アカリは振り向いた。しかし、そこには誰もいなかった。ただ、霧が少しずつ濃くなり、彼女の周囲を取り囲んでいるだけだった。

「何が聞こえましたか?」ケイが心配そうに尋ねる。

「また……自分の声が。」アカリは震えながら答えた。「でも、意味がわからないんです。まるで……何かを思い出させようとしているみたいで。」

ケイは静かに首を振った。「それが囁きの正体なんです。灰霧町の伝説にある『影』は、誰もが心の中に抱えている過去を引きずり出してきます。そして、それを受け入れられないと……囁きに飲み込まれる。」

「過去……」アカリはその言葉を繰り返した。

その瞬間、彼女の頭の中に鮮明なイメージが浮かんだ。それは数年前、家族を失った事故の記憶だった。あの時、自分が運転していなければ、家族は死なずに済んだのではないか──そんな罪悪感が、今でも彼女の胸を締め付けていた。

「あなたはどうして……この町に残っているんですか?」アカリは急に聞きたくなった。

ケイは一瞬驚いたような顔をしたが、やがて答えた。「僕は兄を見捨てたんです。助けるべきだったのに……だから、ここを離れることができない。」

その言葉にアカリは胸が痛くなった。ケイもまた、自分と同じように後悔を抱えているのだ。そして、二人の間に流れる静寂は、森の中の空気の重さをさらに増幅させた。