「あああああああーーーーーーっ!!!!」
「ちょっと志郎、近所迷惑!!」

 絶賛反抗期中の俺は、「母さんが怒鳴る声の方が近所迷惑だよ」とぼやいて、布団の中へと潜り込む。

(覚えてなかった! 覚えてなかった! 覚えてなかった! 俺は本気だったのに!)

 本当は大声で泣き叫びたいところ、怒られたので心の中で絶叫する。
 ドーナツ屋での一件は、それほど衝撃的な出来事だった。

 浅羽陽太――陽くん。二つ歳上の幼馴染で俺の好きな人。

 年上の幼馴染たちが俺を邪魔者扱いする中で、陽くんだけが唯一俺の傍にいてくれた。

 初めは『優しくて大好きなお兄ちゃん』だったけれど、自分の『好き』が恋愛感情であると気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 だって、手を繋ぎたいし、キスをしたい。家族のような関係では物足りなくて、恋人として彼の一番大切な人になりたい。

 そんなことを考え出したら止まらなくて、頭がおかしくなりそうになる。
 
 二年前、陽くんが中学を卒業した日に、ついに俺は勇気を振り絞り「好きだ」と告白し、「シロが同じ高校に入れたら付き合ってもいい」という約束――のはずだった。

 だから俺は、死ぬ気で勉強した。陽くんに釣り合う男になりたくて、体を鍛えて牛乳もたくさん飲んだ。
 やっとの思いで高校一年生の春を迎えたが、陽くんは約束のことを覚えていなかったらしい。

 覚えていないというよりは、俺の告白を真剣に取り合っていなかったのだろう。

 それなのに、陽くんも俺のことが好きで、付き合ってもらえると思い込んでいたなんて馬鹿みたいだ。いや、馬鹿だ。

 浅はかで、幼くて、どうしようもない。

(だから陽くんにも、真剣に相手してもらえないんだ。我がまま言って困らせてばっか)

 ひとしきり怒りと悲しみが押し寄せた後に、どっと自己嫌悪がやって来る。

 陽くんは大して勉強をしてる様子もないのに、余裕で学年一位をとれるような天才だ。

 きっと東京の難関大学に行くんだろう。それで「彼女なんていらないよ」とか言いながら、しれっといい会社に入って、いい人を見つけて結婚する未来が見える。

(駄目だ。受け入れられない)

 自分以外の人間が陽くんの隣に立つなんて。想像しただけで、じわりと涙が浮かぶ。

 何もかもに関心の薄そうな陽くんが、未だに俺に構ってくれるだけでも奇跡だ。

 多くを望んではいけないと頭では分かっているのに、一緒にいると独占したいし、もしかして望みがあるのではと思ってしまう。

(他の人にとられるくらいならいっそ――)

 それだけは絶対に駄目だ。
 頭を過る悪い考えをどうにか振り払う。

「はー、しんど」

 どうしたら、このドロドロでめんどくさい気持ちを抑えられるのだろう。
 ジェットコースターのように上下する感情に振り回されているうちに、気づけば夜が明けていた。