私は茉奈さんが自殺したという神社へ向かう為、美咲さんとともに栃木へ向かう特急列車に乗り込みました。
平日ということもありさほど混雑していませんでした。
隣同士の席に座り、私はパソコンを、美咲さんはスマホをいじっていました。
それからどのぐらい経ったのか、正確には覚えていません。
ただ、突然美咲さんが『きゃははっ』と声を上げて笑ったんです。突然のことだったので驚きましたが、スマホでなにか面白い動画でも見ているのかなと悠長に考えていました。
すると、彼女はバッグの中に徐に手を突っ込んで紙とボールペンを取り出しました。
座席についているテーブルに紙を置くと、ペンを走らせました。
それ自体、おかしなことはありません。
緊急にメモをとりたくなることもあるでしょう。
けれど、すぐにその異変に気が付きました。彼女は目を見開いたまま『あははっ』と笑いました。
なんの感情もこもっていない声でした。
彼女は目を大きく見開いて、口元に笑みを浮かべていました。
そして、文字を書き殴ったのです。
『死ね』『ごめんなさい』と一行ずつA4の紙にびっしりと。
敦也さん、A、B、X君、四人と共通していました。
異常な事態に全身に鳥肌が立ちました。
背筋に冷たい電流が走り、私は美咲さんを止めようと腕を掴んで制止しました。
でも、止めることはできませんでした。彼女はまるで操り人形のようでした。
背中を丸めた彼女は疲れを知らないのか、一心不乱に文字を書き続けます。
笑みを浮かべる口元からはボタボタと涎が垂れていました。目は血走りとても正気とは思えませんでした。
三分の二ほど紙を埋めたでしょうか。仕上げとばかりに彼女は子供のような絵を描き始めました。
車のようなものの隣に人らしきものが寝転んでいました。その人間には頭がなく、少し離れた場所に転がっていました。足はあらぬ方向に折れ曲がっています。
これは大変なことが起きていると、私は事の重大性をようやく理解しました。
私はその様子を動画に収めようとしました。
何事も証拠がなければ信じてもらえないのは経験済みです。
手が震えてバッグから取り出すのにも時間がかかりました。
写真から動画にしようと切り替えようとしましたが、焦りすぎたせいでインカメにしてしまいました。
スマホ画面に自分の顔が映し出されました。焦っているはずの私の顔には、笑顔が浮かんでいました。
それは自分でもゾッとするほどに邪悪な笑顔でした。
大きく見開いた瞳は吸い込まれそうなほどに真っ黒で、
ただ口元だけが楽しそうに笑っていました。ですが、実際の私は一切笑っていません。
これは一体どういうことなのかと、急に恐ろしくなってきました。
これは間違いなく、怪奇現象なのです。
私は巻き込まれてしまったのでしょうか?
しばらくの間、気味の悪い自分の笑顔ををスマホ越しに眺めていました。
それから数分で、美咲さんは正気を取り戻しました。
『私、今寝てました?』と聞かれて私が美咲さんの前にある紙を指差すと、彼女は絶叫しました。
私は周りの乗客に頭を下げて謝った後、美咲さんを必死になだめました。
『次は私なの……?そういうことだよね?どうしよう、私死ぬの?ねえねえねえってば!』
美咲さんはどうしてこんなものが目の前にあるのかと私を問いただしました。
私は先程の経緯を美咲さんに伝えました。突然人が変わったかのように紙に文字を走らせ、さらに不気味な絵を描いたと。美咲さんは狼狽し、ボロボロと涙を流して泣き出しました。
私はかける言葉が見つかりませんでした。
助けて欲しいと懇願されましたが、私には彼女を助ける方法はありません。
一通り泣いた後、あんなに取り乱していたのが嘘かのように、彼女は魂の抜けたような虚ろな目で繰り返しました。
『しをもってつぐないます』『しをもってつぐないます』『しをもってつぐないます』
そのあと、何度声を掛けても、美咲さんはほとんど反応してくれませんでした。
