入学したばかりの一年が、三階の三年の教室まで上がって来ることはそうそうないだろう。

(だから、会えるとしたら下校途中)

 学校を出て駅へと向かう途中、住宅街を歩いていた俺は足を止めて振り返る。
 五メートルほどの微妙な距離を空け、後ろを歩いていた幼馴染も同じように立ち止まった。

 俺は「やっぱりな」と頬を緩め、こちらへ来るよう手招いてみる。
 昨日の件を反省したのか、今日は篠原がいないせいか、シロは黙って俺の隣に並んだ。

「離れて歩いてないで、声をかけてくれれば良かったのに」
「だって陽くん先輩だし、俺、昨日動揺して変なこと言ったから……」

 シロは俯いたまま、ぼそぼそ話す。

 百八十センチはあるだろうか。二つ下の幼馴染に、いつの間にか背を抜かれてしまっていた。
 伸びた髪は無造作だが、色白で鼻筋の通った整った顔をしており、女子にモテそうだ。

「背が伸びてかっこよくなっても、中身は可愛いシロのままなんだな」
「……」

 嬉しいよ、というつもりで言ったのに、シロは余計に項垂れてしまった。
 それが飼い主に叱られた犬のように見えて可愛い。

「まだあの団地に住んでんの?」
「うちも去年出た。今は駅前のマンションに住んでる」
「そっか」

 ランドセルを背負ったまま団地内の公園で遊んだり、誰かの家でゲームをしたり。
 ふと、幼い頃の情景が蘇る。

 あの時一緒に過ごしたメンバーのほとんどが団地を離れて、今では会うこともなくなった。
 
 もう二度とあの時間は帰ってこないのだと思うと、懐かしさとともに寂しさが胸を過るも、それだけだ。

 中学を卒業して以来、幼馴染たちとは一切連絡をとっていない。積極的に連絡をとろうとも、集まろうとも思わない。

(俺って結構冷めた人間なのかも)

 卒業して別の進路に進んだら、高校の友人にも会わなくなるのかもしれない。
 シロのように、追いかけてきてくれない限り――。

 隣を歩くシロとパチリと目が合う。
 どうやらシロは、ぼんやり考え事をする俺を観察していたらしい。彼は気まずそうに視線を逸らして呟いた。

「陽くんは変わったね」
「そうかな? 確かに高校入って、髪染めたりピアス開けたりしたな」

 いわゆる高校デビューというやつだ。
 好きな子ができたとか、そういうわけではなく、周囲の友人に流されるままこうなった。
 当初、親には叱られたが、自由な校風なので誰に注意されることもなく今に至る。

「見た目もだけど、落ち着いて、大人になった気がする」
「二つ離れてるからそう思うだけだろ」

 歩いて話しているうちに、いつの間にか駅についていた。
 階段を下り、改札を抜け、プラットフォームに下りてから、俺は何か言いたげな様子のシロに話しかける。

「今日この後、暇? 折角だから、もうちょい話そうよ」

 その言葉を聞いた瞬間、シロはぱっと目を輝かせた。

(分かりやすい)

 他の子たちのところに行かないで。僕といて。
 そう言って半泣きで後を追ってくる幼いシロが、可愛くてたまらなかった。

 流石にもう、そんな姿は見られないだろうけど。
 進学し、団地を出て、シロと会うことがなくなってからも、シロなら後を追ってきてくれるのではないかと、俺は心のどこかで期待していたのかもしれない。