アホみたいに長く生きたわしからの最後の願いを叶えてくれや。
 ええかぁ。くれぐれも言うとくぞ。浜に落ちとる人魚を拾い食いしたらアカンぞ。死なれへんようになるからな。
 ほな、さいなら。

          ☆

「まさか、それを信じろと言うんですか?」
 余りにも突拍子も無い告白に羽田は呆れ果てていた。
「ええ、そうです。ここに祖父の脳みそと眼球を保存しているんですよ」
 そう言いながら、村上が羽田をキッチンへと導くものだから、訝しげに眉をピリつかせるようにして冷蔵庫を注視すると、村上は、アメリカ人が使いそうな大きな冷蔵庫の扉を開いた。
「えっ」
 冷気が頬をなぶった瞬間、羽田はギョッとして青褪めていた。シュールな光景に喉が詰まるような驚きが広がった。
 脳みその入った大きなボウルと、目玉の入った小瓶が置かれていて、その脇にピクルスや煮物などのタッパが整然と並んでいたのだ。
(おいおい、何なんだよ……)
 体の血がサーッと凍るような感覚になりながらも怒りを感じ、声が荒くなる。
「もしかして、先生は、オレの事をからかっていますか? それ、熊か猪のものですよね?」
「いいえ。僕は、何も嘘はついていませんよ。この目玉と脳は祖父のものですよ」
「……」
 羽田は、一気に押し寄せる息苦しさを感じてグッと喉を鳴らす。
 冷蔵庫を閉じて振り向いた村上が、どこか遠くを見るような目で懐かしそうに言った。
「僕の祖父は素敵な人でした」
 それは、羽田も理解している。
 しかし、村上の祖父への思いは常軌を逸脱してるように見える。
「戦後、アメリカ兵に写楽の絵を売って儲けたそうです。江戸時代の祖父こそが写楽だったのです。写楽が忽然と描かなくなったのは、つまり、歳をとらない事がバレる前に引っ越したせいです」
「はぁ……」
 狂気じみた告白をどう受け止めたらいいのか。