きっかけは、ラジオ番組で紹介されたメールでした。
 あの時は──といってもそんな昔の話ではなく、1年前の話ですが、5年間連れ添った夫と協議離婚したばかり。元夫との間に子どもはいなかったのですが、飼っていた福というメスネコの「親権」を勝ち取ったのも束の間、病気であっけなく亡くなりました。「親権」と表記しましたが、福はペットなので法律上は親権ではなく所有権になるんでしょうけど、私にとっては人間以上の大事な家族だったんです。
 茶トラ模様のかわいいネコでした。メスの茶トラって珍しいんだそうです。確か、茶トラ柄は7割がオスだったかな?
 その福が亡くなって、失意と孤独で打ちのめされながら、私は仕事を続けてきました。
 私の仕事ですか? ちょっと珍しいんですが、ラジオのパーソナリティです。
 といっても、私はラジオ局の正社員でもあるので、パーソナリティの仕事以外に、例えば取材したり、収録を編集したり、原稿を書いたりといった番組制作に関わることは、何でもやります。
 私の職場は、地元、三重県いなべ市にあるラジオ局。

 その1年前のある朝、出勤しようと車を運転していて、カーラジオで自分の会社の生放送番組を聴いていたんです。
「モーニング・ハミング火曜日、お相手は太田カオリです。ではここから、いなべ市情報のコーナー。まずは保育士募集についてです」
 この日の朝の番組パーソナリティは、太田カオリでした。カオリは私と同い年。美人で、結婚していて子どもが二人います。毎週スタジオで会うと幸せそうなオーラを発してくるので、私は敗北感で打ちのめされることばかり。

 その時です。
「では、ここでリスナーからいただいたメールのメッセージをいくつかご紹介しましょう。まずラジオネーム福さんから」
 福? 同じ名前?
 カオリが読み上げる福というラジオネームを聞いて、私は急に息苦しくなりました。いやいや、偶然だ、と自分に言い聞かせます。しかし、次の瞬間、信じられないことが起こりました。

「『マオちゃんが大好きだよ』と一言、綴られています。あれーおかしいな。私の名前は、カオリですよー。私のことを大好きって言ってほしいなー」
 カオリはおどけてトークを続けますが、聴いている私は気が気ではありません。
 というのも、私の名前は眞央なんです。
 まさか、福が天国から、私にメッセージを送っているの……?
 頭で内容を理解するよりも早く、涙が溢れます。
 いや、これもきっと偶然だ、と分かってはいます。でも、ね。
 マオ、という私の名前はありふれていますし、福というラジオネームも特段珍しいことではありません。
 でも、私は通勤中、号泣しました。

 職場のラジオ局に入ると、生放送を終わったばかりのカオリがスタジオから出てきました。
「ねえ、カオリ。今日、放送で紹介していたラジオネーム福さんって、いつも番組にメッセージ送ってくる常連さんなの?」
「違うよ。今日が初めて。そういえば、『マオちゃん』って書いてたけど、この人、アマオの知り合い?」
「分からない」
「そういえば、ホントは『マオちゃんが大好きだよ』の後にメッセージが続いてたんだけど、辻褄が合わないから読むのやめちゃった」
「そうなの? 受信したメール、ちょっと確認していい?」
「どうぞ」

 放送が終わったばかりのスタジオに入って、リスナーから受信したメールを確認します。
 すると、件名に「ラジオネーム福より」と書かれたメッセージが見つかりました。
 慌ててメールを開き、本文を見て、私は言葉を失いました。

 ────マオちゃんが大好きだよ。待ってる。

 そして、見たこともない神社の画像が1枚、添付されていました。