔽するためだった。凛が売った記憶には、偶然にも国家の秘密実験に関する映像が紛れ込んでいたのだ。
「そんな…私はそんなこと、何も知らない。ただ普通の生活を取り戻したかっただけ…」
「でも、それが現実だ。そして君は今、その秘密の持ち主として狙われている。」
話を聞き終えた凛は、再び自宅で記憶カードを再生した。すると、前回見た映像の続きが現れた。廃墟で叫ぶ自分。そして背後に現れる黒い服を着た人物たち。
その中の一人がカメラに近づき、こう囁く。
「この記憶は抹消する。証拠は全て消える…」
映像はそこで途切れた。
「一体、何が起きてるの…?」
混乱する凛の耳に、玄関のノック音が響いた。時計を見ると夜中の2時。誰かが来るような時間ではない。
不安に駆られながらも、彼女がドアを開けると、そこには見覚えのある黒い服を着た男が立っていた。

