「陽太、最近付き合い悪いじゃん」

 ホームルームが終わってすぐ、鞄を持って立ち上がった俺に、篠原は揶揄い気味に言う。

 友達の多い男だ。俺が一緒にいなくとも、何ら問題ない。そう分かっているからこそ、下校時間はシロを優先してしまっていた。

「んー。放っておくと、可愛い後輩が拗ねるから」
「なに、付き合ってんの?」

 意外な言葉に俺は目を丸くする。

「俺たち男同士だよ」
「別に、男同士でもあるだろ」
「そっか」

 側から見ると、俺たちは付き合っているように見えるのか。
 驚きはしたが、嫌悪感も拒絶感もない。篠原も同じく、動揺した素振りもなく淡々と話す。

「学校にいてもべったりだし、俺は敵視されてるし。あれはただの憧れとか、友情とか、そういうのじゃないだろ」
「シロが俺のことを、恋愛的な意味で好きってこと?」
「そういうこと。死ぬほどこじらせてそうだけど」

 篠原にずばりと言われて、俺は考え込んだ。

 シロが俺のことを好きなことくらい、見ていれば分かる。
 しかしそれは、男児が本来であれば母親に対して抱くような、独占欲だとか甘えの感情。要するに家族愛だと思っていた。

(シロは恋愛的な意味で俺が好きで、付き合いたい……?)

 何度も頭の中で反芻する。
 そうしているうちにふと、ドーナツ屋でシロに尋ねられたことを思い出す。

「卒業式の日に話したこと、覚えてる?」

 そうだ。卒業式の日、俺を待っていたシロは離れたくないと泣いて、真っ赤な顔で「陽くんが好き」と言ったのだ。

 だから俺は、「しばらくは会えなくなってしまうかもしれないけど、シロが同じ高校に入れたらいくらでも付き合ってやる」と言って慰めた。
 
(ああ。もしかしたらあれは、真剣な告白だったのか)

 俺にとってはいつもの延長線のようなやり取りだったけれど、きっとシロにとっては人生を丸ごと変えてしまうような、大事な約束だったのだろう。

(そんな話を覚えてないとなったら、そりゃ怒るよなぁ……)

 ドーナツ屋でのシロの不機嫌な態度に合点がいく。

 確かシロは、勉強が得意ではなかったはずだ。
 中学の頃は体格もひょろっとしていて、もっと地味だった。

 俺を追いかけるために、どれだけ努力をしてくれたのだろう。

「噂をすれば」

 篠原が後ろの扉に視線を向ける。
 俺がなかなか降りてこないせいか、シロは三階の教室まで迎えに来たようだ。

「篠原ありがと。おかげで気づけたよ」
「おー。礼ならジュース一本でいいぜ」

 随分と安い礼だなと思いながら、俺は篠原を睨みつけるシロの元へと向かった。