「――魔王アマギレーって……天城さん!? 天城玲さん!?」
魔王軍のラスボスを前にして、素っ頓狂な声を上げた僕は、勇者としてこの異世界に召喚された高校生、霧島遥斗。
この世界のみんなはキリシ・マハルトと呼ぶ。
そして眼前の魔王は間違いなく、高校の同級生で生徒会長で……
憧れの初恋の人、天城さん(学校一の美貌は変わらないが、頭に角生えてるし、
深くスリットが入ったタイトドレスの向こうには尻尾まである気がする)だ。
彼女はある日突然学校に来なくなったのだが――僕より先にこの世界に呼ばれていたのだ。しかも、人類の敵として!
「やあ久しぶり、勇者マハルト。君がここに来るのをずっと楽しみにしていたよ!」
「え、天城さん、僕のこと覚えてるの?」
学校では会話どころか、クラスも別で、目を合わせたこともなかった。
……たった一度、あの時を除いて。
だから、彼女が僕の名前を覚えていて、……さらに「楽しみにしていた」なんて言われて、ちょっとドキッとしてしまった。
だが、彼女は生徒会長。多分同学年の名前ぐらい大体覚えているんだろう。
「……まあね。
ミスティステルスだっけ。空気のように見えなくなるなんてチートスキルが付与されたそうだね」
そう、そのスキルのお陰で並いる強敵を倒し、ここまで来た。しかし、学校で地味で目立たない、
友達もいな……言ってて悲しくなってきたが、そんな僕への嫌味のようなこのスキル、正直自慢にもならない。
「それで四天王を倒すなんて素晴らしい、君の活躍は魔術を使ってずっと見ていたよ。しかし……」
彼女は高い階段の上から、玉座に頬杖をついたまま不敵に笑う。
それはまさに魔王の笑みだった。
「それは私に通用するかな?」
昔の世界の知り合いに出会って気を抜いていた。
剣を握り直した手は汗だくだった。
この玉座の間を取り囲む魔族たちの野次・咆哮・罵詈雑言に混じって、仲間たちが戦う音が聞こえる。
時間がない。
「かかってこい、勇者マハルト」
魔王アマギレーは立ち上がり、僕を挑発した。
「やああああ――――――――!!!!!!」
叫びながら玉座への階段を駆け上り、途中でミスティステルスを発動する。
動画をミュートにしたように、僕の姿が消えると同時に、僕が発する全ての物音も消える。
外野の野次も、一瞬でざわめきに変わる。
(このまま、回り込んで横から切り込むッ……)
きっと天城さんは、魔族によってこの世界に召喚され、仕方なく魔王の役割を担っているんだろう。
彼女を取り押さえ、魔王軍を倒せば彼女を解放できるはずだ。絶対に負けられない――
――次の瞬間、僕の視界はぐるっと回転し、右肩からしこたま地面に激突した。
天城さんはいとも簡単に、見えないはずの僕を、足で払ったのだ。
思いも寄らない衝撃に、脂汗を流して悶える僕の顔を真上から覗き込みながら、天城さんは言った。
「……やはり丸見えだ。私のスキルは『天眼』。この世界のあらゆるものを見通す事ができる。
君がこの世界に来てから、冒険の活躍も、全て見ていた」
なるほど、生徒会長としてあらゆる生徒のことを常に気にかけていた彼女らしいスキルだった。
彼女は続ける。
「私は誰が何をしてるかをいつも見てる。前は生徒会長としてより良い学校を作るため。
そして今は、魔族も能力を活かせるより良い世界を作るためにね」
先ほどと違い、学校にいた頃と同じようににっこりと笑う天城さんの顔を見て、
過去に一度だけ言葉をかわしたあの時を、僕は鮮明に思い出した。
◯ ◯ ◯
同級生の嫌がらせで、大好きな小説を隠された時。
べそべそしながら校舎中を探す僕の前に、話したこともない天城さんが現れ、
「君のでは」とボロボロにされた本を持ってきてくれた。
「……どうして僕の本だって……?」
来た廊下をスタスタと戻りながら、天城さんは少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「君のことはいつでもよく見ていたからね……あ、ああ、もちろん生徒会長としてだけどね!」
廊下は夕日で輝いていたので、表情はよく見えなかったが、微笑んでいたように見えた。
単純な陰キャ男子高生の僕は、たったそれだけで勝手に彼女を好きになっていた。
「……こんな僕のことまで見ててくれたんだ」
◯ ◯ ◯
野次馬たちの、魔王を喝采する声が鳴り響く。
どうしよう。なんでも見通す彼女の瞳には、僕の小手先のスキルなど通用しない。
ここは日本ではない。
本当に僕はこのまま殺されてしまう。好きな人に殺されるなら本望、なわけない。
「……特に君のことなら、よく見ていたからね。霧島くん」
「え?」
魔王は僕を見下ろしたまま言う。
「勇気ある行動を見て私が初めて好きになった人なんだ。勇者となったのも頷ける」
「は?」
今「私が初めて好きになった人」と仰いました? 勇気? 全く心当たりがない。
聞き間違いだよね。 僕が一方的に好きだっただけで――
「勇者が君なら、方針転換だ」
魔王は僕に手を差し伸べると有無を言わさぬ口調でこう言った。
「世界の半分を君にやろう。私と一緒に、この世界を変えないか? 勇者マハルト」
その時の彼女の笑顔は魔王のものでも、真面目な生徒会長のものでもなく、
いたずらを考えてる可愛い女の子のものだった。
世界を変える? 征服ではなく?
各地で起きてる紛争は君が命じたものではないのか?
