2月21日
 
 東正彦への最後のインタビューを終え、病院の駐車場から車へ乗り込んだ。結局のところ、彼からはこの絶望から逃れる有効な手段やヒントは得られなかった。
 スマホを見ると息子の学校から保護者メールが来ていた。あの学校ももうダメそうだ。
 今こうしている間にも、この日本ではさくらんぼ女と呼ばれている怪異によって、神隠しが続いている。
 その正体は東正彦によって持ちこまれた外来の怪異、ツプサパフチだった。
 ツプサパフチは次々と人間に取り憑き、エレベーター、怪談、山、あらゆる場所を利用して異界へと連れていく。逃れる術はない。ツプサパフチは誰かを連れて行った後、それに近しい人になら取り憑き、異界へ連れていくことを繰り返す。被害者はねずみ算的に増えていく。
 この前、テレビで世間を騒がすさくらんぼ女をお祓いすると称した特番が組まれ、高名なお祓い師や坊さんとかが集まってお祓いの儀式をしていたが、カメラが目を離した隙にMCのアイドルが消えてなくなっていた。
 もう、この国は終わりなのだ。
 今私がこうやって柄にもなく手帳に日記などつけているのはいつ自分がツプサパフチに連れて行かれるかわからないからだ。
 東はこことほとんど変わらない世界からやってきた。だがこの世界からツプサパフチによって連れて行かれた人々はどうなったのか?ここと同じような世界に連れて行かれ、保護されているのだろうか?それとも……。
 それを確かめる手段がないから私は記録を残す。
 この世界はおそらくもうダメだろう。だが息子だけはなんとか無事でいさせてやりたい。
 息子が訳のわからない化け物に攫われてどこに行ったかも分からないなんて私には耐えられない。
 もし連れて行かれてしまうにしてもそれは希望であって欲しい。
 大山の妻が異界に希望を見て旅立ったように……。
 東はこの世界の災厄をもたらした。大した情報もなくぼんやりとした馬鹿だ。あんな奴のせいでこの世界は滅んでいく。
 そしてこの世界の人類もツプサパフチによって異界へ運ばれて、その先の世界で災厄をもたらすことになるだろう。そしてこの世界と同じようにツプサパフチを拡散させてゆく。
 このままでは私も息子もいつかはツプサパフチに連れて行かれてしまうだろう。なんとそれでもそれだけは避けたい。私が連れて行かれるにしても息子だけは助けてあげたい。
 だから私はあるだけの情報を集めるのだ。東へのインタビューによって得た情報、この世界でツプサパフチがどのように拡散したか、その影響から逃れる方法など、様々だ。
 正直、これに意味があるのかも分からない。むしろツプサパフチを知ろうとすればするほど奴に目をつけられ、連れて行かれるリスクが高まるのではないかとも思えてくる。それでも私は抗いたいのだ。そうでなければ心が耐えられないのだ。
 
 幸い、私はまだツプサパフチを直接見ていない。猶予はまだあるはずだ。