「なー、陽太(ようた)。昨日のアレ、何?」

 二年の時からつるんでいる友人の篠原は、登校してきてそのまま、俺の前の席を陣取って尋ねる。

 篠原は去年の途中までハンドボール部員だったが、足の故障が原因で辞めてしまったらしい。以来、帰宅部の俺と遊ぶことが増えた。
 昨日、幼馴染と久しぶりの再会を果たした時も、実は隣にいたのだ。

「あれって、シロのこと?」
「いや、シロくん知らんがな」
「そりゃそうか。ピカピカの一年生だからな〜」
「中学の後輩?」
「そう。もっと遡れば小学校も幼稚園も一緒。同じ団地に住んでた二つ下の幼馴染」

 鷹取志郎――"シロ"は団地内に男の同級生がおらず、二つ上の俺たちにくっついて回っていたが、仲間外れにされることも多かった。
 俺はそんなシロが可哀想で、よく同級生たちの輪から抜けて構ってやっていたので、いつの間にか懐かれたらしい。

 高校に入る頃、俺の家は学区の異なる一軒家に引っ越してしまったが、シロはまだあそこに住んでいるのだろうか。

 昨日聞ければ良かったが、シロはすぐに立ち去ってしまった。
 まぁ、学年が違うとはいえ同じ学校なのだから、またそのうち会えるだろう。

「幼馴染だとしても、何で陽太がかっこよくなったとかで怒んの?」
「よく分かんないけど、理不尽だよね」

 俺は昨日のやりとりを思い出して笑ってしまう。

 下校途中、突然現れ「何でそんなにかっこよくなってんの」と睨みつけてきた幼馴染に、俺は「シロも、大人びてかっこよくなったね」と返した。

 すると、シロは「――っ!! そんなこと聞いてない!!」と噛みついてから、逃げるように去っていった。

 どう考えても理不尽だ。でも、何故だかその理不尽さにほっとしている自分がいる。

 昔から、シロは拗ねるとああなのだ。

 成長とともに見た目は随分変わってしまったが、中身はきっと、寂しがりで甘えたで、可愛いシロのままなのだろう。

「陽太がいいならいいけどさ。何か困ったことになったら言えよ」
「ありがとう。篠原がいたから緊張して変なこと言っちゃっただけだよ、たぶん」
「たぶんて……。前も大したことないって言いながら、メンヘラ女子に付き纏われてたじゃん」

 そんなこともあったなぁ、と俺は半年前の出来事を振り返る。

 相談に乗ってほしいと言われて応じていたら、いつの間にか彼氏認定されて、大量の病みメッセージが届くようになった恐怖の一件だ。

「大丈夫。そんなんじゃないよ」

 あれはあれ。シロはシロだ。

 篠原は、根拠のない自信に満ちた俺をじっと睨んで、呆れた様子で溜め息をついた。