目が覚めると、保健室のベッドだった。

「うわ、痛って」

 起き上がろうとすると、首に激痛が走った。それだけ強烈な力が加わったということか。まるでトラックにでも轢かれたみたいだ。トラックどころか自転車にも轢かれたことはないけど。

「クソったれ。あのワンパンマンめ」

 最悪な記憶だが、しっかりと覚えている。俺は新任の女教師である大葉キラに喧嘩を売り、右クロスカウンターで倒された。

 初めてのノックアウトだった。もっとショックを受けていいような気もするが、あれはもう別の生き物だった。クマやサメに負けたところで誰も恥をかいたとは思わない。あの女はそのたぐいの人間だった。

 しかし困った。俺が派手に倒されたことで、今まで築き上げてきた恐怖政治は終焉を告げた。これから俺に歯向かう奴らも出て来るかもしれない。まあ、ザコに負ける確率はゼロだが。

「やっと起きたわね」

 驚いて声のした方へ目を遣ると、俺をノックアウトした張本人がいた。大葉キラ――ノースリーブのブラウスにタイトな黒スカート。やたらと露出が多い。男には眼福かもしれないが、風紀的にはどうなんだと不良の俺ですら思った。

「効いたよ」

 俺は素直に負けを認めた。あの倒され方は弁明のしようがない。誰が見ても文句無しのノックアウトだった。

 先生がニヤっと口角を上げる。

「あなたもいいものを持っているわ。鍛え上げれば本物の格闘家になれるかもね」

 女教師に暴力を振るおうとして返り討ちに遭った格闘家の汚名なんて、どれだけの功績を立てても回収不可能だろう。そんな未来は御免だ。

「それで、何をしに来たんだよ。調子こいた番長気取りを殴り倒して、気分はどうですかって聞きにきたのか?」
「それも悪くないけど、私もそこまでヒマじゃないわ」
「そうか。優しい先生だ。惚れちまいそうだよ」

 保健室に子供らしくない皮肉が飛び交う。倒されたくせに、俺はこのやり取りを楽しんでいた。まともな教師相手だったら、こんなやり合いは成立しない。

「そんなことより、あなたに相談があるの」

 ふいに大葉先生が真面目な口調で話しはじめる。

「俺に、相談?」
「ええ、そうよ。あなただから頼める、重要な役割よ」
「何それ?」

 俺は学校を暴力と恐怖で支配していただけだ。そんな俺に、今日の今日やってきた美人教師が何を頼むと言うのか。そんなことを思っていると、返事を待たずに大葉先生が口を開く。

「この学校ではね、人知れず管理売春が行われているの」