一体何をしようというんだ……
恐る恐る、だけど彼女の持つ独特の惹きつける何かが、僕の好奇心を掻き立ててしまって、
僕は魔王アマギレーの手を取ってしまったのだった。
魔王軍のラスボスを前にして、素っ頓狂な声を上げた僕は、勇者としてこの異世界に召喚された高校生、霧島遥斗。
この世界のみんなはキリシ・マハルトと呼ぶ。
そして眼前の魔王は間違いなく、高校の同級生で生徒会長で……
憧れの初恋の人、天城さん(学校一の美貌は変わらないが、頭に角生えてるし、
深くスリットが入ったタイトドレスの向こうには尻尾まである気がする)だ。
彼女はある日突然学校に来なくなったのだが――僕より先にこの世界に呼ばれていたのだ。しかも、人類の敵として!
「やあ久しぶり、勇者マハルト。君がここに来るのをずっと楽しみにしていたよ!」
「え、天城さん、僕のこと覚えてるの?」
学校では会話どころか、クラスも別で、目を合わせたこともなかった。
……たった一度、あの時を除いて。
だから、彼女が僕の名前を覚えていて、……さらに「楽しみにしていた」なんて言われて、ちょっとドキッとしてしまった。
だが、彼女は生徒会長。多分同学年の名前ぐらい大体覚えているんだろう。
「……まあね。
ミスティステルスだっけ。空気のように見えなくなるなんてチートスキルが付与されたそうだね」
そう、そのスキルのお陰で並いる強敵を倒し、ここまで来た。しかし、学校で地味で目立たない、
友達もいな……言ってて悲しくなってきたが、そんな僕への嫌味のようなこのスキル、正直自慢にもならない。
「それで四天王を倒すなんて素晴らしい、君の活躍は魔術を使ってずっと見ていたよ。しかし……」
彼女は高い階段の上から、玉座に頬杖をついたまま不敵に笑う。
それはまさに魔王の笑みだった。
「それは私に通用するかな?」
昔の世界の知り合いに出会って気を抜いていた。
剣を握り直した手は汗だくだった。
この玉座の間を取り囲む魔族たちの野次・咆哮・罵詈雑言に混じって、仲間たちが戦う音が聞こえる。
時間がない。
「かかってこい、勇者マハルト」
魔王アマギレーは立ち上がり、僕を挑発した。
「やああああ――――――――!!!!!!」
叫びながら玉座への階段を駆け上り、途中でミスティステルスを発動する。
動画をミュートにしたように、僕の姿が消えると同時に、僕が発する全ての物音も消える。
外野の野次も、一瞬でざわめきに変わる。
(このまま、回り込んで横から切り込むッ……)
きっと天城さんは、魔族によってこの世界に召喚され、仕方なく魔王の役割を担っているんだろう。
彼女を取り押さえ、魔王軍を倒せば彼女を解放できるはずだ。絶対に負けられない――
――次の瞬間、僕の視界はぐるっと回転し、右肩からしこたま地面に激突した。
天城さんはいとも簡単に、見えないはずの僕を、足で払ったのだ。
思いも寄らない衝撃に、脂汗を流して悶える僕の顔を真上から覗き込みながら、天城さんは言った。
「……やはり丸見えだ。私のスキルは『天眼』。この世界のあらゆるものを見通す事ができる。
君がこの世界に来てから、冒険の活躍も、全て見ていた」
なるほど、生徒会長としてあらゆる生徒のことを常に気にかけていた彼女らしいスキルだった。
彼女は続ける。
「私は誰が何をしてるかをいつも見てる。前は生徒会長としてより良い学校を作るため。
そして今は、魔族も能力を活かせるより良い世界を作るためにね」
先ほどと違い、学校にいた頃と同じようににっこりと笑う天城さんの顔を見て、
過去に一度だけ言葉をかわしたあの時を、僕は鮮明に思い出した。
◯ ◯ ◯
同級生の嫌がらせで、大好きな小説を隠された時。
べそべそしながら校舎中を探す僕の前に、話したこともない天城さんが現れ、
「君のでは」とボロボロにされた本を持ってきてくれた。
「……どうして僕の本だって……?」
来た廊下をスタスタと戻りながら、天城さんは少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「君のことはいつでもよく見ていたからね……あ、ああ、もちろん生徒会長としてだけどね!」
廊下は夕日で輝いていたので、表情はよく見えなかったが、微笑んでいたように見えた。
単純な陰キャ男子高生の僕は、たったそれだけで勝手に彼女を好きになっていた。
「……こんな僕のことまで見ててくれたんだ」
◯ ◯ ◯
野次馬たちの、魔王を喝采する声が鳴り響く。
どうしよう。なんでも見通す彼女の瞳には、僕の小手先のスキルなど通用しない。
ここは日本ではない。
本当に僕はこのまま殺されてしまう。好きな人に殺されるなら本望、なわけない。
「……特に君のことなら、よく見ていたからね。霧島くん」
「え?」
魔王は僕を見下ろしたまま言う。
「勇気ある行動を見て私が初めて好きになった人なんだ。勇者となったのも頷ける」
「は?」
今「私が初めて好きになった人」と仰いました? 勇気? 全く心当たりがない。
聞き間違いだよね。 僕が一方的に好きだっただけで――
「勇者が君なら、方針転換だ」
魔王は僕に手を差し伸べると有無を言わさぬ口調でこう言った。
「世界の半分を君にやろう。私と一緒に、この世界を変えないか? 勇者マハルト」
その時の彼女の笑顔は魔王のものでも、真面目な生徒会長のものでもなく、
いたずらを考えてる可愛い女の子のものだった。
世界を変える? 征服ではなく?
各地で起きてる紛争は君が命じたものではないのか?
一体何をしようというんだ……
恐る恐る、だけど彼女の持つ独特の惹きつける何かが、僕の好奇心を掻き立ててしまって、
僕は魔王アマギレーの手を取ってしまったのだった。
