東正彦氏へのインタビュー④



インタビュアー:こんにちは、ご気分はいかがですか。

東氏:まあ、気持ちは落ち込んでいますが身体は割と大丈夫です。

インタビュアー:なぜ気持ちが落ち込んでいるのですか?

東氏:見てもらえればわかると思いますが、ここは個室ですがテレビもなく、私はスマートフォンが壊れてしまったので誰とも連絡が取れません。それにもう1ヶ月も入院しているはずなのに友人や家族は全くお見舞いに来てくれないんです。孤独感でおかしくなってしまいそうです。正直、このインタビューくらいしか人とまともに会話ができないんですよ。

インタビュアー:そうでしたか、病院の外に行ってみたりはしましたか?

東氏:看護師さんに車椅子を押してもらって外を散歩したりするのですがすぐ眠くなって看護師さんとの会話も続かないんです。頭のはっきりしないというか物事を考えられないというか。

インタビュアー:それでも富士山での出来事は覚えていらっしゃると。

東氏:はい、それだけははっきりと、前回は1度八合目まで戻ってきたところまで話しましたよね。

インタビュアー:ええ、九合目から先に登ろうとした際に頭痛がして戻ったんでしたね。

東氏:はい、ではそこから話させていただきます。

インタビュアー:いえ、その前に一つよろしいですか?

東氏:なんでしょう?

インタビュアー:東さんはなにか隠されていませんか?

東氏:……なぜですか?

筆者:貴方から拝借したスマートフォンを友人に修理してもらったのです。そして教えていただいたパスワードでロックを解除しましたところ、画像フォルダはデータが破損してしまったのか1枚の写真は残っていませんでした。ですがメールアプリは無事でした。そこに、大山さんから貴方宛のメールが何件か届いていたのです。しかも貴方達が富士山に行った日の後に届いていました。

東氏:どのような内容でしたか?

インタビュアー:まず、貴方は大山氏が何のために富士山へ行こうとしたのかを知っていた。そしてそれは自殺などではない、違いますか?

東氏:ええ、そうです。彼の目的は全く別のものです。どうせ何が目的なのかもご存知なのでしょう?

インタビュアー:はい、信じがたいことですが、彼は奥さんがエレベーターに乗って異界へ行ったと信じ、自分は富士山から同じことをしようとした。

東氏:はい、言うなれば異界エレベーターならぬ異界アルペンだと大山は言っていました。

インタビュアー:彼は初めからその計画をあなたに明かしていたのですか?

東氏:いえ、初めはただ登山に誘われただけだと思いました。ですが、初日に五合目まで登る最中に計画を明かされました。最初は全く信じませんでしたが私が九合目で体調を崩し八合目まで戻ってからテントの中で彼からなぜそういった考えに至ったのかを聞かされたのです。

インタビュアー:ツプサパフチについても聞かされましたか?

東氏:もちろん、大山からその妖怪、いや神についても聞かされました。ツプサパフチはトムラウシ山で妻に取り憑き、妻をエレベーターから異界へ送ったのだと。そして今は自分に取り憑いているのだと。

インタビュアー:富士山の道中で東さんもそれを見たのですね。

東氏:ええ、最初はぼんやりと、上に行くにつれてハッキリと見えるようになりました。赤いワンピースに髪の長い頭が二つある女です。八合目に一度戻ってからは常にそれが視界の端にいるように見えました。

インタビュアー:そうですか、頂上へのアタックのお話を聞かせてください。

東氏:……最後までお話ししたら、あなたは本当は何者なのかも教えてくれますか?

