「ここまで逃げれば大丈夫でしょう」

 先生のバイクで俺たちは速やかに現場から離れた。向こうではいくつものサイレンの音が聞こえる。

 今頃、カチコミの跡地を警察たちがドン引きしながら調べているに違いない。彼らが正直に供述をしたところで、うら若き女教師とガキに半グレが全滅させられたなんて誰も信じないだろう。ほとんど先生の仕業だけど。

「あ」

 俺はあることを思い出した。

「どうしたの?」
「そう言えば、カチコミ前に応援の仲間を呼んでいたのを忘れていました」

 結局間に合わなかったが、俺は支配下の奴らに「武器を集めて半グレのアジトにカチコミするぞ」と伝えていた。もしあいつらが闘いの終わった頃合いを見て「待たせたな」と来るつもりだったのであれば、今頃警察に捕まっている可能性がある。

「大丈夫よ。彼らはまだ何もしていのだし、捕まったとしても少年法でどうとでもなる」

 先生の言う通り、武装してアジトへ来たところを見つかっても、せいぜい怒られて終わりだろう。少年法があって良かった。じゃあ、これからどうなろうが別にいいや。

「先生は、これからどうするつもりなんだよ」

 なんとなくだけど、先生はこの騒動がひと段落したら姿を消すつもりなんだろうと思っていた。これだけ派手に暴れ回ったら、いずれ警察は先生の足どりを掴むだろう。それを知っていて留まるほど彼女は間抜けじゃない。

「どうするって、また学校へ来るに決まっているじゃない」
「えっ」

 俺は思わず言葉を失う。今しがた、俺たちは教頭をボコボコにしてきたばかりなのだ。それで職場にい続けようなんて、メンタルがバケモノすぎる。

 そんな俺の心理を見透かしたのか、大葉先生がいたずらっぽく笑う。

「それに、こんなに面白そうなところ、そうないからね」

 妖艶な笑みに、不覚にも少しドキっとしてしまった。このままラブコメが始まればいいのにと思い出したあたりで、先生はまたとんでもないことを言い出す。

「私の掴んでいるネタはね、これだけじゃないの」
「え? 管理売春以外にですか?」
「そう。聞くところによると、五六月(ごろつき)中学でシャブを売り捌いている生徒がいるらしいわ」
「シャブって……」

 シャブとは覚醒剤のことだ。

 そんな単語が教師の口から出ることもアレだし、学校でシャブを売り捌いている奴がいるなんてヤバ過ぎる。どんだけ闇が深いんだ、ゴロ中は。

「さあて、生活指導の腕が鳴るわね」
「いや、先生の場合は生活指導とか関係ないのでは……?」
「何か言った?」
「いえ、何でもございません」

 もう何が起こっても驚かない。大葉先生がいる限り、どんなことでも起こり得る。

「それじゃあ、明日から調査に入るわよ」
「え? 俺もやるんすか?」
「当たり前でしょう。あなたは私の助手なんだから」

 理不尽極まりない理屈だけど、そう言われて悪い気はしなかった。

 映画や本で見る教師と生徒のピュアな恋愛は無さそうだけど、この先生と一緒にいれば退屈しそうにない。もしかしたら俺は、単に生き甲斐が欲しかっただけなのかもしれない。

「それじゃあ明日に備えてさっさと寝なさい。エロ動画もほどほどにしておきなさいよ」
「ちょ……見ないっすよ、エロ動画なんて」

 俺の反論は空しく夜の街に響いた。正直に言えば、動画で「女教師」と検索しようと思っていた。すべてはお見通しか。恐るべき女だ。

「それじゃあ、また明日」

 先生は少しだけ微笑むと、無言でバイクに乗って去っていった。この夜が明ければ、また騒がしい毎日が待っている。

「まったく、仕方ねえなあ」

 俺はなんとなしにこみ上げてくるニヤけ笑いを堪えながら呟いた。

 先生の背中が暗闇に溶けていく。

 遠ざかる背中を見つめる俺は、明日も学校に来ようと思った。

   【了】