数時間前まではぺらぺらと流暢におしゃべりしていた美咲さんのあまりの変わりように私は絶句しました。
美咲さんの自宅の最寄りの駅まで到着しました。電車に乗る前の彼女の話では、駅まで母親が迎えに来るということでした。
こんなにもおかしな状態の美咲さんとさよならするのは気が引けました。
私は美咲さんとともに寂れた改札を抜けました。
ロータリーにそれらしき車はありませんでした。
美咲さんは私が止めるのも無視してどんどん歩いて行ってしまいます。
重たそうな体を引きずるように美咲さんはややうつむき気味に歩きます。
その先には横断歩道がありました。
信号は赤でした。私は美咲さんの腕を掴み制止しました。
美咲さんはまだぼんやりしていましが、足を止めてくれたことにホッと胸を撫で下ろしました。
そのときタイミングよく電話が鳴り、私は電話を耳に当てました。
相手は田舎の母でした。元気にしているかと聞かれてうんと答えた時でした。
「死ね」という男とも女とも違う声が耳の中に流れ込んできました。
「ねえ、今死ねって言った?」
『え?なんて言ったんだい?』
どうやら耳の遠い母には聞こえていなかったようです。
すると、美咲さんが突然、私の腕を勢いよく振り払いました。
あっと思ったのもつかの間、美咲さんは車道にふらりと足を踏み出しました。
右側から大型トラックが迫っていました。物凄いクラクションが辺りに響き渡りました。
なんとかしようと、手を伸ばしましたが間に合いませんでした。
無情にも美咲さんはトラックに跳ねられてしまいました。それはきっと、はたから見れば一瞬だったことでしょう。
でも、私の目にはその光景がまるでスローモーションのように鮮明に映りました。
トラックにぶつかった拍子に美咲さんの体はトラックの前方に跳ね飛ばされました。キキーッというブレーキ音が轟きました。スピードを出していたトラックはすぐに止まれず、仰向けで倒れる美咲さんを踏みつけました。
グリグリグリグリと美咲さんの体が引きずられ、回転しました。
血の跡が道路にシミをつくっています。
トラック数十メートル先でようやく止まりました。
タイヤに巻き込まれた美咲さんと目が合いました。
首から下のない美咲さんは目を見開いたまま、笑っていました。
その顔に、私は見覚えがありました。
それは先程インカメに映った自分の顔でした。私も美咲さんのように目を見開いたまま笑っていたのです。
キーンッと甲高い耳鳴りがします。酷い頭痛に目の前が白く霞んで、意識が遠退いていくようでした。
『ちょっとどうしたの?ねえ、聞こえる?』
呆然と立ち尽くす私は呼びかける母の声で我に返りました。
事故に気付いた周りの人が警察や救急車を呼び大騒ぎしていました。
「ごめん、お母さん。また後で連絡するから」
『アンタ、大丈夫?昨日も電話かけてきたでしょう?』
「え……?かけてないけど」
『死ね』
「ちょっとお母さん、今また私に死ねって言ったよね?」
『そんなこと言ってないわよ』
「どうしてそんな嘘をつくの?……そうだよね、分かってるよ。私はダメな娘であり母親だったもんね。ごめんね、お母さん。こんな娘で。私なんて産んで後悔してるんでしょ!?」
こんなことを言うつもりはなかったのに、止まりませんでした。
『大丈夫かい?最近疲れてるんじゃない?最近毎日のように夜中に電話かけてくるでしょ……?何を言ってもずっと笑ってるし。もしあのことでまだ悩んでるならお母さんに――』
会話はそこで切れました。というのも、ここからの記憶が定かではないのです。
意識を取り戻したとき、私は病院のベッドの上にいて、点滴を受けていました。
病院には警察もやってきて、美咲さんが事故に遭った経緯を聞かれました。
私は全てを正直にお伝えしました。でも、警察は私のことを訝し気な目で見つめるだけで、信じようとはしませんでした。
警察の話では、美咲さんはその場で死亡が確認されたとのことでした。
