「本日からこのクラスの担当になりました。大葉キラです。まだ慣れないところもあるかと思いますが、よろしくお願いします」

 教壇には、掃き溜めに似合わない美女が立っていた。

 黒い川のように流れる長髪に、抱きしめたら折れてしまいそうなほどスレンダーな体。若く瑞々しい肉体を、白いノースリーブのブラウスと黒いタイトスカートが包み込んでいる。それでいて顔は女優のように整っている。何と言うか、男の欲望をそのまま具現化したような女だった。

「こりゃあ、とんでもなくいい女が来たな」

 俺は軽口を叩く。そんな口をきけば注意の一つもされそうなものだが、誰一人として俺を咎められる人間などいない。少なくとも、この学校には。

 偉そうな不良は片っ端から殴り倒し、すべて自分の支配下に置いた。五六月(ごろつき)中学の王様となった俺は、この小さな島国でやりたい放題だ。

 前任の男性教師は俺に「態度が悪い」と突っかかって来たから、得意の右で病院送りにしてやった。

 いまだに名前も知らないそいつは、殴り倒して以来学校へ来なくなった。あの役立たずの代わりにこの美人教師が来たとすれば、学校もたまにはいい采配をするじゃないかと褒めてやりたくなる。

 大葉キラと名乗った女教師は美しかった。切れ長で底知れぬ闇を携えた瞳には、思わず惹き付けられてしまうような危うさがあった。平たく言えば、マジでいい女が来たということだ。

 あの女が俺に許しを請い、「お願い。何でもするから」とひざまずく画を想像してみると、途端に股間が熱を持ち始める。今にでもあの白いブラウスを引きちぎって、裸にひん剥いてから好きなだけ凌辱してやりたい。

 肉体だけでなく、魂の内にある欲望ですら熱を帯びていく。

 あの女を好きにして卑猥な言葉を叫ばせたい。まだ想像でしかないが、あの女で童貞を卒業すればさぞいい気分なのだろう。

「先生は……」

 気付けばでかい声を出していた。自分でも驚くほどに。周囲の目が一瞬で集まる。

 俺が口を開くとともに、新米女教師の美しさに気を取られていた奴らが一瞬だけうんざりとした表情を浮かべる。言外の俺がこの女もダメにしてしまうと思っているに違いない。まあ、その通りなんだがな。

「先生は、付き合っている人はいるんですか?」

 なるべく低く、酒焼けでもしたかのような声で訊いた。酒が旨いと思ったことは一度もない。

「プライベートな質問は基本的には受付けないんだけど、まあ答えてもいいでしょう。今付き合っている人は特にいないわ」
「そうですか。じゃあ、俺なんかどうです?」
「悪いけど、生徒は恋愛の対象外かな」

 即答。だが、俺は塩対応にもめげない。

「そうですか。俺と結婚すればそのラスボスみたいなフルネームも変わるから悪い話じゃないと思うんですけどね」

 大葉キラはOVER KILLERにも聞こえるので、それを皮肉って言ってやった。ラッパーが隣にいたらハイタッチでもしていただろう。

 だが、うまいこと言われたはずの新米女教師はピッチャー返しのようなアンサーを返してくる。

「そうね。でも、でかいしか取り柄の無い子供相手に私の人生は預けられないかな」
「……あ?」

 ――ナメられた。そう思った瞬間に、俺は椅子を蹴り飛ばしていた。

 周囲の人間たちが俺を畏れ、ドン引きしている。俺の逆ギレだからだろうが、そんなことは知ったことじゃない。不良はナメられたら終わりだ。

 ちょうどいい。この女を腕づくで犯して、自分の立場を分からせてやろう。

「死にてえのか、テメエは」
「面白いジョークを言うわね。頭は悪そうなのに」
「ナメんなクソアマ!」

 俺は右を振りかぶる。せっかくの美人を台無しにするのは残念だが、俺の威厳を保つためにはやらないといけない。そうしなければ俺の時代は続かない。それは俺が周囲から畏れられていることで保たれるからだ。だからこそ俺は神でいられる。

 ――喰らえ俺の伝説の右。

 そう思った刹那、大葉キラの姿が目の前から消えた。それと同時に、火花の散るような衝撃をバンバンと立て続けに受けて、目の前が暗くなりかける。

「うが」

 目尻付近から熱いものが流れる。どうやら打撃で瞼の皮膚が切り裂かれたらしい。だが、問題はそんなことじゃない。

 何が……何があった?

 まったく理解出来ない。表情は変えず、俺は密かにパニックになった。目の前で嗤う大葉キラ。その目には、寒気のするような鋭さがあった。

「今のはジャブよ」

 そう言われてから、拳で殴られたと気付いて頭に血が昇った。

 ジャブだと? あの鉄パイプで殴られたような衝撃が?

 バーン様かよ、お前は。ジャブであの威力は異常だ。そんなはずはない。

 そんなことを言って、本当はすれ違いざまに本物の鉄パイプで殴ったんだろう。卑怯者め。次こそ仕留めてやる。ジャブごときでカットが発生してたまるか。

 俺はまた必殺の右を振るう。これが当たれば誰だって倒れる。

 だが――

 大葉キラは薄笑いを浮かべると、アメンボが水面を滑って移動するみたいにサイドへと高速で移動した。空を切る右。直後に、目の前に小さな拳があった。

「あ」

 荒くれ者の俺でも分かる。それは、利き腕が入れ違う形で叩き込む右クロスカウンターだった。

 避けられない――そう思った時には衝撃が俺を襲い、轟音とともに視界が真っ黒に染まっていた。