姫川真依さんは私の友達……いや、親友でした。運命的な出会いをしたのは中学2年生の時です。
 真依さんと私は小学校が違ったので、同じクラスになってから初めてお互いの存在を知りました。はじめは全然話たことがなかったけど、2学期の途中ぐらいに真依さんの方から話しかけてきました。それで仲良くなって、いつも一緒にいるようになりました。

 真依さんはまじめで、友達おもいの優しい人でした。私がうっかり忘れ物をしたり、宿題を忘れてしまったりした時にはいつも助けてくれました。それからよく、かわいい文房具なんかをプレゼントしてくれました。
 だから私もそんな真依さんのことが大好きでした。他にも仲の良い友達が何人かいたので、休み時間や放課後はみんなで真依さんの所に集まって遊んでいました。おしゃべりをしたり、ドッジボールやキャッチボールをしたり、本当はダメだけど放課後にこっそりショッピングをしたりもしていました。

 ラッキーなことに、3年生になっても私は真依さんと同じクラスになれました。それだけじゃなくて、席も近かったので嬉しかったです。私たちの学校では3ヶ月くらいに1度席替えをするのですが、どういうわけか真依さんとはいつも近くの席になれました。きっと神様がもっともっと仲良くなってほしいと願っていたのだと思います。

 私が真依さんの真横か真後ろの席になった時には、授業中にもこっそりおしゃべりをしていました。ノートの端っこにくだらない落書きや手紙を書いていて見せたり、椅子の下で足をつついてちょっかいをかけてみたり。でも真依さんはまじめなので、先生やまわりのみんなにバレないよう気をつかっているようでした。でもそれが面白くって、ついついからかいたくなってしまいました。

 一度授業の最中に、私の机の上をほんのごく小さなクモが歩いていたことがありました。どこにでもいるような、黒くて何の害もなさそうなやつです。そいつを捕まえた私はつい出来心で、真依さんに渡してみました。すると真依さんは「きゃーっ!」と悲鳴をあげて立ち上がり、クモを追い払おうとしました。当然授業は中断され、真依さんは担任の須藤先生に注意されてしまいました。
 真依さんは虫が苦手だったなんて、その時初めて知ったんです。私は悪いことをしたなと思いつつも、あまりの驚きようにちょっと笑ってしまいました。でもそんななんてことのない日常が、今となってはかけがえのないものだったなと思います。

 真依さんとは、休みの日もよく遊んでいました。たいていは2人きりではなく、他の友達も一緒でした。その中には、当時私が付き合っていた彼氏も混ざっていました。
 その頃私は年上の男性と交際していました。同い年の男子たちはみんなどこか子どもっぽく思えてしまうので、大人っぽい彼のことが大好きでした。頼りになるし、私の知らないようなこともたくさん教えてくれました。
 でも歳が離れているからこそ分からないこともたくさんあって、それで私はよく真依さんに恋愛相談をしていました。真依さんは快く相談に乗ってくれるだけではなく、私ではどうしようもない問題を、直接彼に会って解決してくれたりもしました。

 そんなことを繰り返しているうちに結局彼とも仲良くなって、彼の友達も含めて大人数で集まるようになりました。真依さんを中心にみんなで写真や動画を撮ることもあり、私たちは本当に楽しい日々を過ごしていました。でも、それも長くは続かなかったんです。

 その日は久しぶりに彼と2人で過ごす予定でした。しかし私は彼の家に行く前に寄り道をしないといけませんでした。彼が大好きなチョコレートバーをどうしても食べたいと言うのです。年上のくせに、そういうかわいい所もあったんです。
 厄介なのは、そのチョコレートバーが少し離れた所にあるショッピングモールにしか売っていないことでした。私の住んでいる地域は決して都会とは呼べるものではなく、中学のクラスも2クラスずつしかないような規模の町なので、近所にあるスーパーにはそれが置いてありません。私は彼の家とは逆方向のバスに乗って、ショッピングモールで買い物をしてから向かうことにしました。

 しかしそのバス停に向かっている途中でたまたま、すぐ近くにある小さな商店にそれが置いてあることが分かったんです。真依さんたちともよく行っていた所なので、今まではそれがなかったのは覚えています。恐らくお店の経営を立て直すために、そういうちょっといいお菓子なんかも置くようになったのだと思います。
 私はラッキーだと思って、早速そこでチョコレートバーを買いました。バス代が浮いたので、ついでにしょっぱい系のお菓子や飲み物も買って、急いで店を出ました。いつもは他のみんなと一緒なので、彼と2人きりで過ごせる久々の休日に浮かれていたんです。

 彼の家の前に着くと、乱れた呼吸と前髪を整えてから扉に手をかけました。普段から彼は家にいる間は鍵をかけないので、いつも通り扉は開きました。でもその先の光景はいつも通りではありませんでした。玄関に真依さんの靴があったんです。
 それまで複数人で会うことはあっても、真依さんと彼が2人きりになることはありませんでした。私は嫌な予感がしました。そしてその予感は、的中してしまいました。私は彼と真依さんに、裏切られたのです。

 彼はまさか私がこんなに早く来るとは思っていなかったようで、最初はびっくりした顔をしていましたが、次第に逆ギレをしはじめました。どうしてこんなに早く来たのかと、ひどいいじめっ子のような顔でキツく問い詰めてきました。私は彼と少しでも長く2人きりで過ごしたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったんでしょう。その時、真依さんがどのような顔をしていたかは正直覚えていません。私もかなり取り乱していて、「泥棒女!」などというひどい言葉をぶつけてしまったような気がします。
 結局私は独りその家から追い出されてしまいました。それ以来彼とは会っていません。

 それから数日の間、学校を休んでしまいました。私には、色々と考える時間が必要でした。彼とのことは終わってしまったけれど、真依さんとどんな顔をして会えば良いのか。会って、何を話せば良いのか。
 あれこれ悩んで1週間が過ぎ、ようやく学校へ行くことができました。でも、私は遅過ぎたんです。

 教室に着くと、真依さんの机に花が飾ってありました。真依さんは私が登校する前日に、屋上から飛び降りたのだそうです。
 真依さんの顔が見たかった。声が聞きたかった。せめてあと1日、たった1日早く学校へ行っていれば結末は変わったかもしれません。私がもっと早く心の準備をしていれば……。

 優しかった真依さんはもう居ません。真依さんの代わりになる人も、世界中のどこにも居ません。多分私は一生後悔することになると思います。