「お茶でいい?」
「は、はい」

 俺の部屋に入ったシロは、座布団も何もないところでちょこんと正座をし、落ち着きなく辺りを見回している。

「そんな改まってどうしたの。昔はよくうちにも来たじゃん」

 小学生の頃はむしろ、シロがうちにいるのは当たり前の光景だった。

 夕飯の時間になっても俺にぴたりとくっついたまま「帰らない」と駄々をこねるのが恒例で、シロの母親が困り果てていたっけ。

「陽くんの部屋に入るのは初めてだから。なんか緊張して」
「それもそうか。団地は狭くて自分の部屋なんてなかったからなー」

 俺は冷蔵庫にあった麦茶を適当に注いで、部屋に持ち帰る。

 この部屋に家族以外の誰かを招き入れるのは初めてだ。シロがガチガチに緊張しているのが、俺にまで移りそうになる。

 こんな風に、幼馴染に緊張させられる日が来るとは思っていなかった。

 俺はお茶の入ったグラスをミニテーブルに置いた後、ベッドに腰掛け、深呼吸する。そして、両手を伸ばしてシロを呼んだ。

「おいで」
「えっ!?!?!?」

 シロは口をぽかんと開け、真ん丸な目でこちらを見つめている。

「嫌なの?」
「嫌なわけ……ないけど……」
「昔はよく抱っこしてってせがんだのに」
「昔とは違うよ。だって俺、陽くんのこと――」

 俺は微笑みながら、シロが言い淀んだ言葉を代わりに口にする。

「好きなんだろ? 恋愛的な意味で」
「なっ……え、は……?」

 シロの顔はみるみるうちに真っ赤になった。
 おかげで俺の自意識過剰ではないと分かる。

 やっぱりシロは俺のことが好きなのだ。

「卒業式の日の話、思い出したよ」
「な、な、な、なんで今更! 陽くんにとっては、忘れるくらいどうでも良いことだったんじゃないの!?」
「忘れてたというか、受け止め方を間違えてた。俺にとってシロはずっと、弟のような可愛い幼馴染だったから」

 その言葉が気に障ったのか、シロは突然声を荒らげる。

「それで、何? 可哀想だから相手してやろうとか、そういうこと!? そんなの全然嬉しくない! 俺が陽くんのこと好きなのと同じくらい、陽くんも俺を好きでいてくれないと嫌だ!!」

 折角かっこよく育ったのに、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。

 愛おしいなぁ、と思って俺は「付き合おうか」と口にする。

「だから、同情でそんなことを言われても――」
「同情じゃない。俺もシロのこと好きだよ。シロには俺だけ追っていてほしい。俺だけに我がままを言って、子どもみたいに癇癪を起こして、ぐちゃぐちゃになった顔を見せてほしい」

 我ながら随分歪んでいるけれど、きっとシロと同じくらい重いし、歪み同士がはまって丁度良い。

 俺が欲しいのはシロだけで、シロを受け止められるのも俺だけであってほしい。

 もう一度「おいで」と言う。
 シロは急に大人しくなって、俺に抱きつき、そのままベッドに押し倒した。

「俺の好きってこういうことだよ」
「うん。分かってる」

 肩口に顔を埋めてぐすぐすと泣く、大きな子どもの背中を撫でてやる。

「どうしよう。嬉しすぎる。これ、もしかして夢?」

 シロがそんなことを言うので、俺は不意をついて、シロの唇に軽く口付けた。

「どう? まだ夢だと思う?」
「やっぱりずるい。俺もする」

 ちゅ、ちゅ、とぎこちないキスの雨が降ってくる。

 幼かった時の触れ合いとは全然違うのに、あの頃と同じような幸福感と、安心感に包まれる。これが正解だったのだと思う。

「俺、東京の大学に行こうと思ってる。また二年離れることになるけど、追いかけてきてくれる?」
「行く。絶対追いかける」
「うん。そしたら一緒に住もう」

 シロは瞬きを繰り返した後、「嬉しい」と言ってふにゃりと笑った。

 また離れ離れになってしまうから、卒業までの一年は、とにかく甘やかしてやりたいと思う。

 俺は目を細め、愛おしい幼馴染をぎゅっと抱き寄せた。