インタビュアー:勿論です。

東氏:私たちが目を覚ましたのは朝の5時でした。天候はあまり良くなく、強い風と吹雪が吹いていましたが、大山は「今日しかない」と言い、私もそれに従いました。その時にはツプサパフチが常に私の背後にいるような気がして頭がおかしくなりそうだったので早く頂上へ彼を送って下山したかったのです。
 テントを片し、我々は八合目から頂上へと向かいました。周囲は真っ暗でヘルメットとヘッドライトを装着して足下を照らしながら歩みを進めました。大山が前を進み、私が後に続きましたが、常に私の後ろから別の足音がしていました。どうして私の後ろを歩くのか、大山にくっついていれば良いものをと思いながら極寒の吹雪の中を進んでいました。目出帽で耳や鼻を覆っていましたがそれを貫通して冷気が顔を凍てつかせ、凍った地面を滑らないように全神経を注いで前へ前へ、正直私はもう何の為に前へ進んでいるのかも分かりませんでした。
 学生の頃に断念した冬富士をリベンジするため?大山を見返す為?大山が異界へ行くのを見届ける為?それとも知らず知らずのうちに私もツプサパフチに追い立てられてしまっているのか?
 私はなぜ、八合目で別れて下山をしなかったのか…氷点下の酸素を鼻から吸いこみ肺へ送るたびに後悔の念と自分でも説明できない興奮が混ざり合いました。頂上へと辿り着いた時、一体何が起こるのか……。
 そんな私に対して、大山はあまり変わらない様子でした。淡々とアイゼンで氷を蹴り、時たまコンパスで方角を確認し、時計で時間を確認し、また淡々とアイゼンで氷を蹴る。
 そういえば大山ははじめはツプサパフチの存在を気にしていましたがその時にはあまり気にしていないようでした。
 頂上が近づくにつれ、さらに不可解なことが起きていました。すでに時計の針は7時を回っていましたが、周囲はまるで真夜中のように真っ暗なままで、太陽の光どころか月の光も、星々の瞬きすら空にはなかったのです。なんというか、黒い布で空を覆い隠したような、そういう状態でした。そんな状態であるのも関わらず、富士の雪面は青白くぼんやりと光を発していたんです。
 でももう、その時には、私には何かを考える気力もなかったのです。前を歩く大山に引き返すことを提案する元気もありませんでした。
 早く終われ、早くここから出してくれ、そういうことを考えて足を動かしていました。
 
 そして、私たちは頂上へ辿り着きました。富士の頂上へ続く石階段には小さな鳥居があります。そこを潜り抜けると山頂、つまり10合目です。
 私は鳥居の先を見上げると、激しい光が鳥居の向こうから放たれており、そこに誰かが立っていました。
 その時、大山は振り返り、私に言いました。

「妻はここまで人形を持ってきて、最後に置いてった」

 私は大山に思いっきり突き飛ばされて雪の斜面を転がり落ちていきました。
 それが私に見た最後の光景です。

インタビュアー:……そうだったんですね

東氏:その後はご存知の通り、救助された私は病院へ搬送され今に至ります。欲しい情報は得られましたか?

インタビュアー:頂上に立っていた人影は何者だったと思いますか?

東氏:分かりません、それは激しい光の中にいて詳細な姿を見ることができませんでした。

インタビュアー:それ以外に頂上で何か見ませんでしたか?また滑落している時に何か目に入ったり聞こえませんでしたか?

東氏:いえ、必死でしたし別に、あ……。

インタビュアー:なんでしょう?

東氏:転がり落ちている時に、それまで真っ暗だった周囲が一気に明るくなったのを覚えています。それだけですが。

インタビュアー:そうですか。

東氏:私が話せるのは本当にここまでです。教えてください、あなたは何者で、これはなんのインタビューで、大山はどうなったのかを。

インタビュアー:そうですね、まず、私の名前は平山憲明と申します。職業は精神科医です。

東氏:お医者さんだったんですね。

インタビュアー:騙してしまう形ですみませんでした。警察に依頼され、あなたを混乱させずにあなたの精神状態と、あなたがどこから来たのかを知る必要があったのです。

東氏:精神状態と、どこから来たのかを……。

インタビュアー:東さん、あなたは大山さんと富士山で異界アルペンを実行し、頂上で逸れてしまった。あなたは滑落して我々に救助されました。では大山さんは?

東氏:分かりませんよ、奴の思い通りなら異界とやらに行ったんじゃないでしょうか?

インタビュアー:東さん、逆なんですよ。

東氏:逆……?

インタビュアー:あなたが元いた世界を離れ、ここへ来たのです。

東氏:え?