「先生……僕、妊娠したかもしれないです」

 少年は俯いておなかを押さえながら、そう言った。

「君は男の子だから妊娠しないよ」
「で、でも……うぇっ」

「大丈夫!?」

 口を押さえた少年に、駆け寄ろうとキャスター椅子を立った瞬間、床に嘔吐物がまき散らされた。

「う……おぇ……うぇ……おえぇ……」

 部屋中に広がる酸っぱい匂いと、目を突き出してしまうほどの涙をこぼしながら嘔吐し続ける少年。私は彼の背中をさすることしかできなかった。





「あの……僕、怖い、怖いです……あいつの子なんて産みたくない」
「うん」

「先生、中絶してください!」
 胸ぐらをつかまれる。

「糸川くん、落ち着いて。それは精神科じゃなくて産婦人科の仕事だし、君は男の子だから妊娠しないから、大丈夫だよ」

「何が大丈夫なんですか!!!」

 獣のように咆哮を上げながら頭を床に叩きつける。こうやっていつも、彼は彼でなくなって看護師二人に体を押さえられて保護室に連れていかれる。





 あんなに精神医学を勉強したのに、私は薬を出すことしかできないのか?

 ベッドの上、おむつ姿で両手両足を拘束されて廃人のように横たわる彼を見ると、どうにもならない無力感に襲われる。

 彼はどうしようもなく壊れてしまって、私は無力で、彼を治すことはできなかった。