それでも、夜中に目が覚めたからのう、何とか山に帰ったんや。そやけど、わしの唇が溶けてくっついとんのよ。髪の毛も抜けてしもうた。
 口が開かんと不便なんや。不老不死でも腹は減る。顔や腕に刺さった破片を取り除いて、くっついた唇をナイフで裂く事が出来たわ。
 そうこうしとるうちに、どうしても、トマトが食いたなって人里に近寄って盗みに行った。
 その時、木にロープをかけて首を吊って死のうとした若者を見かけてな、そいつは、村外れの小さな家で隠遁生活をしとった。地主の三男や。身の回りの世話は、ばぁやが通いで来とるそうや。その男は、ちょうど三十歳。まだ独身やと言うとった。
 ニ年前に失明して兵隊をやめて帰国したが、生きてても仕方ないと泣きよるから、わしは冗談で言うた。
 わしの目を片方やる。
 わしの顔はドロドロで右目がダラーンと垂れとるから、ひょいと摘まんだんや。
 試しに、そいつの空っぽ眼窩に埋めたら、そいつの片目は見えるようになった。
 そやけど、わしの顔を見て化け物って叫んだんや。
 叫ぶだけやあらへん。わしに鎌を振り下ろそうとした。
 なんやねん。わし、胸がギュッと痺れて悲しゅうなってな、ドンッとそいつの胸を突いた。ほんなら、そいつは引っくり返って後頭部を石臼で強打して死んでもうた。
 わし、戦国時代でも人なんか殺したことはあらへん……。
 何ちゅう事をしてしもうたんかと脚が震えた。
 どないしょうと迷いながらも、そいつの目から目玉を取り戻した。グジュグジュの目玉を嵌め直したわ。ほんで、そいつの炊事場にあったトマトと瓜をポケットに入れて山奥に逃げた。瓜もトマトも美味かった。 
 化け物。その言葉を思い返すと胸がギュッと軋むわ。
 人から嫌われるのは辛いのう。あの頃のわしは同年代の友達もおらんかった。ほんまに孤独やった。