そして、美咲さんの息子さんの行方が分かっていないと告げられました。
平日ということもありさほど混雑していませんでした。
隣同士の席に座り、私はパソコンを、美咲さんはスマホをいじっていました。
それからどのぐらい経ったのか、正確には覚えていません。
ただ、突然美咲さんが『きゃははっ』と声を上げて笑ったんです。突然のことだったので驚きましたが、スマホでなにか面白い動画でも見ているのかなと悠長に考えていました。
すると、彼女はバッグの中に徐に手を突っ込んで紙とボールペンを取り出しました。
座席についているテーブルに紙を置くと、ペンを走らせました。
それ自体、おかしなことはありません。
緊急にメモをとりたくなることもあるでしょう。
けれど、すぐにその異変に気が付きました。彼女は目を見開いたまま『あははっ』と笑いました。
なんの感情もこもっていない声でした。
彼女は目を大きく見開いて、口元に笑みを浮かべていました。
そして、文字を書き殴ったのです。
『死ね』『ごめんなさい』と一行ずつA4の紙にびっしりと。
敦也さん、A、B、X君、四人と共通していました。
異常な事態に全身に鳥肌が立ちました。
背筋に冷たい電流が走り、私は美咲さんを止めようと腕を掴んで制止しました。
でも、止めることはできませんでした。彼女はまるで操り人形のようでした。
背中を丸めた彼女は疲れを知らないのか、一心不乱に文字を書き続けます。
笑みを浮かべる口元からはボタボタと涎が垂れていました。目は血走りとても正気とは思えませんでした。
三分の二ほど紙を埋めたでしょうか。仕上げとばかりに彼女は子供のような絵を描き始めました。
車のようなものの隣に人らしきものが寝転んでいました。その人間には頭がなく、少し離れた場所に転がっていました。足はあらぬ方向に折れ曲がっています。
これは大変なことが起きていると、私は事の重大性をようやく理解しました。
私はその様子を動画に収めようとしました。
何事も証拠がなければ信じてもらえないのは経験済みです。
手が震えてバッグから取り出すのにも時間がかかりました。
写真から動画にしようと切り替えようとしましたが、焦りすぎたせいでインカメにしてしまいました。
スマホ画面に自分の顔が映し出されました。焦っているはずの私の顔には、笑顔が浮かんでいました。
それは自分でもゾッとするほどに邪悪な笑顔でした。
大きく見開いた瞳は吸い込まれそうなほどに真っ黒で、
ただ口元だけが楽しそうに笑っていました。ですが、実際の私は一切笑っていません。
これは一体どういうことなのかと、急に恐ろしくなってきました。
これは間違いなく、怪奇現象なのです。
私は巻き込まれてしまったのでしょうか?
しばらくの間、気味の悪い自分の笑顔ををスマホ越しに眺めていました。
それから数分で、美咲さんは正気を取り戻しました。
『私、今寝てました?』と聞かれて私が美咲さんの前にある紙を指差すと、彼女は絶叫しました。
私は周りの乗客に頭を下げて謝った後、美咲さんを必死になだめました。
『次は私なの……?そういうことだよね?どうしよう、私死ぬの?ねえねえねえってば!』
美咲さんはどうしてこんなものが目の前にあるのかと私を問いただしました。
私は先程の経緯を美咲さんに伝えました。突然人が変わったかのように紙に文字を走らせ、さらに不気味な絵を描いたと。美咲さんは狼狽し、ボロボロと涙を流して泣き出しました。
私はかける言葉が見つかりませんでした。
助けて欲しいと懇願されましたが、私には彼女を助ける方法はありません。
一通り泣いた後、あんなに取り乱していたのが嘘かのように、彼女は魂の抜けたような虚ろな目で繰り返しました。
『しをもってつぐないます』『しをもってつぐないます』『しをもってつぐないます』
そのあと、何度声を掛けても、美咲さんはほとんど反応してくれませんでした。
数時間前まではぺらぺらと流暢におしゃべりしていた美咲さんのあまりの変わりように私は絶句しました。
