■霊媒師

私と美咲さんは約束通り渋谷で落ち合いました。
電話で話した時は分かりませんでしたが、
以前お会いしたときよりもさらに痩せ、やつれた顔をしていました。
お会いしたばかりはわずかながら挨拶を交わせたものの、数分も立つと美咲さんが異変を見せました。
精神が乱れているのは明白でした。
なにかに怯えたようにギョロギョロと辺りを見回して、「来るな来るな」とブツブツ呟いていました。
スクランブル交差点には大勢の人々がいました。私と美咲さんは人々の注目の的でした。
ずっと呪文のように「来るな」と呟く彼女をそのままに、私は霊媒師の元へ急ぎました。

普段なら数年待ちにも関わらず、急ぎでお祓いをお願いしたい旨を霊媒師に連絡すると、すぐに承諾の返事がきました。
彼女は霊媒師を生業としているわけではありませんが、幼少期から人の目には見えないものが見える体質だったようです。
交霊術も得意としている先生には私も過去にずいぶんとお世話になりました。
玄関のチャイムを鳴らすと、霊媒師の先生が顔を覗かせました。
すると、ここで事件が起きました。

ここからの会話は、残念ながらボイスレコーダーに残すことができませんでした。
というのも、ボイスレコーダーをオンにする前に霊媒師の先生に異変が起きたのです。
緊迫していたことから、録音はできませんでした。
下記は私が目にしたこと、記憶したことを文字として書き起こしたものです。
どうぞご覧ください。

「――ひいっ」
扉を開けるなり、五十代の霊媒師の先生の顔が一気に引きつりました。
普段は虫も殺せなそうなほどに穏やかな表情を浮かべている先生が、です。
それはまるで恐ろしいものを見たときのように、鬼気迫るものでした。

「先生、どうしました?」
私が声を掛けましたが、先生はガタガタと震えるだけで言葉を発することすらできませんでした。
とにかく怯えた表情で美咲さんを見つめているのです。
「無理だわ……これは私にも……誰にも祓えない」
先生は絞り出したように言いました。
私はどうしたらいいものかと頭を悩ませました。
「お願い、今すぐ帰って。私は見なかったことにしますから」
最強の霊媒師の先生にも祓えないほどの悪霊が美咲さんに憑いているとしたら、私にはもうお手上げです。

「私になにが憑いてるんですか……?ねえ、女?もしかして……女なんじゃないの?……北京じゃないとしたら、私に憑いてるのって女……あの女しか考えられない!ねえ、そうでしょ!?生霊なの!?ねえそれだけ教えて。教えてよ!このままじゃ私、殺されちゃう!!呪い殺されちゃう!!」

美咲さんが縋りつくように霊媒師の腕を掴んだ瞬間でした。
霊媒師はワナワナと恐怖に唇を震わせました。
途端、鼻と耳から血が滴ったのです。足元にポタポタと垂れる鮮血。霊媒師だけでなく美咲さんもガタガタと震えていました。
「もうなにをしても無駄よ。あの渦に巻き込まれてるわ……。もう逃げられない。自分でも分かっているはずです。あなたはとんでもない禁忌を犯した」
先生はそのまま逃げるように家に飛び込んで、何度呼んでも出てきてはくれることはありませんでした。
美咲さんはヘナヘナと力なくその場に座り込んでしまいました。
私はなんとか美咲さんを励まして、近くのファミリーレストランで休憩をすることにしました。