翌日、アカリは町の図書館を訪れ、町についての資料を調べていた。昨夜の出来事が気になり、どうにかその正体を知りたかったのだ。古い本棚に並んだ埃まみれの本を手に取っていた時、後ろから声をかけられた。

「それ、町の伝説に関する本ですよ。」

振り返ると、一人の青年が立っていた。背が高く、ジャケットのポケットに手を突っ込んでいる。

「僕、ケイ。この町で中学校の教師をしてます。」

彼は控えめな笑顔を浮かべながら自己紹介をした。

アカリは少し戸惑いながらも、「アカリです。最近引っ越してきたばかりで……」と返した。

ケイは彼女が手にしていた本をちらりと見て言った。

「灰霧町の伝説を調べてるんですか? あまり深入りしないほうがいいですよ。この町には、知らない方がいいこともありますから。」

彼の言葉には何か含みがあり、アカリはその意図を問おうとしたが、ケイはすぐに話題を変えた。

アカリとケイは図書館で軽い会話を交わした後、しばらくの沈黙が続いた。どちらも、お互いの話の裏に隠されたものを探ろうとしているかのようだった。

「この町には……奇妙な話が多いですね。」アカリが慎重に言葉を選びながら口を開いた。

ケイは、彼女の言葉を否定も肯定もせずに静かに頷いた。「そうですね。でも、住んでいると慣れるものですよ。みんな、余計なことは気にしないようにしてますから。」

彼の言葉には、確かに暗い影があった。だが、その影は彼の目に宿る「何か」を隠すには十分ではなかった。

「何か気になることがあれば、僕に聞いてください。町の噂とか、伝説とか……」ケイは少しだけ微笑みを浮かべた。「教師という立場柄、子どもたちからいろいろ話を聞いてるんです。」

「そうですか……じゃあ、これについて聞いても?」アカリは、彼が見ていた本を指差した。それは「灰霧町の伝説」という薄い冊子で、表紙には霧に包まれた森の挿絵が描かれていた。

ケイは目を伏せ、少しの間言葉を飲み込むようにしていた。そして小さなため息をついた後、「それは……町の中でもあまり触れない方がいい話です」と答えた。

「でも、昨夜、私……」アカリは一瞬口ごもり、けれどそのまま話した。「灰色の小道を見たんです。そして、聞いたんです……自分の声で、囁きが。」

その言葉を聞いた瞬間、ケイの目が鋭くなった。それまで穏やかだった彼の表情が、一気に緊張感を帯びたものに変わった。

「それ、本当ですか?」