美咲さんの自宅の最寄りの駅まで到着しました。電車に乗る前の彼女の話では、駅まで母親が迎えに来るということでした。
こんなにもおかしな状態の美咲さんとさよならするのは気が引けました。
私は美咲さんとともに寂れた改札を抜けました。
ロータリーにそれらしき車はありませんでした。
美咲さんは私が止めるのも無視してどんどん歩いて行ってしまいます。
重たそうな体を引きずるように美咲さんはややうつむき気味に歩きます。
その先には横断歩道がありました。
信号は赤でした。私は美咲さんの腕を掴み制止しました。
美咲さんはまだぼんやりしていましが、足を止めてくれたことにホッと胸を撫で下ろしました。
そのときタイミングよく電話が鳴り、私は電話を耳に当てました。
相手は田舎の母でした。元気にしているかと聞かれてうんと答えた時でした。
「死ね」という男とも女とも違う声が耳の中に流れ込んできました。
「ねえ、今死ねって言った?」
『え?なんて言ったんだい?』
どうやら耳の遠い母には聞こえていなかったようです。
すると、美咲さんが突然、私の腕を勢いよく振り払いました。
あっと思ったのもつかの間、美咲さんは車道にふらりと足を踏み出しました。
右側から大型トラックが迫っていました。物凄いクラクションが辺りに響き渡りました。
なんとかしようと、手を伸ばしましたが間に合いませんでした。
無情にも美咲さんはトラックに跳ねられてしまいました。それはきっと、はたから見れば一瞬だったことでしょう。
でも、私の目にはその光景がまるでスローモーションのように鮮明に映りました。
トラックにぶつかった拍子に美咲さんの体はトラックの前方に跳ね飛ばされました。キキーッというブレーキ音が轟きました。スピードを出していたトラックはすぐに止まれず、仰向けで倒れる美咲さんを踏みつけました。
グリグリグリグリと美咲さんの体が引きずられ、回転しました。
血の跡が道路にシミをつくっています。
トラック数十メートル先でようやく止まりました。
タイヤに巻き込まれた美咲さんと目が合いました。
首から下のない美咲さんは目を見開いたまま、笑っていました。
その顔に、私は見覚えがありました。
それは先程インカメに映った自分の顔でした。私も美咲さんのように目を見開いたまま笑っていたのです。
キーンッと甲高い耳鳴りがします。酷い頭痛に目の前が白く霞んで、意識が遠退いていくようでした。
『ちょっとどうしたの?ねえ、聞こえる?』
呆然と立ち尽くす私は呼びかける母の声で我に返りました。
事故に気付いた周りの人が警察や救急車を呼び大騒ぎしていました。
「ごめん、お母さん。また後で連絡するから」
『アンタ、大丈夫?昨日も電話かけてきたでしょう?』
「え……?かけてないけど」
『死ね』
「ちょっとお母さん、今また私に死ねって言ったよね?」
『そんなこと言ってないわよ』
「どうしてそんな嘘をつくの?……そうだよね、分かってるよ。私はダメな娘であり母親だったもんね。ごめんね、お母さん。こんな娘で。私なんて産んで後悔してるんでしょ!?」
こんなことを言うつもりはなかったのに、止まりませんでした。
『大丈夫かい?最近疲れてるんじゃない?最近毎日のように夜中に電話かけてくるでしょ……?何を言ってもずっと笑ってるし。もしあのことでまだ悩んでるならお母さんに――』
会話はそこで切れました。というのも、ここからの記憶が定かではないのです。
意識を取り戻したとき、私は病院のベッドの上にいて、点滴を受けていました。
病院には警察もやってきて、美咲さんが事故に遭った経緯を聞かれました。
私は全てを正直にお伝えしました。でも、警察は私のことを訝し気な目で見つめるだけで、信じようとはしませんでした。
警察の話では、美咲さんはその場で死亡が確認されたとのことでした。
そして、美咲さんの息子さんの行方が分かっていないと告げられました。

