「嘘でしょ! ぜったい嘘! こんなの信じられるわけがない! どこのメーカーか知らないけど、こんなのおもちゃに決まってる!!!!」


 思わずまくしたてるわたしの前で楓馬は涼しい顔をしている。

 ぱっと見は普通の文字盤にしか見えなかったその時計は、よく見ると1一から十二12までの数字の代わりに、一1から五十50まで、左右それぞれに数字が並んでいる。つまり、いちばん上の0〇が、今の年齢。プラスマイナス50五十歳まで、年齢を操作できる……そういうことなんだろう。


「こんな小道具まで用意するなんて、ずいぶん手が込んでるのね」


 嫌味っぽい声を出すと、楓馬が涼しい顔で笑った。


「右が時間を進めて 、に行くと時間が進んで、左に行くと時間が戻る。陽彩ちゃんはお酒を飲める年齢に見た目を操作したいんだから、右に四つか五つ、数字を合わせたらいいよ。文字盤の操作はそのダイヤルで。できたら時計を手首につけて、真ん中のスイッチを押して」

「押したら爆発するとか、ないでしょうね?」
「そんなわけないって」


 こうなったら何も起こらないのを目の前で見せつけて、ほら何も起こらなかったでしょ、って こいつを徹底的に詰めてやる。

 そう思って右に四つ数字を進め、左手首に時計を巻きつけて、真ん中の赤いスイッチを押した。

 ぽん、と軽快な音が鳴ったかと思うと、左手の先端から緑色の光が発され、毛細血管を走るように全身に広がっていく。わたしの身体が内側から、緑色に光る。


「え、ちょ、どうなってるの」


 ものすごくテンパっていた。この時計、何? わたしの身に何が起こっているっていうの?

 やがてぎゅーーーー――――ん、と機械的な音がして、目の前が一瞬緑と白の光で見えなくなる。やがてしゅぽんっ!  と容器から何かを取り出すような音と共に、全身の光が消えた。

 おそるおそる、自分の両手のひらを見つめる。


 別に、変わったところはない。いつもの自分の手だ。でもなんだろう、さっきまでより、少し視線が高くなったような気がする。もう高校生だからあんまり伸びないと思うけれど、四年分身長が伸びた……って こと? いやいや、そんな、本当に年齢を操れるとか、そんなわけないじゃない。


「鏡、見てみる?」


 楓馬がそう言って何もないところからぽんっと鏡を取り出した。さっきこの時計を取り出した時も思ったけど、なんなんだろう、この手品。渡されたコンパクトミラーをのぞ覗き込んで、息を呑んだ。

 そこにいるのは、わたしであってわたしじゃなかった。全体の目鼻立ちは変わらないけれど、輪郭の丸みが少しやわらいで、大人の顔になっている。たしかにこれは、ハタチだ。どこからどう見ても、ハタチの女の子 。高校生じゃない。

 信じられずに自分で自分の頬を触っていると、楓馬が今度は白いワンピースを渡してきた。


「さすがにパジャマのままってわけにはいかないでしょ? これを着て」
「ずいぶんこざっぱりとした服だね」
「百年後の服だよ。色や形を、自由自在に変えることができる」


 楓馬がいるのでトイレで着替える。見た目はただのぴっちりした、ちょっと着づらいワンピースだ。楓馬の銀色の服と似たようなデザイン。トイレから出てくると、楓馬はタブレットを差し出した。


「自分でオリジナルデザインにすることもできるけれど、人気のデザインから選んだほうが手っ取り早いと思う。バーだったら、そうだなあ……これとか、これ」


 裾がひらっとしたダークブルーのワンピースや、肩部分がレースになったワイン色のワンピース。着たこともない、これから着る予定もない、大人っぽすぎる過ぎる服を楓馬が次々出してくる。


「じゃあ……これで」
「青だね。選択して、送信……っと」


 楓馬がわたしに向かってタブレットをかざすと、タブレットからフラッシュのような白い光が放たれる。

 次の瞬間、白いワンピースは大人っぽいデザインの青のワンピースになっていた。裾はひらひらしていて胸元にはパールがついていて、甘いデザインなのにちっとも子どもっぽくなくて、淑女の品格さえ感じさせる。


「もしかして……楓馬って本当に未来から来たの?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃない」


 楓馬は優しげに微笑んで、今度は鍵を取り出した。


「僕の愛車で行こう」